稲葉さんから新刊の『政治の理論』中公叢書が送られてきて、早速、二日かけて読んでみた。いろいろな感想が駆け巡っていったけれども、我々の学問的なアイデンティティでいうと、社会政策は政策である以上、最後は稲葉さんが示したような広義の「政治」学に戻っていかなければならない、ということだ。それはある時期には国家学と呼ばれてもいた。この問題意識はどれくらい共有されているかどうか分からないけれども、非常にプラクティカルなレベルでは岩田正美先生の『社会福祉のトポス』を例外として、私が直接、知っている人では稲葉さんとしか共有していない、と思う。イギリス流のソーシャル・ポリシーは、もともと日本と違って社会学と社会福祉(ないし社会事業)学が分離せずにソシオロジーだったところに、パブリック・ポリシーを潜り抜けて生まれたという経緯があるので、それは政治学を潜り抜けてきたともいえる。私に言わせれば、前段のソシオロジーの部分は、日本では社会福祉学でほぼ事足りる。だが、肝心の政治学との接合が必ずしもうまくいかなかった。その理由を書くのはここの趣旨ではないので省略したい。

やはり世代差というのを強く感じた。もちろん、稲葉さんと私では一回り以上、もっと離れているのだが、別に我々の方が若いから稲葉は古いなどというバカなことをいうつもりはない。むしろ、まったく逆で、我々後進のものには書けないなと思ったのである。というのも、稲葉さんは東西冷戦体制の中でアカデミックなトレーニングを受けて、その途中でその体制自体が崩壊し、それに伴って崩壊していった学者も横で見ている。それはその時代に居合わせなければ経験しえないものである。

身もふたもない言い方をするが、日本の社会政策という研究領域は、領域社会学が生まれる以前から存在しており、その時代からの伝統である社会調査および歴史研究によって今なお命脈を保っている。大河内以降、というよりは、より広く日本資本主義論争以降のマルクス経済学が没落しても大して変わらないのはそういう理由による。私はこのポスト・マルクス主義の共通言語の必要性をずっと言ってきて、それはどの領域でも一定の賛成を得られるのだが、実行に移すとなると難しい。それに何より、やはりマルクス主義諸学と決別するにせよ、あるいは現代的にリニューアルするにせよ、ギリギリ稲葉さん世代までのマルクス諸学を潜り抜けてきた人たちがやるしかないのではないか、という気がした。実際、稲葉さんの仕事はそういう性格が強くある。

今回の『政治の理論』は、岩田正美先生の『社会福祉のトポス』と案外、平仄が合っていて、稲葉さんが言う「有産者市民」というのは岩田先生のいう「一般化」の対象と重なっている。ここでいう一般化とは一般的な労働・生活様式を安定的に維持することを目的として、獲得される社会福祉というか政策のトポスを得るためのロジックである(ありていにいえば、多くの人が対象となって、予算が要求される政策である)。だが、一般化の議論だけでは、特定化のロジックを取り込むことはできない。この隘路をどうクリアするのかは難しい。有産、無産という言い方にこだわるならば、無産から抜け出すことが出来ない人をどのように組み込むのかということでもある(実際には特殊化の対象はもう少し様々なフェーズに分かれる)。ただ、無産者という言葉をスタートに、雇用社会を解き明かしていくのは稲葉さんのオリジナルな論じ方だろう。だから、6章、7章は稲葉さんの資本主義論である。

アーレントとフーコーを足掛かりにして、経済学・社会学の最新の知見を踏まえと、謳い文句にはあるが、本書にはほとんど社会学は出てこない。社会構築主義の話が一行出てくるくらいで、ほとんど影響はないし、『社会学入門』の最後で重視したマートンの中範囲の理論はさらっと登場させる余地はあったと思うし、登場させていれば、二つの本の連絡が出来ていてよい感じだったと思うけれど、登場していない。それには理由があって、この本は冒頭で規範的政治理論と実証的政治理論を区分して、前者に立つと明言して、そもそも「政治」とは何かを考察することになっているのだが、その試みは実際は政治経済学の復権であろうと思う。そこにはあまり社会学の入り込む余地はない。

ちなみに、日本でも戦後、政治学と経済学を結び付けようという動きがあって、たとえば猪木正道先生(河合栄治郎の弟子)は成蹊大学の政治経済学部を作るのに尽力した(が、60年代の改組で政治経済学部はなくなっている)。猪木、関嘉彦といった社会主義右派の河合学統は、政治学に流れて行ってしまい、しかも、河合事件の影響もあって、大河内ら社会政策組と交わることはなかった。これも日本の社会政策が政治学、行政学系の政策科学とあまり交差しなかった原因の一つであろう。思いついたので、忘れないうちに書いておく。

