連合総研の「雇用・賃金の中長期的なあり方に関する調査研究報告書」が2ヶ月ほど前に発表されました。連合総研のホームページで全文、読むことが出来ます。私も「日本の賃金と歴史と展望に関する研究委員会」(座長:龍井葉二連合総研副所長)では深く関係したので、この報告書に少しコメントというか、補足したいと思います。

濱口先生がこの報告書についてエントリにされています。その勘所を「一人前労働者の賃金とは、単に生存が保障されるだけではなく、次世代の労働力の再生産を可能とするような生活を保障する賃金でなければならない」「このあるべき賃金を、一定の仕事スキルを持った一人前労働者に一律に保障するというところで、労働力の市場価格とは区別された一人前労働者の固有の賃金水準を設定するというイメージです」と要約されています。

前半部分の生活保障賃金の考え方が具体的に「親一人子一人」モデルが提示されました。この点が最終報告書と中間報告書では決定的に変わっています。これは明らかに藤原千沙さんの影響でしょう。ただ、ちょっとこの報告書だとこのモデルの意味が分かりにくくないかなと心配です。藤原さんの考え方については、同じく連合総研のDIOに掲載された「「多様な働き方」における生活賃金の課題」を読むとよく分かります。これもまた、濱口先生が勘所だけを紹介されているので、そちらを読んでもいいでしょう。コメント欄も早川さんと濱口先生のやりとりも重要です。そして、例によってまったく覚えていませんが、私も登場していますね。

わりと感情を刺激する議論でもあるので一つだけ補足。「親一人子一人モデル」というのは、藤原さんがシングルマザー世帯の研究をやってきたということの帰結でもあるのですが、ポイントは別に「二人親二人子世帯」モデルを否定しているわけではないんですね。単純に言えば、倍になるわけで、307万円の倍、614万円になるので、別に問題ないんですね。これは最低線を決めようということですから。だから、標準家族という考え方も、それはそれなりに問題があって、いろいろ言われるんですが、仮にそれを認めたとしても問題ないのです。標準家族の考え方の問題は家族計画の進展と結びついて理解する必要があるんですが、それはそのうちどこかで書くことにしましょう。

実はこのモデルは、長時間労働の相対化にも射程が及んでいるのです。つまり、シングルペアレントの世帯では、保育所や周囲の人の助けを借りたり、子どもの手伝いがあるにしても、基本的にはケアを一人でやらなければならないわけです。ということは、経済学の世界では、労働時間と余暇時間という分け方があるわけですが、この余暇時間もさらに、生活必要時間と余暇時間に分けるということが出来ると思います。この考え方は、今のインターバルの議論をさらに一歩、進めたものです。ワーク・ライフ・バランスということを考えるのであれば、実はこれはシングルペアレント世帯だけでなく、すべての世帯に関係する問題なのです。

後半部分、濱口先生が批判されているのは、一人前の仕事を全員に等しく与えるのは困難ではないか、ということです。ここはたしかに、具体的な仕事があげられていないので分かりませんが、具体的に確定するためには職務分析をしなければなりません。なお、ここでの職務分析は、仕事をよく知るベテランに話を聞くということです。この点は企業ごと、あるいは職種ごとに、産業ごとに定めていかなければなりません。これについては、実は既に実験的に試みたものが報告書になったと聞いているんですが、私はもらってないので、その後、どうなったか分かりません。
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濱口先生が私の前エントリを枕に「竹中理論はなぜ使えないのか」ということを書かれているのですが、もう少し内在的になぜ今、読んでもあまり意味がないのか、ということを考えてみたいと思います。まあ、しかし、私は竹中恵美子を読もうとは思っても、自分から『家父長制と資本制』を再読しようとは思わないですし、大沢さんの『企業社会を超えて』もそうですね。今、ちょっと読み返してみたら、やっぱり古いなと感じました(竹中先生ほどではないにしても)。今、読むなら、やっぱり『生活保障のガバナンス』ですよ。これ、大沢先生の中で一番じゃないかなと思います。

