2009年11月24日 (火)
和田先生にしか書けない、今後、製造業の歴史を研究しようと志す者にとって必読の書である。
物語形式に書いてあるので、予備知識がなくても読めるし、面白いと思うが、高村薫さんの書評を読まれるとさらに大まかな流れを掴みやすいと思う。生産管理についてまったく明るくない方はとりあえず、『ザ・ゴール』を読むというのもいいだろう。
私自身、先生から聞いたお話もあるのだが、それを紹介するより、私がどう読んだかを書きたいと思う。大きく言えば、トヨタにおいて生産システムがどのように作られていったのか、ということなのだが、現場群が一つの工場というシステムとしてまとめあげられていくプロセスが描かれているといってもよい。精確にいうと、下請部品会社からトヨタ工場内の各工程を含めて、生産システムとして結びついていったプロセス、というべきだろうか。
その前提としてフォードが作った大量生産システムがある。実は、和田先生の枠組みにとってフォードシステム=移動式組立ラインという寓話は格好のターゲットなのである。そのような寓話が受け入れた背景は、高村書評がいうように、生産工程全体を捉えていないからであろうか。たしかに、この点は重要な一つの論点である。しかし、それだけではない。フォード・システムをトータルに理解する上では、さらにもう一歩踏み込まなければいけないのだ。そして、そこが和田先生のユニークな点でもある。だが、具体的には読んでのお楽しみということにしよう。
今やトヨタは自動車の世界を制しつつある。だが、私の印象では同時代的なトヨタのシステムはたとえば1930年代の紡績業に比べて、1950,60年代の鉄鋼業に比べて、遅れているという印象だった。その違いは何だろうか。
最初に産業の発展段階の問題がある。が、それは紡績と比べた場合である。紡績は戦前に生産システムを完成させていた先進的産業であり、世界的にも既にトップだった。戦後は占領政策の標的にされ、しばしば貿易摩擦の対象という形で政局の人身御供になってしまった。国内では1950年代から衰退産業として捉えられており、それは国内の産業における地位という点では否定すべくもないけれども、同一産業として国際的に見たとき、競争力が急速に低下したわけではない。私は決して生産システムで負けたわけではなかったと考えている。日本の綿糸紡績が衰退した原因は、まずは化繊の興隆という技術革新、第二に人件費の高騰に伴う海外移転である。
他方、戦争が終わった時点での日米の鉄鋼業、それから自動車業との格差はそんなに大差なかったはずだ。もし、私が考えるように差があったとすれば、その原因は端的に言えば、政策的な重点的資金援助、業界全体の組織的対応の違いによるものだろう。この点では紡績は民間主体、鉄鋼は政府(官営八幡)が中心、という違いはあるけれども、ともに明治以来の伝統があり、自動車とは異なる点である。
それから、生産管理(工程管理)の重要性の違いが背景にある。自動車が組立加工産業であるのに対し、鉄鋼業が素材産業(プロセス産業)である。要するに、自動車は沢山の部品を集めて一台の完成車にし、鉄鋼業はいったん溶かした鉄から鋼にしていく工程で、下流に行くにつれ、製品数を増やしていくという違いである。この点では紡績も鉄鋼と同じである(ただ、厳密にいうと、紡績も鉄鋼も上流工程でいくつもの原料のブレンドをしており、さらにそこにまた、ブレンドの妙があるのだが)。自動車ではそもそも部品そのものの問題として互換性部品の問題があり、さらに部品をどう調達する点において生産管理が一貫して決定的にクリティカルな問題であった。だが、鉄鋼業は1950年代半ばに製品数が増加することで、急速に生産管理の問題がクローズアップされてくるようになった。
と、まぁ、いろいろ他にも比較して考えたいことは沢山あるのだが、とにかく、この本は比較の中心軸として、そういうことを可能にしてくれる信頼に足る一つの産業の生産システム史なのである。ちなみに、和田先生の議論をさらに深く理解するためには、
大量生産
・ハウンシェル『アメリカン・システムから大量生産へ』名古屋大出版会、1998年
経営学(ないし経営管理手法)