話を元に戻す。この本全体を貫いている前提は、フーコーの統治論を媒介に、政治の意味を拡張させるという姿勢である(アーレントの「政治」が狭いというのはここで召喚される)。端的に「コーポレート・ガバナンス」と表現しているが、これはいわゆる企業統治のことではなく、コーポレートは広く法人を意味しており、法人をどう統治するのかというほどの意味である。こうした意味で「政治」を使っていたのは濱口さんかなと思う。広田(照幸)理論科研のときの講演はそういう含みがあった。ただ、文脈によっては狭い意味での政治活動(ロビーイングによる政策の実現)などで使う。稲葉さんと私の日教組まわりの話のエントリは後者の意味である。個人的なことを言えば、労使関係研究にわりと丁寧に付き合ってきた稲葉さんがあえて「コーポレート・ガバナンス」というところもポイントだとは思う。

大きく言えば、本書の中にも書いているが、政治学が経済学を下位に置こうととしながら、逆に経済学の下位に置かれてしまったという状況を前提として、「政治」と「経済」を考え直すというのがこの本の大きいテーマであろうと思う。だから、いわゆるギフト・エコノミー的なものはほとんど出てこないし、非営利的なコーポレーションも出てこない。ここが「協同」とか「連帯」という言葉が出てこない原因でもある。それは第9章で宗教のアンビバレントな扱い方にも見えてくる。この辺りはそもそも「宗教」がキリスト教的な古い概念で考えられてるなあという感じもするし、十分に論じられているとは思えない。だが、稲葉さんの懐疑の精神についてはこの章を読むだけでも十分に伝わる。宗教というよりは、社会主義などの運動の「べき」論が不毛な結果を生んできた歴史から来る、それ自体は全うな警戒心ではあるのだが。

この本を読んで、じゃあ見通しが良くなるかと言えば、うーん、分からん。少なくとも政治学の動向を知らない人が読んでも、地図にはなり得ないと思う。具体的に言うと、たとえば、政治学のなかでは新しい社会運動という、もうそれ自体古くなってしまった研究領域や、住民参加のまちづくりなどの領域があり、さらにはそこに専門職がどのようにかかわるかなど、それは学際的な要素を含みながら、今なお重要なテーマであろう。これは稲葉さんが最後でいう地方政治、コーポレート・ガバナンス、労使関係と陸続きなのだが、そういうことは書いてないので、いきなりは分からない。だから、高校の公民科レベルの知識がないというのはちょっとした脅し文句で、基本的には一回入門してなんとなく政治学が分かった人が、もう一回政治を考えてみようというくらいじゃないとしんどい。ただ、この政策作成プロセスへの参加という論点になると、実は社会学が貢献する余地がかなり出てくるのだが、本書はその手前で終わっている(し、そのこと自体は悪いことでもない)。

中公新書には、飯尾潤『日本の統治構造』、清水唯一朗『近代日本の官僚』、門松秀樹『明治維新と幕臣』、岡田一郎『革新自治体』などの基本書がそろっているので、それだけで現実的な日本政治を考える際には既に見通しが良い。思想では宇野重規『保守主義とは何か』が出たので、これと稲葉さんの本を新書で出そうとしてたのだから、さすがである。ただ、今回の稲葉さんの本はこれらに比べると、オリジナルな思考というか、自分で考えなおすというのが強く出ており、やはり分量だけでなく、その内実からも叢書にせざるを得なかっただろう。

冒頭で「右も左もわからぬ若い学生さんよりは、大学を出てからしばらく経って、仕事と家庭で難渋し、テレビで見るだけでなく実際にわが身に降りかかる政治の不条理に少しばかり慨嘆して、学問というもののありがたみが少しばかり身に染みてきた、向学心のある社会人の皆さんの方が、本書を楽しんでいただけるだろう」と書いてある。こういう記述を読むと、普通の人は「えっ?」と戸惑われるかもしれない。稲葉さんの本はかつては「ヘタレ・インテリ」による「ヘタレ・インテリ」のためという趣向で書かれていた。普通の人には何を言っているか分からないと思うが、ある種の斜めに構えた自虐的な毒っ気があって、その名残がたまに出る。とはいえ、稲葉さん自身は『不平等との闘い』以降、というか、東日本大震災以降、かなり真っ直ぐに語るようになられたと思う。ただその補正具合はここら辺が限度、つまり正面を向き切らないというところが懐疑の精神とも繋がっているのだ。