でも、アカデミックなトレーニングをするという意味では、竹中先生の方がよいと思いますよ。濱口先生も言及されている大沢さんの竹中批判については完全に的外れで、その昔、大河内先生の型論が批判されたときとまったく同じパターンの理解不足ですから、これを仮に論争と呼ぶならば、完全に竹中先生の勝ちです。要は、特殊というのは抽象次元の問題で、すべて現象は特殊なのであって、理論をやっている人は現象の対極として普遍を考えますから、特殊という言い方をするんですね。大河内先生のときは日本特殊論、竹中先生のときは女性特殊論というのがひっかかったわけです。そういう発想自体がそもそもどうなの?というのは問いかけてもいいですが、あまり生産的にはなりませんよ。読みやすさの問題では、理論志向かどうかというところもありますね。

まあ、そんなつまらないことはどうでもいいんですが、なぜ竹中先生の議論が今一つ、私に響かないかと言うと、マルクス主義の用語ということだけじゃなくて、ちょっと別の次元の話なんです。竹中先生はその当時の労働問題研究は製造業の労働者を問題にしていたのに対し、そこに女性労働者の問題を押し込もうとされたんですが、そのときに設定枠組みを根本から鍛え直すというよりは、もとの資本制モデルを近代家族に拡張したんですね。そこは建て増しじゃなくて、建て替えなきゃいけなかったんじゃないの、というのが私の感想なんですよ。

近代家族というのは、産業化によって人口増加が起こって近代都市が誕生し、そこに登場してくるというのが一般的なストーリーなんですが、これで語っちゃっていいのは1920年代前半くらいまでで、ミルズのホワイトカラーも1950年代には出ているし、要は工場労働者だけで都市もそこの近代家族も語れないんですね。それと同時に農村も入れれば、さらに日本全体を語れないのも明らかなんですよ。まあ、竹中先生も不生産労働の増加という形で第三次産業に触れたりもしているんですが、じゃあ、それで大きな枠組みが組み替えられたかと言われれば、やはりそれはなされていないんですね。

だから、その延長線上にある竹中先生のアンペイド・ワーク論も、ほとんど興味がないんです。アンペイド・ワーク論はある特定の運動においてはすごく重要で、その限りにおいて、というか、そのアクチュアルな国際的な展開とあわせて理解すべきですが、理論的に探究することについては展望が開けないんじゃないかなと思っています。実際は、どう測定するかという技術的な問題なんですよ。もっとも、そのどう測定するかということは、思想と無縁ではないので、そこから切り込むことも出来ますが。

そもそも雇用関係をつきつめて考えると、労働の対価が賃金でなければならないということ自体近代の発想であって、必ずしも雇用関係の必要条件じゃないんですね(もちろん、濱口先生のように政策志向で労働問題を考えるならば、対価としての賃金は所与の条件です)。そこまで行くと、雇用関係そのものの問い直しにもなります。この点は実は森建資先生の『雇用関係の生成』木鐸社の主テーマで(実はジェンダー問題もサラッと触れられていますが)、様々な社会関係を考察して行くことになるでしょう。そうすると、ジェンダーの問題もあるんだけど、福祉的就労や、ボランティア・ワークの問題をどう考えるのか、それと雇用労働はどう違うのか、同じなのか、雇用労働の中で自主性をもって仕事をすること(自発性)とボランティア精神はどう違うのか、といったことをどんどん問いかける必要が出て来るでしょう。そこまで来ると、ことは労働そのものの考察になりますから、今、ジェンダーを仮に「作られた社会関係」と定義するならば、具体性が高すぎて、理論的につきつめて考えて行くと、捨象することも可能だろうと思います。

マルクス主義は左派運動的には支配・被支配と独立や自由、自主性の問題と密接に歩んで来ました。でも、その問題を突き詰めていくと、どちらかというと、権力の問題になって、政治学や政治哲学(ないし思想)の方が得意分野なんですよね。男性社会の無意識のなかに隠された権力性みたいな話なんですが、それを批判するんであれば、別にマルクス主義である必要はどこにもなくて、スーザン・M・オーキンやマーサ・ヌスバウムのようなリベラリズムの立場からの批判もあり得るわけです。むしろ、ラディカル・フェミニズムとマルクス「経済学」系の労働問題の接合って、そんなに相性よいんかいなという疑問もあります。