・土屋守章「アメリカにおける「管理の科学」生成の基盤」『経営史学』1−2、1966年
・辻厚生『管理会計発達史論改訂増補版』有斐閣、1988年
を繰り返し、読む必要がある。最初は土屋論文から入るといい。『管理会計発達史論』もあわせて読めば、科学的管理法=テーラーなどというレベルでは門前払い、ということがよく分かるはずだ。文章自体は達意の文章だから、読みやすいと思う。和田先生はパイオニアとして大変なことが沢山あったと思うが、我々後進の者はここから始めることが出来る。後発者の恩恵とはこのことだろう。
なお、ここ15年くらいでようやく、労働の分野でも賃金が予算との関係から議論されるようになってきたが、はっきり言って、まだまだ共有されているものは少ない。インダストリアル・エンジニアリング(IE)は労務管理とも密接に関係しているが、予算との関係、特に全体像から把握しないと理解できないだろう。こういう問題に興味がある方はぜひ、この四つの文献を熟読玩味して欲しい。ついでに、社会政策学会等で私を見かけたら、ぜひ声を掛けてください。議論しましょう。
ちなみに、ハウンシェル本と和田先生の本の表紙はディエゴ・リヴェラの壁画で対になっている。デトロイト美術館の南壁と北壁である。これはwikiのディエゴ・リヴェラの項目で全体像を見ることが出来る。両方、選択したのは和田先生ご自身で、ディエゴの絵には深い意味があるらしいのだが、残念ながら私には説明能力がない。
物語形式に書いてあるので、予備知識がなくても読めるし、面白いと思うが、高村薫さんの書評を読まれるとさらに大まかな流れを掴みやすいと思う。生産管理についてまったく明るくない方はとりあえず、『ザ・ゴール』を読むというのもいいだろう。
私自身、先生から聞いたお話もあるのだが、それを紹介するより、私がどう読んだかを書きたいと思う。大きく言えば、トヨタにおいて生産システムがどのように作られていったのか、ということなのだが、現場群が一つの工場というシステムとしてまとめあげられていくプロセスが描かれているといってもよい。精確にいうと、下請部品会社からトヨタ工場内の各工程を含めて、生産システムとして結びついていったプロセス、というべきだろうか。
その前提としてフォードが作った大量生産システムがある。実は、和田先生の枠組みにとってフォードシステム=移動式組立ラインという寓話は格好のターゲットなのである。そのような寓話が受け入れた背景は、高村書評がいうように、生産工程全体を捉えていないからであろうか。たしかに、この点は重要な一つの論点である。しかし、それだけではない。フォード・システムをトータルに理解する上では、さらにもう一歩踏み込まなければいけないのだ。そして、そこが和田先生のユニークな点でもある。だが、具体的には読んでのお楽しみということにしよう。
今やトヨタは自動車の世界を制しつつある。だが、私の印象では同時代的なトヨタのシステムはたとえば1930年代の紡績業に比べて、1950,60年代の鉄鋼業に比べて、遅れているという印象だった。その違いは何だろうか。
最初に産業の発展段階の問題がある。が、それは紡績と比べた場合である。紡績は戦前に生産システムを完成させていた先進的産業であり、世界的にも既にトップだった。戦後は占領政策の標的にされ、しばしば貿易摩擦の対象という形で政局の人身御供になってしまった。国内では1950年代から衰退産業として捉えられており、それは国内の産業における地位という点では否定すべくもないけれども、同一産業として国際的に見たとき、競争力が急速に低下したわけではない。私は決して生産システムで負けたわけではなかったと考えている。日本の綿糸紡績が衰退した原因は、まずは化繊の興隆という技術革新、第二に人件費の高騰に伴う海外移転である。
他方、戦争が終わった時点での日米の鉄鋼業、それから自動車業との格差はそんなに大差なかったはずだ。もし、私が考えるように差があったとすれば、その原因は端的に言えば、政策的な重点的資金援助、業界全体の組織的対応の違いによるものだろう。この点では紡績は民間主体、鉄鋼は政府(官営八幡)が中心、という違いはあるけれども、ともに明治以来の伝統があり、自動車とは異なる点である。
