大槌の漁師の黒澤さんから突然、電話をもらった。電話口から切迫した様子で、今、追い詰められた状態で、とにかくダメ元でReady forでフォークリフト支援を募ってみたこと、私にも資金的に協力してほしいということを伝えて来た。こんなことは今までにないことで、驚いた。私も急きょ、大槌に行き、お話を伺ってきた。本当に大変な状況になっていた。ぜひ、みなさんにもご支援をお願いします。今日はその詳しい状況を私なりにレポートしたいと思う。

https://readyfor.jp/projects/kurosawa_oyster

Ready forの文面を読んで、これはこのままでは難しいなと感じた。たとえば、今、鬼怒川水害の復興にかかわるものであるならば、支援を受けやすいだろう。しかし、東日本大震災からの復興ということならば、詳細な状況が分からなければならない。黒澤さんの、正確に言えば、息子さんの訴える内容では、切迫した状態というよりは、ここまで頑張って立ち上って来たので、さらなる飛躍をするために支援してほしいという風に見えてしまう。それならば、あとは自分たちでやればよいのではないか、と。

黒澤さんは一時期、和RING-PROJECTに勤めていて、その縁で私も知り合ったのだが、漁師の旦那さんが漁を再開するので、家業を手伝うために退職された。それが2年くらい前のことである。それからも、大槌に行くと、私も作業をしている元市場のところに顔を出したりして、車で行ったときなどは美味しいお土産をいただいたりしていた。もちろん、その間、大変なことがなかったわけではない。悔しい思いもたくさんしていた。しかし、今度はいよいよ厳しい状況である。

今回の直接の原因は、作業場を移転しなければならなくなったことである。震災前の原状復帰ということである。大槌漁協を通じて、岩手県漁協連合会からの指示である。ただし、移転先の作業場では一切の用意がされていない。たとえば、上下水道が整備されていない。下水道が整備されていなければ、トイレがないということで、その大変さは誰にでも想像できるが、上水道が整備されていないということは、ウニやワカメを採っても、それをその場で洗浄できないことを意味している。まさに漁師にとって死命を決するといっても過言ではない。そもそも、ウニなどの貝を入れておく1tタンクもないし、殺菌設備もないのだ。こうした設備は震災後、様々な支援を得て市場にある程度、現在の作業場である市場に揃え直すことが出来た。しかし、今後は作業場から市場まで運搬しなければならない。要するに、リンク先の写真でここまで復興しました!というのが、すべて1からやり直しになるということになる。

素人考えでいえば、市場の道具を移動すればよいではないかと思うが、大槌漁協が反対している。支援を受けたのは自分たちであって、漁師ではないということである。ここら辺は外部者には分かりにくい。漁協は組合員の漁師によって成立する組織なのだが、あらゆる協同組合的組織がそうであるように、専従の職員を持っている。この職員が道具を移動することに賛成しないのである。大槌町の漁協を通じて支援した多くの人は、当然、漁師を支援したと思っているが、実際は必ずしもそうではなく、彼らに支援の手は届いていない。

そもそも、黒澤さんたちにしても、流された網から船まで全部、自分たちの資産と借金で用意したのである。震災直後から数年間、支援の資金も力も入った。黒澤さんたちにしても、そういう力をまったく借りなかったわけではないが、ほとんどが自力再建である。たしかに、支援を食い物にした人たちはいた。たとえば震災前借金で首が回らなくなっていて、魚市場から出入禁止だったにもかかわらず、被災者支援をやっているといって支援金を集め、そのお金で出入禁止になっていない隣の町から仕入れて商売をしていた人間がいる。彼が支援を呼びかけたとき、その文章がおかしいにもかかわらず(日本語的にも)、すぐに支援が集まったりしていた。