西洋文化圏の人たちが西洋思想を乗り越えようとするのは分かるんですが、本当は日本で同じような仕事をやって欲しいんですよね。たとえば、丸山眞男の政治思想史、あるいはそのフォロワーたちを批判的に乗り越えるようなフェミニズムの本とかです。丸山に「女性」が出てこないと指摘するだけでは不十分で、それを入れたら、どういう風に彼の議論を組み替えることが出来るのかというところまで示して欲しいのです。まあ、ないものねだりをしても仕方ないので、次は岡野八代先生の『フェミニズムの政治学』とリベラリズム系のフェミニズムを比較して勉強しますかね。
名著『技手の時代』を読んで、その書評を書いていたんですが、小路さんが描く実業教育史のなかで一つのひっかりがありました。小路さんは、資料ベースで飛んだ議論をなさらない方なので、あまり掘り下げておられないのですが、実業教育のもう一つの重要なテーマは倫理でした。もちろん、1910年代から20年代にかけて、実業補習教育から出た公民教育が重要な役割を果たし、それが普通教育のなかに浸透していったことは小路さんもよく分かっていて、安岡正篤らの職分論なんかも検討しているのですが、なかなかその先まで突っ込んで行ってくれない。

なぜ、この時期に実業教育から公民教育が重要になったのかにはざっと考えると、いくつかのフェーズが考えられます。まず、大正期には学校制度があんまり社会から遊離していて、このままじゃダメだろうという反省が起こったこと。ちゃんと社会と結びつくという意味で実業教育の重要性がクローズアップされました。もうひとつは、時期的に普通選挙が実施されるようになると、公民(国民、ないし、市民)教育が重要になってきました。さらに、普通教育の最高機関の学生たちが軒並み左傾化するなかで、倫理が重要になってきたわけです。

小路さんは由井常彦先生の研究を引いて西田哲学と倫理の関係なんかも触れているので、この重要な問題をよくご存じなんですよね。由井先生の経営思想史研究って、私も直接先生からお話を聞いて、禅の重要性とかを教わったわけですが、ほとんどの人は注目していないんじゃないかと思います。それがさらっと書いてある。

なんでこの話を書くかというと、中澤二朗さんの『働く。なぜ?』はそういう忘れられた仕事と倫理の問題の探求の書ではないかと感じていたからです。これ自体が修養の書と言ってもよいでしょう。

この本を取り上げるにあたって、マシナリさんが「会社の仕事の土台は「行動量」」ということで、仕事の「量」が大事だという話に注目されているのは興味深いですね。これは研究も同じ事がいえるので、とくに歴史研究であれば見た資料の数であったり、あるいは読んだ本の数(ちゃんと自分の糧にしたという意味ですが)が研究に奥行きを与えるんだろうなと私も思います。どんなに若い頃、評判を取って、その後大家になった人でもその遺産を食いつぶしている人というのはいるわけで、それは見る人が見れば分かります。

マシナリさんも引用されている加賀乙彦がラッシュの新宿の群衆をして「非常招集された兵隊」と描いたという話ですが、1960年代の会社人、特に戦争を経験した世代はそういう意識を持っていたと思います。というのは、少なからぬ人が若くして戦争で死んだ友人たちを安心させるために復興し、経済大国を作ろうとしたわけですから、文字通り、戦争の延長戦という意味があったわけです。だけど、その経験は中澤さんなどの戦後世代では共有されていないし、共有する必要もないと思います。それとは別の何を作るべきなのかなのです。

これだけ過労死やメンタル・ヘルスが注目を集める時代になると、はっきり言って、仕事を中核にだけではなかなか難しいなと感じました。たとえば、キャリア論なんかは人生全体をキャリアと見立てて構想されているわけで、そういうものが入り込んでいます。仕事か趣味かというつまらない二項対立は論外にしても、地域社会のなかでどう生きるのかは退職後の人生の中でも重要なことですし、無視し得ない。

この本を著者から恵贈された労務屋さんがやはり、長期雇用・長期育成に対する堅固な精神で書かれた本と紹介されており、それはそのまま、新日鉄住金だけでなく、トヨタ自動車の哲学もそうなんだろうと思いますが、一番大事なところはそこではなく、仕事観と人生観に触れる部分なんだろうという風に感じました。