「政治」について、あるいは「運動」や「労働」について考える皆さんには、間違いなく刺激になるところが多いと思うので、ぜひ頑張って読んでみてほしいと思う。大切なのは、多くのことを知るのではなく、自分なりの経験や知識をもとに考えてみることだ。稲葉さんの本の大事な美点は「楽しんでいただける」という娯楽性を忘れていない点で、難しいので全部を理解するのはできないかもしれないけれども、頑張った先に楽しめる境地は確実にあるし、それは頂上まで登らなければ味わえないわけでもない。
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朴沙羅さんから新しい論文、「越境者の輪:占領期北東アジアの「密航」「密貿易」を支えたネットワーク」『理論と動態』9、2016年12月をいただきました。ありがとうございます。普通に読み物として面白くて、あっという間に読み終わってしまいました。機会があれば、ぜひ読んでみて下さい。お勧めです。

この論文は、GHQ文書を中心に、第二次世界大戦直後の密貿易を描いたものです。ことの性質上、どうしても情報の信憑性に疑問符がつきまとうのですが、朴さんはそこら辺を柔軟に受け入れて、史料批判をしながら留保をつけて、しかし、全体を描こうとされています。正確な事実を表していないから資料として使えないというのは前世紀的な考え方で、今はその資料が語っている事実は、それはそれで固有の価値を認められるようになっています。その資料作成者の思想や理解の仕方を分析できるからです。象徴的なのは偽書の研究ですね。そういう意味では朴さんの方法はわりとスタンダードで、こういう一歩一歩を大事にするのが歴史研究というものでしょう。

この研究にはいくつかの点で、他の研究の視野を広げる、あるいは、接続していろいろ刺激を与える可能性が含まれています。その一つは、闇市場でしょう。敗戦後は日本国内でも闇市場が乱立して、それが人々の暮らしを支えたわけですが、従来のネットワークを利用した密貿易はまさにこの闇市場に含まれるといえます。闇もそうですが、密貿易という言葉は必ずしも明るい語感ではないですが、朴さんの人柄もあるかもしれませんが、明るく描かれていて、私も戦争が終わった開放感から考えれば、すごくリアリティがあるなあと思いました。

もう一つは、国境をまたがるという意味で、これまたいろいろなところで議論が蓄積されていますが、国民国家を問い直すという視点もあります。国家と市場という点でもいいでしょうし、国境という観点でもいいかもしれません。このあたりはどう処理すればいいかというのは分かりませんが、最初の論点とも関わり合うと思います。いわゆる「国家の社会学」の領域ですね。

今すぐ確信を持ってどうこう言えるような問題ではないんですが、敗戦直後の朝鮮人が果たした役割というのは労働運動なんかでも、かなり大きいんですね。共産主義との距離の取り方や政治的スタンスなども含めて、今後、考えていきたい論点ですが、GHQの密貿易についての理解の仕方は、そうしたテーマに示唆を与える情報も含まれているとは思います。ただ、いかんせん、この領域については私の勉強不足です。

そんななかで、もっとも驚いたのは、CIAってオンラインで歴史文書を公開しているの?ってところでした。これ、世界の常識なんでしょうか。こっそりつぶやいときます。
連合総研の「雇用・賃金の中長期的なあり方に関する調査研究報告書」が2ヶ月ほど前に発表されました。連合総研のホームページで全文、読むことが出来ます。私も「日本の賃金と歴史と展望に関する研究委員会」(座長:龍井葉二連合総研副所長)では深く関係したので、この報告書に少しコメントというか、補足したいと思います。

濱口先生がこの報告書についてエントリにされています。その勘所を「一人前労働者の賃金とは、単に生存が保障されるだけではなく、次世代の労働力の再生産を可能とするような生活を保障する賃金でなければならない」「このあるべき賃金を、一定の仕事スキルを持った一人前労働者に一律に保障するというところで、労働力の市場価格とは区別された一人前労働者の固有の賃金水準を設定するというイメージです」と要約されています。