それから、生産管理(工程管理)の重要性の違いが背景にある。自動車が組立加工産業であるのに対し、鉄鋼業が素材産業(プロセス産業)である。要するに、自動車は沢山の部品を集めて一台の完成車にし、鉄鋼業はいったん溶かした鉄から鋼にしていく工程で、下流に行くにつれ、製品数を増やしていくという違いである。この点では紡績も鉄鋼と同じである(ただ、厳密にいうと、紡績も鉄鋼も上流工程でいくつもの原料のブレンドをしており、さらにそこにまた、ブレンドの妙があるのだが)。自動車ではそもそも部品そのものの問題として互換性部品の問題があり、さらに部品をどう調達する点において生産管理が一貫して決定的にクリティカルな問題であった。だが、鉄鋼業は1950年代半ばに製品数が増加することで、急速に生産管理の問題がクローズアップされてくるようになった。
と、まぁ、いろいろ他にも比較して考えたいことは沢山あるのだが、とにかく、この本は比較の中心軸として、そういうことを可能にしてくれる信頼に足る一つの産業の生産システム史なのである。ちなみに、和田先生の議論をさらに深く理解するためには、
大量生産
・ハウンシェル『アメリカン・システムから大量生産へ』名古屋大出版会、1998年
経営学(ないし経営管理手法)
・土屋守章「アメリカにおける「管理の科学」生成の基盤」『経営史学』1−2、1966年
・辻厚生『管理会計発達史論改訂増補版』有斐閣、1988年
を繰り返し、読む必要がある。最初は土屋論文から入るといい。『管理会計発達史論』もあわせて読めば、科学的管理法=テーラーなどというレベルでは門前払い、ということがよく分かるはずだ。文章自体は達意の文章だから、読みやすいと思う。和田先生はパイオニアとして大変なことが沢山あったと思うが、我々後進の者はここから始めることが出来る。後発者の恩恵とはこのことだろう。
なお、ここ15年くらいでようやく、労働の分野でも賃金が予算との関係から議論されるようになってきたが、はっきり言って、まだまだ共有されているものは少ない。インダストリアル・エンジニアリング(IE)は労務管理とも密接に関係しているが、予算との関係、特に全体像から把握しないと理解できないだろう。こういう問題に興味がある方はぜひ、この四つの文献を熟読玩味して欲しい。ついでに、社会政策学会等で私を見かけたら、ぜひ声を掛けてください。議論しましょう。
ちなみに、ハウンシェル本と和田先生の本の表紙はディエゴ・リヴェラの壁画で対になっている。デトロイト美術館の南壁と北壁である。これはwikiのディエゴ・リヴェラの項目で全体像を見ることが出来る。両方、選択したのは和田先生ご自身で、ディエゴの絵には深い意味があるらしいのだが、残念ながら私には説明能力がない。
![]() | ものづくりの寓話 -フォードからトヨタへ- (2009/08/10) 和田 一夫 商品詳細を見る |
![]() | ザ・ゴール ― 企業の究極の目的とは何か (2001/05/18) エリヤフ ゴールドラット 商品詳細を見る |
![]() | アメリカン・システムから大量生産へ 1800‐1932 (1998/11) デーヴィッド・A. ハウンシェル 商品詳細を見る |
2009年11月15日 (日)
今、大内経雄先生の『職場の管理と組織』という本を読んでいる。大内先生ご自身にとっての歴史認識は今から見ると怪しいところが多いが、大内先生が語っている現実については歴史的価値が高いと思われる。
大内先生の仕事は戦時中からの職場訓練、職場監督をどのようにするかということであった。そのエッセンスはフォアマン制度ということになるだろう。で、大内先生といえば、今でも『フォアマン制度の研究』の著者として有名なのだが、こちらの本もとてもいいと思う。1950年代にアメリカの経営手法やイギリスのTWIを輸入しようとした経緯や当時の人たちがどのような問題意識を持っていたのかを知るには最適だし、政府がどのような試みをやっていたのかもよく分かる。