私、学生に話そうと思って、わりとすぐにこの本を読みました。しかし、読み終わって、この本は使えないなと思いました。これはちょうど私やもう少し若い20代後半から30代前半の人にこそ大事な本ではないかと思うのです。若いうちはがむしゃらに仕事をして、少し余裕が出て、次に忙しくなっていくその間にふと立ち止まって読むといいんじゃないでしょうか。

でも、結局は人と人のリレーの話なんだと思います。私の心に残ったのは中澤さんの上司の大江さんの話です。それは結局、長期雇用や長期育成ということではなく、ただコツコツと小さな作業を積み上げて、大きな仕事を成し遂げるということに尽きると思います。藤田若雄の影響を受けた大江さんについて、大江さんの部下だった中澤さんが無教会派・藤田の源流である内村鑑三の言葉で語るのもなかなか粋です。

考えてみれば、『技手の時代』というのはそうやって働いてきた日本人を描き出そうとした本で、そのことは何より著者の小路さんが奥田健二さんの研究を継承したいと願い、そうして、大江さんの翻訳のように、自身が30数年かけて大成させた本なんです。数ページずつでいいので、ぜひ読んで欲しいですね。

いつだったか、小池先生が何かの折に、ともに働くことを通じてしか倫理は生まれないというようなことをおっしゃったことがあって、いつも折に触れて思い出しては考えてみるんですが、『働く。なぜ?』はそのときのことをまた思い出して考えさせる本でした。
先日、数年ぶりに孫田良平先生とお会いしてお話ししました(お会いした理由はもう少ししたら、ちゃんとこのブログでもご報告します)。すこし体調を崩されているとお伺いしていたのですが、結構、長い時間、お話しました。そんななかでまた貴重なお話をお伺いしました。孫田先生は佐々木孝男さんとは盟友で、私が佐々木さんのことを『日本の賃金を歴史から考える』のなかで取り上げたことをすごく喜んで下さっているのですが、同時に、生産性基準原理の問題で、私も知らなかったことを教えていただきました。それは、生産性基準原理は熊谷委員会以前にある労働組合が既に労使交渉のなかで使っていたということでした。そして、日経連に生産性基準原理として利用されるときに、実質賃金を名目賃金には変えられてしまったとのことでした。

今、手許にあった労働省編『最新労働用語辞典』(1993年版)の生産性基準原理の項目を改めて調べてみると、さらに59年(1984年)に同盟の研究機関である経済、社会政策研究会が実質国民経済生産性に対しては名目賃金ではなくその年の物価上昇分を差し引いた実質賃金を比較の対象にして考えなくてはならないとする「逆生産性基準原理」を提唱した、とされています。

私は佐々木孝男さんの逆生産性基準原理の論文も読みましたが、あの話は物価が安定しているんだから、むしろ、消費を活発化させるためには賃金を上げた方が良いというのがその趣旨で、つまり、物価の上昇を抑える時期と安定している時期ではマクロ経済政策が変わってくるのは当たり前だというところがポイントだと思っていました。しかし、これが実質か名目かというポイントで議論しているのだとすると、議論の本丸はこちらですね。

これは深い議論ですね(用語辞典として分かりやすいのかという問題は別にありますが)。最近、議論していないから頭の回転が落ちてると言いながら、さらっと一言でポイントを教えて下さる孫田先生。そして、そのポイントを余すことなく短い文章のなかで書いている労働省編の用語辞典。濱口先生いわく、内務省社会局以来の伝統、畏るべしです(ただ、厳密には後藤新平の衛生局まで辿った方がよいんじゃないかという気もしないでもないですが)。
小池和男先生が文化功労者に選ばれました。おめでとうございます。今回の賞は、先生の学問的な業績ということもありますが、先生は政府委員も長く務められて来ましたし、そういう総合的な評価でしょう。

濱口先生が知的熟練の功罪というエントリで取り上げていますが、小池先生については本当に多くの誤解があります。小池先生の学問的なスタートは『日本の賃金交渉』で、世間で考えられていることとはまったく逆の主張をなさっています。このときの一般的な議論は日本の労働組合は企業別組合で、労働市場は企業封鎖市場であるというものです。これに対して、小池先生は鉄鋼、全繊、私鉄労連などを取り上げて、事実上、産別が各企業をコントロールしながら、産業ごとの相場を作っているというものでした。小池先生は1950年代から日本がもっとも合理的という主張でしたが、後にそれはドア先生などが言う後発効果で説明されていました。