実際に現地に行くことは出来ないから、金銭的な面で被災地支援をしたい、という希望をもった方は数年前からいらっしゃった。震災直後、多額の寄付が集まったが、それが有効に使われているかどうかはよく分からなかった。これは欧米など寄付文化が根付いている国では当然だが、我々はこの震災を通じてようやく寄付文化というのを少しずつ学び始めている。そこでは、企業投資ではないけれども、社会的な投資という側面がある。当然、出す側も勉強しなければならない。多額の資金を出すならば慎重になるのは当然である。でも、知りようもない。このプロジェクトは間違いない。

ただ、このプロジェクトに投資しても、黒澤さん一家を救うことにしかならないと思われる方もいるかもしれない。しかし、そうではないのだ。まず、空き時間にはその機械をシェアすることが出来るので、他の漁師の人たちの作業も助かる。そして、何より、もうあきらめようかという気持ちになっているのは、黒澤さんたちだけではない。彼らが改めてここで踏みとどまることが、その他の人たちの希望になる。

最後に、もう一度、みなさんにご支援をお願いしたい。そして、出来れば、実際に足を運んで、大槌の海の幸を堪能して欲しい。大槌は新山から海まで10km以内で海抜1000mの高低差があり、豊富な地下水が流れ込んでいる。それが町中で湧水になり、海を豊かにしている。ただ、大槌は他の地域に比べてブランディングが下手なので、あまり知られていない。私は大槌のワカメを食べてワカメ観が一変してしまった。支援よりもそのことを実感するだけで十分、お金を出す価値はある。
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永松伸吾先生から『復旧・復興期の被災者雇用』をお送りいただきました。ありがとうございます。そして、ご紹介が遅くなって、すみません。

東日本大震災が起こった後に実施された政策としては大きな意味を持っていますし、これをどう総括するかということが今後の災害においても重要になることは間違いないだろうと思います。そういう意味では、この報告書は大事な資料になることは間違いありません。と、同時に、こんなものか、という印象もないではない。

岩手県はともかく、福島県、宮城県における緊急雇用事業というのはすごいプロジェクトだったと思います。残念ながら、岩手県は大きければ大きいほど失敗しているという印象が強くあります。そのなかではここで取り上げられている@リアスのプロジェクトは成功している方でしょう(という評価をすると、釜石・大槌地区の友人に叱られそうですが)。もうちょっと、掘り下げて書いてもよかったんじゃないかな、と思います。

こんな事を言うと、今度は別の方面から叱られそうですが、結局は政府の出先機関JILの調査だなという感想です。端的に言うと、政策のうまくいった面を書かなきゃなんないんだろうなということです。それはそれで世の中には必要なことです。

ただ、キャッシュ・フォー・ワークをきちんと考えたい人は、永松さんが書いた岩波書店のブックレット『キャッシュ・フォー・ワーク』を読んだ方がいいです。


キャッシュ・フォー・ワーク――震災復興の新しいしくみ (岩波ブックレット)キャッシュ・フォー・ワーク――震災復興の新しいしくみ (岩波ブックレット)
(2011/09/08)
永松 伸吾

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あとは福島県を調査したキャッシュ・フォー・ワーク・ジャパンの報告書があります。なお、私は団体には関わっていますが、この報告書には一切、関わっていません。実態をこれだけ丁寧に調べた調査としては貴重なものだと思います。こちらもぜひご覧いただければ幸いです。ただし、理論的な深まりはほとんどありません。

今回のキャッシュ・フォー・ワークが新しい可能性を開いたとしたら、民間の力を借りたことで(具体的に出していいかどうか分からないので、おおざっぱにそう言っておきますが)、その仕組み作りには永松さんの力が大きかった。2011年4月当初、私は永松さんの説には反対しましたが、永松さんは提言だけじゃなくて、実際、奔走されて、震災の大きさから見れば微力にすぎないかもしれませんが、それでもちゃんとした成果を残されたと思っています。ただ、そこはあまり触れられていませんね。本人だからかえって書きづらいと思いますし、私も近くにいすぎたので無理ですので、どなたかに書いていただけると大変、うれしいです。私自身は研究としてこの震災関連の問題を取り上げる気持ちはまったくありません。実践的に中に関わり、あるいは関わりを持っている人間は書くべきではないと考えているからです。もちろん、いろんな立場がありますので、私はあくまでそういう信条でやっているというだけです。