前半部分の生活保障賃金の考え方が具体的に「親一人子一人」モデルが提示されました。この点が最終報告書と中間報告書では決定的に変わっています。これは明らかに藤原千沙さんの影響でしょう。ただ、ちょっとこの報告書だとこのモデルの意味が分かりにくくないかなと心配です。藤原さんの考え方については、同じく連合総研のDIOに掲載された「「多様な働き方」における生活賃金の課題」を読むとよく分かります。これもまた、濱口先生が勘所だけを紹介されているので、そちらを読んでもいいでしょう。コメント欄も早川さんと濱口先生のやりとりも重要です。そして、例によってまったく覚えていませんが、私も登場していますね。

わりと感情を刺激する議論でもあるので一つだけ補足。「親一人子一人モデル」というのは、藤原さんがシングルマザー世帯の研究をやってきたということの帰結でもあるのですが、ポイントは別に「二人親二人子世帯」モデルを否定しているわけではないんですね。単純に言えば、倍になるわけで、307万円の倍、614万円になるので、別に問題ないんですね。これは最低線を決めようということですから。だから、標準家族という考え方も、それはそれなりに問題があって、いろいろ言われるんですが、仮にそれを認めたとしても問題ないのです。標準家族の考え方の問題は家族計画の進展と結びついて理解する必要があるんですが、それはそのうちどこかで書くことにしましょう。

実はこのモデルは、長時間労働の相対化にも射程が及んでいるのです。つまり、シングルペアレントの世帯では、保育所や周囲の人の助けを借りたり、子どもの手伝いがあるにしても、基本的にはケアを一人でやらなければならないわけです。ということは、経済学の世界では、労働時間と余暇時間という分け方があるわけですが、この余暇時間もさらに、生活必要時間と余暇時間に分けるということが出来ると思います。この考え方は、今のインターバルの議論をさらに一歩、進めたものです。ワーク・ライフ・バランスということを考えるのであれば、実はこれはシングルペアレント世帯だけでなく、すべての世帯に関係する問題なのです。

後半部分、濱口先生が批判されているのは、一人前の仕事を全員に等しく与えるのは困難ではないか、ということです。ここはたしかに、具体的な仕事があげられていないので分かりませんが、具体的に確定するためには職務分析をしなければなりません。なお、ここでの職務分析は、仕事をよく知るベテランに話を聞くということです。この点は企業ごと、あるいは職種ごとに、産業ごとに定めていかなければなりません。これについては、実は既に実験的に試みたものが報告書になったと聞いているんですが、私はもらってないので、その後、どうなったか分かりません。
著者の皆さんから『資料集名古屋における共同保育所運動』をお送りいただきました。ありがとうございます。

これはすごい本です。1043ページ。11000円ですが、この重量であれば、倍の価格でもおかしくないでしょう。日本評論社もすごく立派な事業を行いました。冒頭に2016年流行語大賞で部門賞をとった「保育園落ちた日本死ね」の引用があり、これに対する返答という意味が込められています。もちろん、このボリュームの研究を一朝一夕に出来るわけもなく、本書は東海ジェンダー研究所が公益財団法人になった2012年から始められたプロジェクトの集大成です。しかし、お母さんたちの声なき声に応え、日本の保育を少しでも良くしよう、そのために名古屋での経験を伝えていこう、そういう気概でプロジェクトが進められてきたことはよく伝わってきます。

この本は社会運動を考えさせる本です。1960年代、働く母親たちが自分たちの必要から共同保育所を作り、そこから名古屋市に認めさせていきます。そして、やがてこれらの共同保育所は社会福祉法人になり、補助金を得て、経営的に安定します。この本はその黎明期の保育運動を描いています。

正直に言うと、私はこの本をすぐに読み込めるとは思っていません。そもそも私は保育に明るくないので、実践の豊穣さ、それを伝える資料の海の中に埋没して、そこから起き上がってこなければならない。本当に理解するためにはそういうプロセスは避けることが出来ません。ただ、それをやりますとは軽々に約束できません。読み込めたと思えないのに、書評を書くというのは私のポリシーに反しますが、これからどういうことを考えたいのかという個人的な思いと、これを利用することの難しさについて少し触れたいと思います。

私自身はおぼろげにもっていた日本社会運動史観というか、そういうものを根底から覆されるな、というそういう思いがしました。労務管理の歴史から入った私は、紡績をやっていたので、最低限の工場内保育所は調べましたが、このような社会運動については知りませんでした。というか、私のイメージでは、社会運動は完全に男の社会運動で、政治的なるものと切り離せない。この保育運動ももちろん、最後は行政に訴えかけて、それを認めさせるということですが、具体的な保育の探求と不可分な要求から積み重ねていくわけです。これは当事者運動の一つのパターンでしょう。

