ショート・ノティスなんですが、明日、大原社研の『子どもの貧困』シンポジウムが市ヶ谷で開かれます。といって、実は、私もよく分かっておらず、原先生たちがやっている「子どもの労働と貧困」研究プロジェクトがあって(藤原さんもそのメンバー)、その一環だと思います。過去には、『福祉国家と家族』『現代社会と子どもの貧困』の二冊を出版しています。今回のシンポジウムは国際シンポジウムということで、EUと日本の比較ですね。

ホームページの紹介はこちらです。以下、案内だけをコピペしておきます。

法政大学 大原社会問題研究所 国際公開シンポジウム
子どもの貧困を問う ―日本とEUの経験からー
Assessing the child poverty based on experiences from EU and Japan

日時  2017年 7月 15日 (土)  13時~17時30分
会場  法政大学 市ヶ谷キャンパス ボアソナードタワー 26階 スカイホール
参加費 不要
事前申込 不要

【プログラム】
趣旨説明  原 伸子 (法政大学大原社会問題研究所副所長・経済学部教授)
第1報告  Mary Daly (Professor, University of Oxford)
      The Problem of Child Poverty in the European Union
       (EUにおける「子どもの貧困」問題)
第2報告  Aya Ezawa (Lecturer, Leiden University)
      Single Mothers, Welfare Reform, and Poverty in Japan
      (日本におけるシングルマザー、福祉改革、貧困)
第3報告  藤原 千沙(法政大学大原社会問題研究所教授)
      日本における「子どもの貧困」問題 ―― 労働・福祉・ジェンダー
第1コメント  宮島 喬 (お茶の水女子大学名誉教授)
第2コメント  湯澤 直美 (立教大学コミュニティ福祉学部教授)
総括討論

司会: 原伸子・榎一江 (法政大学大原社会問題研究所教授)
*英語報告については逐次通訳をおこないます。

ぜひ、皆さん、ご参加ください。私も一参加者として行くつもりなので、会場で見かけたら、声をかけてください。みなさん、どうぞよろしくお願いします。
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フリースクールで論点整理 「迫力不足」との批判も」。

新聞をソースにすると、消えちゃうので、あんまりブログエントリにしたくないんですが、あまりによく見る論点なので、ちょっと一言。私が気になったのは、「民間団体の質を保証するために、団体同士が相互評価(ピア・レビュー)するような仕組みなどを打ち出した」という記述です。これね、「民間団体が相互の活動を学び合えるように、視察交流とその報告を広く共有する仕組みを打ち出した」という風にすればいいのに、と思います。

結局、実際に行われるのは、多団体の実践を観察(視察)して、それに対しての評価をレポートするということでしょうから、人、時間、予算(の付け方は別ですが)はどちらでも変わらないわけです。

これは1950年代の勤評の頃から言われていますが、教育(あるいは福祉でもそうですが)では競争原理というのはあまり有効ではないんです。というか、競争原理が有効に働く前提条件というのは、需給何れかの過多の状況で淘汰を行うということにあるわけで、そもそも居場所づくりのように、足りてない状況で淘汰する原理でやっても意味がないわけです(淘汰まで行かなくとも、選抜ならば意味があります)。1960年代に、受験に偏差値が導入されたときに、あれは受験競争の軽減が狙われたわけで、しかし、どんな理念があっても、需要側(受験者)が供給側(合格者、ないし学校が受け入れられる数)を上回る以上、競争は減りません。

ただ、他の試みを見る事自体は有効な方法です。ですから、今学ぶべきなのは、経済でいえば、生産性視察団ですよ。海外まで行かなくとも構いません。あのときは、業界の大企業や、職種(人事、会計、生産管理等)の人たちが集まって、大体半年とか1年近くそれぞれの現場の情報交換を行って、論点を深めて、短い期間の視察を有効にしようとしたわけです。だから、その後、ドル制限などがなくなって自由に何年も行けるようになった人たちの中には、あの短い視察の方が有益だったという感想を残している人もいるわけです。

でも、そもそも大きいところじゃないと、評価しに行く余裕もないだろうから、人事交流とかで、お互いの労働力を確保しないと厳しいんじゃないかな。そのうえで、観察先から学んで、生かせること、あるいは修正した方がよいと考えたことなどをまとめればいいと思います。

ちなみに、こういったレポートを予算つけるときの材料にするというのは、1990年代に多くの日本企業が失敗した、安直に目標管理を成果主義と結びつけた、というあれと同じ轍を踏むことになるでしょう。とにかく、現場は忙しいんだから、どうせ強制的な仕組みを作るんであれば、普段はやれればいいと思っていても、時間がないから手が回らない、強制だったらやらなきゃいけない、やってみたら、意外と役に立った、という形を目指したいところです。