小池先生の1960年代の重要なお仕事はじつは二つあります。有名なのは『賃金』というテキストを書いたことです。『賃金』のテキストというのは、それこそ20世紀の最初あたりからありますが、経営工学系(当時の言葉で言えば工場管理)の経営学のテキスト、それからマルクス経済学系統の本など、どれも固くて面白くなかった。あの本は、小池先生の社会科学の考え方(類型論的な発想)が書かれていますし、何より幅広くいろんな考え方を紹介している。ただ、当時は若者の多くを捉えた宇野経済学の段階論が使われていたことがインパクトが大きかったと仰っていた先生もいらっしゃいました。この段階論はわりと、丁寧に宇野経済学を踏襲しており、その後の小池先生の議論は馬場宏二先生なんかに影響を与えています。あと、濱口先生の『日本の雇用と労働法』も驚くほど、小池先生の『賃金』と構成が似ていると思います。

もう一つの重要な仕事は、先ほど書いた産別関連の仕事です。佐野陽子先生をキャップにした『賃金交渉の行動科学』ですね。慶応大学というのは、藤林敬三、西村俊作、佐野陽子という藤林先生はともかく、近代経済学系の労働市場論の伝統があったんですね。それを引き継がなかったのは誰かというと島田晴雄先生です。ただ、これは世代的な問題もあり、つまりベッカーの『人的資本』は佐野先生が訳されますが、1970年代の人的資本論革命が直撃したそのアメリカの様子をレポートしたのは島田先生なんですね。これはもう巡り合わせとしかいいようがありません。『賃金交渉の行動科学』は今でも示唆深いよい本だと思いますが、経済学的に詰めて行って、それで説明できないところをあぶり出して、それを行動科学で取り組もうとした。ただ、これはアイディアでその後、深められませんでした。産別の研究も、じつはその後、あまりやられていませんでした。最近になって名古屋の松村文人グループが『企業の枠を超えた賃金交渉』を出版して、小池先生の『日本の賃金交渉』は言及されていたと思います。ただ、今、産別自体がよく分からなくなってしまって、今の産別をやるのはとても難しいですね。松村先生たちの研究も歴史研究としての戦後の研究ですから。

1970年代の小池先生の代表作と言えば、1978年の『職場の労働組合と参加』ですね。この研究が高く評価されたのは、アメリカと日本の鉄鋼業を比較した点にあります。一つのポイントは国際比較なんですね。この本を読めば分かりますが、濱口先生の知的熟練の定義のように「たまたま今やっている仕事のスキルじゃなく、会社のいろんな仕事を何でもやれるだけの幅広い能力」ではまったくなく、具体的に日本の鉄鋼業ブルーカラーとアメリカの鉄鋼業ブルーカラーを比較して、日本の方が仕事の幅が広いということを言っているのです。欧米の製造業ブルーカラーでは、1980年代以降、ブロードバンディングという職務を拡大するという動きが見られるようになります。ちなみに、変化と異常への対処という知的熟練のコアの概念をつかんだのも、東南アジアの企業を調査した国際比較です。

もう一つ、この時期の小池先生の重要なお仕事は『日本の熟練』のなかの「ブルーカラーのホワイトカラー化」というテーゼです。小池先生ご自身は自分の説がどういう風に影響を与えたのかということはあまり御関心がないのですが、少なくともこのテーゼは1980年代以降の労働史の中で大きな影響力を持つことになります。ただし、もともとの小池先生の話は、ECの統計と日本の統計を比べて、ブルーカラーの賃金カーブが日本の方があがっていく、これはホワイトカラーでは各国でも見られることだから、日本のブルーカラーはホワイトカラー化しているのではないか、ということでした。ところが、この議論は二村一夫先生が取り上げるんですね。二村先生は日本の企業別労働組合について独自に考察を進められていて、そのなかでホワイトカラーとブルーカラーの混合組合であるということを重視されていた。その観点から小池先生の議論を高く評価したんです。「日本労使関係の歴史的特質」にそのことが書いてあります。戦後の労働史の研究は二村先生とともにあったといっていい。それくらい影響力がありました。この頃の二村先生の影響を受けた代表的な研究者はアンドルー・ゴードン、市原博、菅山真次などです。ゴードン先生の『日本労使関係史』は原題が『日本における労働関係の展開』であまりにも兵藤先生の『日本における労資関係の展開』に似ているので、兵藤先生の影響が大きいと見られた。しかし、実際には労働関係(ないし労使関係、ここで労使関係と訳さなかったのはindustrial relationsではなくlabor relationsだからで、労働関係調整法以来、労働関係という訳語があります。が、実際には労使関係とした方が適切でしょう)と労資関係は全然、違った。ということは10年くらい勉強して初めて気づいた。ゴードン先生の議論は二村先生の影響と、実は小池先生の影響が結構、あるように思っています。