木村正身先生という社会政策の先生が昔いて、1970年代に社会福祉の考察をしているんですが、木村先生は福祉を反福祉からの回復という形でしか測り得ないのではないか、ということを書かれます。日本では基本的人権もしばしばそのように理解されます。たとえば、この同時代に展開した新しい社会運動たる環境運動も、やはり公害による反福祉状態から回復が重要な意味を持っていたと言えます。この共同保育所運動も、もちろん働く母親たちが保育の場を欲したという意味で、反福祉状態がスタート地点ということが出来ます。そして、その要求もしていくわけですが、実際にはこの運動のもっともすごいところは、家庭保育に対して集団保育の重要性を認識させることであり、そのためには保育の実践を積み重ねるしかなく、そして、それを成し遂げたことです。これは一つの社会改革であったと言っても良いでしょう。日置真世さん風に言えば、緩やかな市民革命です。

それと印象的なのは研究者が関わってるんですね。社会福祉研究の世界では「実践」が重んじられるというのは古くから言われてきたことらしいのですが、これを読むと、そういう意味が分かりますね(念のために言っておきますが、ここでいう「実践」とは単なる実務経験や実習を教えられるという意味ではありません)。

ただ、これを現代に活かすとなると、やはり難しい。歴史はそのままでは教訓にはなり得ない。やはり、歴史から学んだ人が現代の問題意識にあわせて書き直す必要があります。この本の場合、単に分量が多いので、心ある人はじっくり勉強したいと思うでしょうけれども、なかなかその時間は取れないという物理的な問題があります。ただ、それだけじゃなくて、たとえば「自主管理保育闘争」とかすごく面白いんだけど、その面白さを理解するためには「自主管理闘争」という労働運動史の方では馴染みのある考え方をしらなければなりません。これはほんの一例ですが、同時代の労働運動の流れとかを理解しないと難しいですし、そこからやるには相当の勉強が必要です。なお、大人の勉強というのは、頭の善し悪しなど大して重要ではなく、究極のところ、どうやって勉強時間や物を考える時間を確保するかだけが重要です。そういう意味で、この本だけでは保育運動を前進させるのは困難であり、やはりエッセンスを伝えるようなものが必要ですね。

私自身は本格的にこの問題を考えるのには少し時間が必要ですが、少なくとも今進めている本の中で、社会政策のプレイヤーとしての社会運動の中にこの話は入れて、考えていかないといけないと思っています。本の内容に反映させることだけはお約束します。
川崎臨港バス労組が36年ぶりのストライキを打ったということで、先週、話題になった。神奈川新聞の記事がある。実は、このストライキは数十年経った後、歴史的なストライキとして記憶される可能性があるのではないかと思っている。それは何よりこのストライキが自分たちの労働条件を問題にしただけでなく、その後ろにある乗客の安全確保を訴えたという点において、公共の正義に適っているからである。私は普段、よほどのことがない限り、具体的な事実をもって正義であるなどと判定することはない。しかし、あえてこのストライキが今後の正しい方向を示していると断言したい。

今年(2016年)の1月、軽井沢スキーバスの転落事故が起きた。若い大学生15人が死亡したこと、そのうち、娘を失った一人のお父さんの毅然とした態度がひどく印象的な事件だった。この事件の背景には、会社側の杜撰な労働安全を含む労務管理があり、事件後、国土交通省の立ち入り検査や行政処分を受けていたことも明らかになった。ここで我々が学んだことは、会社側の労務管理が、単に労働者の命を奪うだけでなく、消費者(乗客)の命をも奪うということであった。

ストライキが悪のように語られたのは、1975年のスト権ストが一つの転換点で、国労が自分たちの権利を主張するためだけにストライキを打ったこと、この事件を契機に、中曽根康弘が国労・総評潰しを企図して80年代には臨調と並行して、国労の悪宣伝を広めたためである。総評内では、ストライキをやらない少数派鉄鋼と、それ以外という路線対立という側面もあった。だが、一番は当時の官公労は非常に強く、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いで、スト権ストの直前まで公共部門の労働基本権の回復はそう遠くなかったと思う。ただ、その反面、75年時点で国労に驕りがあったのも事実で、スト権ストは民間労組の協力を仰がないで単独で行われた。これに総評内の私鉄総連、全電通が怒ったのも当たり前であり、身内を固められないストライキが世間の評価を勝ち取れるわけもなかった。しかし、私は政治とは冷酷なものだと思っているし、自民党と革新陣営は敵だと認識していたわけだから、別に当時の自民党のプロパガンダが法を犯していたとしても、私はそれを悪だというつもりはない。