こうつらつら書いてきても、どっちの発想でやっても質が良くなったり、保証されたりするかどうかはたしかじゃありません。つづまるところ、良くなると信じて任せるか、うまくいかないだろうなと思って監視の仕組みを作るのかという立場の違いです。前者は提言者が責任を取って、後者は現場が責任を取る、ということです。
某所のWEB原稿を書いているとき、話の都合から、人事労務管理論のことを少し触れました。もう少し詳しく書きたかったのですが、何しろ、字数を削らなくてはならないくらい論点を詰め込みすぎたので、こちらでちょっと書いてみます。たぶん、そっちのサイトよりも、ここの方が人事の方や研究者で見てくださる方が多いと思いますので、その方がいいかもしれません。

人事・労務管理論というのは基本的にアメリカから輸入してくるものです。これは別に成果主義全盛の1990年代から始まったことではなく、基本的には1910年代に科学的管理法が提唱されてから、ほぼ一貫して続いている傾向なんです。ただ、日本的経営が喧伝された1970年代後半から80年代にかけて、アメリカの方が日本に学べみたいな話になったので、そのことが忘れ去られたということがあります。ということは、アメリカの動向を押さえながら、日本の歴史を振り返ってみるということが一つの重要な作業ということになるかと思います。

その前に、一つの前提的なお話を。人事・労務管理論あるいはそれに付随していた労使関係論というのは、日本的経営論だけではなく、アメリカの経営学においても1960年代くらいまでは重要な位置を占めていました。それはその時代の経営学が今で言う経営工学、もう少しかみ砕いて言えば、テイラーが始めた科学的管理法の影響をすごく受けていたからです。日本でも会計・経理の重要なトピックは標準原価計算だったりしたので、要するに、科学的管理法を基軸に経営全体が見渡せると言っても過言ではなかったのです。二村先生がゴードン先生の『日本労使関係史』の解説のなかでアベグレンの『日本的経営』の原題がもともとは「ジャパニーズ・ファクトリー」であることを指摘して、そう訳されたのはその時代の必要性があったのだろうと書かれていました。当時の経営学者、具体的に占部先生ですが、そう考えられたのもこういう背景を理解すればよく分かります。

アメリカの人事・労務管理は、コンサルタントとしてテイラーの経営工学派と、心理学派の二つがいて、人事・労務管理論的には労使関係学派と心理学派の二つがいました。ここで重要なことは経営工学派の活躍の場が専門化されることで工学部門に限定され、さらに労働運動の交代から労使関係学派が80年代に後退したことで、心理学グループの影響力が圧倒的になったということです。それで労使関係部門はみんな人的資源管理論という名前になっていったのです。

1960年代にコンピュータが発達すると、情報理論が注目を集めるようになりました。MIS(経営情報システム論)というのがそれです。この時代はまだコンピュータで何が出来るかよく分からない時代でしたので、あたかも全部の情報が集まってくれば、経営者がより合理的な判断が出来ると考えられることさえありました。そうしたことと、キューバ危機などの軍事的な危機などが契機になって、意思決定論が発達していきます。もしここでマズローが出てこなければ、心理学とくにリーダーシップ論はこんなにも影響力を持たなかったかもしれません。

マズローというと、欲求の五段階説で有名なわけですが、あんな図式化されたもので、影響力があるわけがありません。マズローのすごさは『完全なる経営』を読むとよく分かります。この本は全然、体系的ではありません。要するに、組織に関心を持ったマズローが実際、企業を歩いて、観察したノートといったレベルのものです。しかし、逆に言うと、面白い着想はいっぱいあって、リソースフルなんですね。ということは、おそらく、マズローと対峙した経営者は、彼と話すことによって、あるいは彼に話すことによって、刺激を受けただろうと推測されます。

もう一つの大きな流れはチャンドラーです。チャンドラー自身は別に経営者の意思決定だけを重視したわけではないのですが、少なくとも、彼がケースとした選んだ1920年前後、デュポンやGMは経営組織を決めるのに、経営者の意思決定が重要な役割を果たした。そんなきっかけはいいんですが、これが抽象化されていくうちに、経営戦略論と経営組織論が密接な見解になりすぎてしまったというのが私の見解です。トップの意思決定、特に経営戦略論が重要になってくるわけです。

こうした大きなトレンドのなかで、人事管理論のなかでは経営戦略論と結びつくのは必然で、戦略的人事管理なんてことが言われます。しかし、私が読んだ本の中で、戦略的人事管理が使えそうだなと思ったことは一度もありません。それが私の中では非常に疑問でした。

だから、人事の方で最新動向を押さえてらっしゃる方の人事改革の話を聞くと、怖いなあと思います。あんまり余計な本や雑誌を勉強せずに、組織内で重要なことが何かを考え抜いて、いろんな改革が進んでいくことを祈ります。
ついさっきまでNHK教育の臨床宗教師の番組を見ていました。震災の年、第3回宗教者災害支援連絡会とその後のツイッターで議論したことを思い出しました。というか、あれ以来、ずっと心にひっかかっていたのです。

番組を見て、当時、心配していたことは間違ってなかったという感想と、思っていたよりも大丈夫かなという感想が両方ありました。臨床宗教師というのは、何をする人かというと、簡単に言えば、終末期医療において医者が立ち入れない領域、つまり死について、宗教者がケアをするというのが基本的なコンセプトです。