小池先生がご自身でご自分の考えをもっとも典型的に整理したのは、Koike, Kazuo, "Skill Formation Systems in the U.S. and Japan: A Comparative Study," in Aoki, Masahiko ed., The Economic Analysis of the Japanese Firm, ELSEVIER SCIENCE PUBLISHERS B.V., Amsterdam, 1984です。小池先生の基本的なアイディアの一つは、技能形成の段階論で、19世紀はクラフト・ユニオンによる技能形成が合理的だったが、20世紀は企業が配置を自由に行えるために、技能形成にもっとも有利だということです(これはこの論文には出て来ませんが、『賃金』から『仕事の経済学』まで一貫しています)。ここで「組織」ということが重要視されていた。このあたりは内部労働市場論の構成要素で企業特殊熟練を前提にする人的資本論が重要だと言いながら、クラフトも内部労働市場だと言ってみたり、アドミニストレーションが重要といいつつ、では人的資本論とは何かといって機械のくせというような、ドリンジャー・ピオリとどちらが優れているか明らかなわけです(とはいえ、公平を期せば、ブルーカラーを組織的に育成している日本をフィールドにしていた小池先生の方がダンロップ以来の旧制度派よりも有利だったんですが)。この論文にはリチャード・フリーマンのコメントがついていて、日本の製造業の強さを文化論や精神論ではなく、経済的に説明したことを、demysitfy、脱神話化と評価しています。ただ、この「組織」という論点は少なくとも、その後、深められたとは言えないんですね。

というか、1980年代以降の小池先生は知的熟練で有名になるわけですが、知的熟練はそれだけではかなり扱いにくい概念になってしまったと思います。この知的熟練論の限界は、むしろ、ホワイトカラー研究に進んだときに起こったと言えます。小池先生のホワイトカラー研究はそれ以前のもののようなインパクトを持っていません。ここからは私の意見ですが、知的熟練で「変化への対応」というのが重要なポイントで、不確実性ということも重視されました。しかし、小池先生ご自身はホワイトカラー研究でもわりと比較しやすい、つまりある程度、他の変数をコントロールされたと見なしてもよいだろうという対象が多かったと思います。そこにはかえって「組織」の観点はなかった。で、私も最近までそれがなんだかよく分かってなかったのですが、私たちの仲間の高橋弘幸さんという方が戦前の三井物産の研究でこの問題を取り上げたんです。そこで、彼はブルーカラーの技能形成は生産設備などに規定されるために高度に組織的にコントロールされているが、ホワイトカラーはそんなことは期待できない、として、戦前の三井物産の全仕事とその技能形成を検討するという膨大な仕事をします。まあ、このあたりは私の書評に書いてあるので読んで下さい。もう一つは、小池先生の議論の特徴は、長期の競争を重視するというところにあると思いますが、小池先生の研究手法は基本的に調査研究でした。調査研究はどうしてもスポットですから、長期の実証となると、歴史研究的にやるしかないですよね。そうなると、なかなか三井物産のように、占領軍が無理矢理作った三井文庫のような資料的条件がないと、この日本ではなかなか難しい。そういう問題もあると思います。

小池先生の真骨頂は調査研究で、その意味で迫真の技能研究は『ものづくりの技能』ですね。というか、そう思う根拠を、書いていいのか微妙なので、書きませんが。。。まあ、全部、具体的です。