ストライキが風物詩のように行われた時代が去り、ストライキが異常な事態のように考えられるときがやって来た。念のために確認しておくが、ストライキは今でも労使交渉における最後の切り札である。基本的人権として保障されているからではない。いわんや労働者が弱者であるから基本的人権として保護されているわけではない。世界の労働者が労働運動の成果として歴史的に勝ち取ってきたのである(ちなみに、まだ認められていない国やILOの権利によって守られている国も少なくない)。ストライキ権が付与されているとはどういうことか。ストライキによる損害賠償が認められないということである。連合成立に際して、参加を決めた動労への損害賠償は取り下げられ、最後まで岩井一門のリードによって特攻した国労はその損害賠償支払いによって国労会館を失った。きわめて政治的問題である。

ストライキ権については、過去のエントリで書いた。その際、当時連合総研(今はJCM?本拠はJAM)の市川さんからコメントをいただき、それに対してリプライを書いた。ILOで労働者代表として戦ってきた市川さんとのやりとりはすごく重要なので、あえてもう一度、ここに紹介しておきたい。

ストライキの重要性が忘れられた現代の日本において、それを喚起させたのは2004年のプロ野球のストライキである。日本のプロ野球史上、唯一のストライキであり、結果的に、選手側が主張した12球団維持が通った。このときは近鉄とオリックスの合併によって12球団制度が維持されなくなることが争点で、ストライキの期間をどうするのか、無期限にするのかどうかという議論も出たそうだが、結果的には2日だけだった。言うまでもなく、ファンのことを配慮したからである。テレビ越しにも当時の古田敦也選手会長が相当タフな交渉に臨んでいるんだなというのはその表情から察せられた。ファンも選手たちを支援した。

プロ野球のような人気スポーツでないため、今回の川崎臨港バスのストライキは世間の同情どころか、関心さえも集めていない。正直、利用者にもあらかじめの理解を得ることは出来ていないだろう。記事のインタビューを読めば、迷いながらの苦渋の決断の末に行われたストライキであることは伝わってくるし、そのような真心にもとづく行動は、私のような現場に立つわけではない外部の賢しらな意見などから自由な方がよい。だが、ストライキというのは、労使間だけでその勝敗が決まるわけではない。団体交渉はたしかに労使だけで決まるが、ストライキになって、労使以外に影響を及ぼすようになると、その勝敗には世間の流れが大きく影響してくる。だから、世論形成はかつてはストライキの常套手段であった。

今はやり方によってはチャンスである。なぜなら、川崎臨港バス労組が提起した、厳しい労働条件によって消費者(乗客)の安全が脅かされるという問題は、まさに政府が進めている「働き方改革」の直球真ん中である。このストライキは世の中のよい流れに乗っていると言える。だから、話の持って行き方によっては、電通と並んで働き方改革の目玉になり得る。連合は5年ぶりに自民党と政策協議を行っていて、ある意味ではこういう事例をうまく取り込むことによって、イニシアティブを示すことが出来るはずだ。ここが勝負所だという戦略眼に期待したい。

・・・けれども、このニュースペーパー動画を見ると、頭がクラクラしてきて、連合が世論形成をするなど夢にも思えない。これ、炎上してもおかしくないと思うのだが、浸透してなさ過ぎて、誰も気がつかず、炎上さえしないのではないか。組織のどのレベルでOKを出したのか確認したいし、これからは連合関係者に会うたびに一人一人この動画を見たことがあるのか確認し、その上でどう思うか聞いてまわりたいくらいだが、情報宣伝において、連合はエキタスやシールズにさえ遙か後塵を拝していると言わざるを得ない。

先日、長時間労働の労働相談を連合は行った。それ自体は素晴らしい。その翌日、ツイッターで「#もしも定時で帰られたら」を告知した。それを情報労連の対馬洋平さんの個人アカウントが、エキタスの「#最低賃金1500円になったら」と一緒に広めることを提案、エキタスアカウントもすぐにこれに反応してちょっとした広がりを見せた。この秋からハッシュタグを使って問題提起するようになったのは素晴らしい。しかし、順序が逆であろう。どう考えても、こういう事前の周知をした上で、キャンペーンを打った方が労働相談に多くの人に参加してもらう上でも、さらには連合の活動を周知する上でも良かっただろう。この段落で私はそんなに無茶なことを言っただろうか。2016年現在ではほぼ常識的に考えられることを書いているだけだと思うのだが。