また、この本には民間の事例として八幡製鉄、日本鋼管、石川島播磨、日本パルプ工業、日軽アルミの現場改革が当事者たちの手による説明が付録にあり、本文中では大内先生がそれに対して批判を加えている。批判を加えているといっても、攻撃ではなく、問題点を浮き彫りにして、よりよくするための論点を提示しているという感じだ。
この当時の人たちには日本ペシミズム論が浸透していて、少し前の流行り言葉であったら、自虐史観とでもいうのだろうか、そういう歴史観の人が多い。ただし、こうした歴史観を持つ人にも二通りあり、簡単に言うと、非常に苦しい歴史を踏まえて段々よくなってきたんだから、これからもっとよくしていきたいと考えるため、不必要に辛口になっているタイプである。大内先生は若干、その傾向があって、褒めるのが1段落くらいだったら、限界を語るのに数ページという割合かな。もう一方?それは日本資本主義が没落していくと思っていた人たち(笑)。
今、改めて読むべき古典だとつくづく感じた。それにしても、神田の古本まつりでこれを300円で手に入れたのはラッキーだった。きっと誰も見向きもしないんだろうな。論点についてはそのうち、整理したら書くかもしれません。
大内先生の仕事は戦時中からの職場訓練、職場監督をどのようにするかということであった。そのエッセンスはフォアマン制度ということになるだろう。で、大内先生といえば、今でも『フォアマン制度の研究』の著者として有名なのだが、こちらの本もとてもいいと思う。1950年代にアメリカの経営手法やイギリスのTWIを輸入しようとした経緯や当時の人たちがどのような問題意識を持っていたのかを知るには最適だし、政府がどのような試みをやっていたのかもよく分かる。
また、この本には民間の事例として八幡製鉄、日本鋼管、石川島播磨、日本パルプ工業、日軽アルミの現場改革が当事者たちの手による説明が付録にあり、本文中では大内先生がそれに対して批判を加えている。批判を加えているといっても、攻撃ではなく、問題点を浮き彫りにして、よりよくするための論点を提示しているという感じだ。
この当時の人たちには日本ペシミズム論が浸透していて、少し前の流行り言葉であったら、自虐史観とでもいうのだろうか、そういう歴史観の人が多い。ただし、こうした歴史観を持つ人にも二通りあり、簡単に言うと、非常に苦しい歴史を踏まえて段々よくなってきたんだから、これからもっとよくしていきたいと考えるため、不必要に辛口になっているタイプである。大内先生は若干、その傾向があって、褒めるのが1段落くらいだったら、限界を語るのに数ページという割合かな。もう一方?それは日本資本主義が没落していくと思っていた人たち(笑)。
今、改めて読むべき古典だとつくづく感じた。それにしても、神田の古本まつりでこれを300円で手に入れたのはラッキーだった。きっと誰も見向きもしないんだろうな。論点についてはそのうち、整理したら書くかもしれません。
2009年11月11日 (水)
本来、これから書くような利用の仕方が想定されているわけじゃないのは知っているんですが、これはいいかもと思っています。厚労相がやっているジョブ・カード。
昨日、授業でジョブカードの記入例を使って学生にキャリアのことを説明しました。ジョブカードって、普通の履歴書+αの形なんですね。そのプラスアルファは今まで仕事で身につけてきたこと、それから、今まで学習によって学んできたこと、キャリア・コンサルティングで発見した自分の能力と適性です。これって自己分析の練習にもなりますし、正にこれから就職活動を始める3年生にはまったく最適だと思います。もちろん、キャリア概念を理解させる導入としても効果が高いと考えています。
思わぬ発見でした。
昨日、授業でジョブカードの記入例を使って学生にキャリアのことを説明しました。ジョブカードって、普通の履歴書+αの形なんですね。そのプラスアルファは今まで仕事で身につけてきたこと、それから、今まで学習によって学んできたこと、キャリア・コンサルティングで発見した自分の能力と適性です。これって自己分析の練習にもなりますし、正にこれから就職活動を始める3年生にはまったく最適だと思います。もちろん、キャリア概念を理解させる導入としても効果が高いと考えています。
思わぬ発見でした。