ただ、あえて言えば、この問題はプライバタイゼーションとも関わっており、日本の行政、民間企業、非営利団体の関係、さらには国際的NGO、ないし宗教団体(カトリックのカリタスやシャンティ)などの協業関係を考える上でリソースフルでしょう。このエントリ自体、少し薄っぺらいですが、これからもこういう問題を考えていきたいと思います。
今日から三日間、靖国神社の参道で、さくらフェスティバルをやっています。私はその中でも一押しなのが釜石からやって来た「桜牡蠣」です。これは本当に美味しい。他にも宮城石巻やその他、被災地以外からもブースがたくさん出ていますが、釜石の「桜牡蠣」は一押しです。500円、2個は原価を考えたら、破格ですよ。すごく食べやすいですね。蒸してあるので牡蠣独特の臭みが抑えられている。しかし、風味はちゃんと残っている。これは絶妙です。二つというのも、ちょうどいいと思います。牡蠣汁は暑かったから、食べませんでした。。。

私の中では釜石の美味しいお店は「Hamayui」と「駅前食堂」、次点で「なにわ屋」さんです。とくに、hamayuiはちょっと抜けています。そのhamayuiの三塚さんファミリーなんですよ、桜牡蠣の仕掛け人。

hamayuiはどんどんメニューも開発し、味もとにかく美味しい。サービスもいい。お母さんのキャラがすごくいい。明日、明後日もいらしているので、話してみるとお勧めです。値段は一番高いハンバーグセットが1200円、大体、700~800円くらい。東京で言えば、神保町のランチと同じくらいの価格幅ですが、まあ、たぶん、hamayuiを超えるところはないでしょうね。移転する前の「七條」と比べて、メニューの多さでは負けるものの、味、付け合せはほぼ引き分け(種類は七條ですが、hamayuiは旬のもので信じられないくらい美味しい付け合せがでます)、スイーツは圧倒的にhamayuiです。釜石まで行って食べてみてくださいね。

ちなみに、町の洋食屋の横綱と言ってもいい「南海」は味で言うと、「駅前食堂」とほぼ互角ではないかと思います。まあ「駅前食堂」は中華料理ベースですし、ジャンルが違うので比べがたいですが、町の定食屋というジャンルでいうと、ほぼ同じクラスだと言えます。なお、私は大学生から今に至るまで17年くらい「南海」に通い続けています。中華しばりで御茶の水の「やまだ」と比較したら、完全に「駅前食堂」に軍配です。私が宮城よりも釜石に通う理由の大きな一つは朝、高速バスで到着したとき、ここで食べられるからです。もし「駅前食堂」がなかったら、たぶん、こんなに長続きしなかったと思います。その駅前食堂に勝てるかもというのが、hamayuiなのです。

三塚さんは水産のプロなんです。だから、素材をよく知っている。それが強みです。震災の年から私は多くの復興支援のイベントに出て、いろんなものを食べて来ましたから、どれくらいのものかはよく分かります。ああいう屋台のお店って雰囲気でそこそこ美味しい気がするんだけど、桜牡蠣はそういうことではないですね。ちょっと図抜けている。被災地とか釜石とか、そういう看板はなくても、質で勝負できます。

ただ、それを伝える術があんまりないんですよね。私はブースの前にしばらく立って様子を見ていたんだけど、なかなかよい方法が思いつきませんでした。こんなところで、この値段でこんな美味しいものが食べられるの!?という驚きの味です。結局、食べてみるしかないんだけど、試食というわけにいかないもんな。私は物産ブースの手伝いもやってきましたけど、やっぱり、試食があるとないとでは人が止まるかどうか違うんですね。

三陸の海のあの豊かさは実際に行ってみないと分かりません。そんなの伝えられないよね。向こうの人はそれが当たり前だと思っているから、特に表現する言葉はないし。くどくど説明しても仕方ない。

とにかく桜牡蠣、食べてみて!