私はあのとき、古澤さんに近い立場から反対の立場だったんだけれども、今回はしばらくは意外といいかもしれない、という風に思いました。私が反対したのは、そんな確固たる育成法も確立されてないのに時期尚早すぎるということでした。古澤さんは、それに加えて、そうした状況で相手と関わることで、かえって相手を傷つけることになりかねない、ということを心配されていました。まあ、これはケア一般に当てはまることですけどね。

今回、中心に取り上げられていた私と同世代のお坊さんと、ガンを克服したお坊さんのお二人が出ていらっしゃいました。後者は、自分の経験が相対化できていなくて危ないなと思いましたが、それはケア一般レベルで起こる問題なので、まあ、措いておきましょう。私がああそうかと思ったのは、今は宗教者でさえも「死」について確信がないということです。この点は高木慶子さんが仰っていたことと逆でしたが、私はその方がかえってよいと思いました。確信がないということは、謙虚足り得るということだからです。

実際問題、終末期医療に携わって来たベテランのお医者さんの方が、よほど患者とのコミュニケーション能力はすぐれているでしょう。そのことは彼らもよく分かっている。でも、宗教者という立場が人々の安心をどこかで引き出す可能性を知っているから、ちゃんと仲間としてみんなで成長して行こうとする。私はたぶん、上から「死」についてアドバイスできるよりは、一緒に分からない中を悩んでいることこそが、よりいっそう、せめて背実であろうという姿勢を生み、相手との間の距離を少しでも縮めるのではないか、と感じたのです。これが思ったより、よいかもしれない、と思った一点。

他のケアも実際は同じことで、よいケアとは何か、ということは一般論では言えない。あるべきケアラーも、臨床宗教師もないけれども、そこを目指して行くという対象ではあり得る。それでよいのだと思います。

潜在的ニーズ、それから、労働予備軍がたくさんいると言っても、爆発的に拡大ということにはならないと思います。指導者もそんなにたくさんいるわけではないでしょうし。この規模でやっているうちは、個々のケースで個人の力量による問題はあっても、組織が原因としてはまだ大きな問題は起きないような気がします。ただ、これが大きくなって行ったときに、質的な保証はどうするのか、といったような問題は出てくるでしょうね。古澤さんはそういうことを見込んで、反対されていたんだと思いますが。

一番危険なのは、潜在的ニーズがあるがために、少し制度がうまくいっている事例が見え出すと、ニーズが過剰な期待に変わり、現実(臨床宗教師たちのレベルなどの実態)を追い越していってしまうことでしょう。構造はみんな同じで、バランスが重要なんだと思いますが、「死」と「それまでの人生」というもっとも根本的でセンシティブな問題ですから、過剰反応も他以上により一層引き起こしやすそうです。いずれにしても、今後も注目して行きたいです。
POSSEの24号、いただきました。いつも、ありがとうございます。今回から稲葉剛さんの連載が始まったんですね。これは楽しみ。そして、ひっそり、仙台POSSEの被災地通信が終ったんだな、残念。hamachan対談、人を最初えーっ!と驚かせて、最後、常識的なところに落ち着く、というのは「つりばし効果」を利用した一つの手法なんだなという感想。

雑誌としてはここ数号で全体の構成が安心して見られるようになって来ました。バランスよく、現場が分かる記事があり、少しだけ理論的なことが分かるような記事がある。

小さい記事だけど、編集部の「相談機関の統廃合によって何を失うことになるのか」が重要な記事です。これは東京の事例ですが、既にほとんど潰されたところも結構あります。こういう問題をさらに、学術的に深めていく考察と、あわせて掲載されるといいですね。

仁平さんの今日の記事、掛け合いは面白いけど、内容はきわめて怪しいなあ。フォードシステムが行き詰って多品種少(量)生産に70年代に転換したという話ですが、経営学では、1920年代にGMがフルライン戦略でフォードを抜き去っていて、この時点で転換したと言うのが教科書レベルの常識で、その常識が間違っており1920年代には自動車のニーズが「開放型ボデー(オープンカー)」から「閉鎖型ボデー」に代り、そこではフォードは価格競争力でもそんなに優位に立っていなかったというのが和田一夫先生の議論なんですが。。。教科書レベルの話すら入っていない。頭が痛いですね。『ものづくりの寓話』、61-75頁を読んでくださいね。


ものづくりの寓話 -フォードからトヨタへ-ものづくりの寓話 -フォードからトヨタへ-
(2009/08/10)
和田 一夫

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仁平さんの話って、スズカン・寺脇さんの『コンクリートから子どもたちへ』と同じレベルなんだけど、なんかある世界ではこういう共通了解が出来てるのかな。困ったもんです。小池和男先生の議論までは理解しなくてもいいけど、せめて藤本隆宏先生の「標準の絶えざる改訂」ということくらいは分かって欲しいなあ。そういう基本的なことも理解できるように、あの本を書いたんだけど、なかなかそうは伝わらない。難しいですねえ。

フォーディズムとか、ポストフォーディズムで何かを語る人はよく分かってない蓋然性が高い、というのが私の持論です。