ただ、根本的に、技能と賃金は全然、別の話として成り立ち得るんですよ。それはもちろん、リンクさせた方がよいに決まっていますが、そこにはいろんなパス・インディペンデンスもあって、難しい。教科書とはいえ、『仕事の経済学』で知的熟練論を人的資本論や職能資格給と結びつけて説明する必要があったのかなと個人的には今では思います。ちなみに、年功賃金と職能資格給を一緒くたにする議論がありますが、職能資格給は本来、職務分析を前提にしていて、つまり本来は無限定の能力という話では全然、ありません。そうなっているのは、導入に失敗したケースです。

あと、小池先生は二年赤字で解雇が始まる、終身雇用は幻想という立場だったと思うのですが、いつの間にか終身雇用の擁護者みたいな位置づけにされていて、そこは前から謎でした。

2000年代に入ってじつは『ものづくりの技能』を深めた『海外企業の人材育成』がすごく重要だと思うんですが、私はまだここら辺になると、消化し切れてません。差し当たり、藤本先生の書評と、座談会の記録1記録2がありますので、紹介だけしておきます。実は、このあたりになってくると、「組織」の問題がダイレクトに取り扱えるようになってきます。とくに、ブルーカラーの上位の人たちが設計などに関わるようになってくる。これは2000年代以降の傾向なんですが、コンピュータ・グラフィックの進化の影響です。設計図を読めなくても、コメントすることが出来るようになる。もちろん、これは全員ではなく、小池先生はトップ10%と言います。

小池先生は90年代のご研究のなかで日本企業の特徴として「遅い選抜」ということを主張されていました。小池先生の議論は、日本はトップエリートはともかく中間層が優秀なんだということが前提にあって、「遅い選抜」はそれに見合った制度でした。しかし、濱口先生がいう90年代、実際には1980年代の前半から中高年層の処遇問題がありました。これは知的熟練論よりも1970年代に奥田健二先生が提起していたラインを重視する人材育成の方がマッチします。実際、これは広く受け入れられていた。ところが、管理職ポストの問題が出てくる。80年代以降の分社化の流れには、表向きは多角化ですが、この処遇問題、分かりやすく言ってしまえば、分社すれば社長の椅子が一つできる、という管理職ポスト問題が裏テーマとしてありました。しかし、結果としてこの多角化はあまり成功したとは言えませんでした。それから、日米貿易摩擦とその帰結としてのプラザ合意に単を発する円高問題で、海外現地生産が増えます。これらによって日本の製造業の前提条件が大きく変わりつつあります。私はこの前提条件が変わる中で、日本企業の強さは後退するのではないか、少なくとも継承できなくなるのではないかと思っていますが、それはまた別の話ですね。

「遅い選抜」というのはファスト・トラックを作らないで、多くの人にチャンスを与えるということですが、それだけ正社員が確保される必要があります。ところが、非正規雇用が増大している現実を前にそうした制度が維持されるのか、というところに疑問があって、労働問題ではそういうことが議論されて来たわけです。まあ、しかし、一人に期待しすぎてもどうしようもないので、ちゃんとした代替案を自分たちが出せばいいだけだと思いますが。

小池先生のご研究は結果的に1970年代後半に指摘されていた「組織」の問題に帰って行きました。ただし、それはあくまでも結果的にです。もともと持っていた日本企業の競争力という御関心がそこにはありました。

私は日本企業が海外進出を進めると、日本企業の生産方式を学んだ海外の人が強くなって、日本人は負けて行くのではないか、という疑問を持っていて、それを先生にお伺いしたことがあるんですが、その可能性(高いと思われているのか、低いと思われてるのかは分かりません)は認められて、しかし、それが問題であるという感じではなかったように思います。たぶん、本当は現に経済競争が行われているのだから、それは所与なんだ、というだけのことでしょうが、私は別の希望的解釈をしています。先生は愛国者という側面が左系の研究者との対比でも際立って来ましたが、じつはそれと同じくらい、あるいはそれ以上にサッカーを愛されていて、同じルールのもとで競争するのは当然、ということなんだろうな、と個人的には思うことにしています。これだけ真面目にエントリを書いて来て、オチがひどくてすみません。。。