あと、何気に秋田・五城目町の野菜は安くてお勧めです。五城目の朝市と同じ値段で売っちゃダメでしょうと突っ込みをいれたくなりますが、あんまり儲ける気ないんですね。たぶん、都内でどれだけ野菜が高騰しているかもご存じないんですね。ただただお得です。もうないかもしれないけど。
一週間前にフェイスブックで次のようなメッセージを書きました。

正直言って、震災のあとの被災地のことを誰かに訴え続けなければならないということはない。関西以西は言うまでもなく、東京だって多くは他人事だし、そういう人たちに何をいっても届くわけではない。縁無き衆生は度し難しであるし、その人たちを啓蒙しようとするのもまた、単なる傲岸の誹りは免れないだろう。それでも、まだ何らかの関心を持っているけれども、何もできない、少しでも状況を知りたいという人があれば、お話しすることはやぶさかではない。

あえてこうして不特定多数に情報を発信しているのは、現地の友人に知らせるため、心折れそうになりながらも支援活動を続けている仲間にエールを送るため、誰だか分からないけれども、関心を持っている人に伝えるためである。誰だか分からないから、一応、誰でも見れるようにしている。


すぐに支援仲間の方で、福島三春シェルターに週末にボランティアに行った方からご連絡をいただきました。今、震災、原発ではぐれて保護された犬猫たちのシェルターを閉鎖しようとしている。その犬やネコたちの行先を探してほしいということでした。

ことの起こりは、環境省が外からの福島のペットが可哀想だという声に押され、無理やり2012年に300匹以上の猫を保護したことに始まったそうです。半分野生化したペットはかえって保護すると可哀想だという意見もあったのですが、最終的に保護されたそうです。彼らは病気にかかっていたり、人になかなかなつかなかったり、そういう状態ですから、当初は引き取り手もいなかったそうです。

一年前にレポートを書かれた方のブログのリンクを貼っておきます。この時点で200頭以上の猫と、70頭の犬がいたのに、今では猫105頭、犬10頭までになっているようです(福島動物救護本部)。全国で多くのペットが殺処分されている中、この子たちはこんなに愛情をかけてもらって幸せかもしれません。可哀想だからでももちろんいいですが、これだけ愛されている子たちをどなたかご縁のある方が家族に加えていただけたら、それはとても仕合わせなことだと思います。もし関心のある方に心当たりがおありでしたら、情報を広めてくださると幸いです。どうぞよろしくお願いします。

問い合わせ先 福島県動物救護本部
http://www.fuku-kyugo-honbu.org/

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昨日締切であった大槌町の復興基本計画についてパブリックコメントを書いてメールで提出しました。パブリックコメントなので、公表します。内容そのものというより、なぜこの基本計画に足りない点があるのか背景を書き、それを補うためには、どのような施策が必要かを書きました。

基本計画の前提にある問題
大槌町の復興計画に全部賛成するわけではないけれども、2012年5月に示された大槌町東日本大震災津波復興計画実施計画に比べて、今回提示されている改定素案は格段にグレードアップしている。とくに、住民からの意見の吸い上げが住民復興協議会のみであったのに対し、各種の分科会を開くことによって、新しい経路を築き上げたことは評価されるべきだろう。私自身、実際の参加者からは必ずしも肯定的な意見を聞いたわけではなく、どちらかと言うと、否定的な意見を聞いていた。その運営の仕方、あるいはまとめ方、そこからさらに基本計画に練り上げる、そうしたプロセスが不十分であるという不満はあるかもしれない。しかし、前回の計画に比べて、改良された点は高く評価されなければならない。その上で、今後、この計画を実現していくためにも、いくつかの問題点を指摘せざるを得ないだろう。

大槌町で起っている問題は、誰かが利権のために動かしているといった分かりやすい話が脚光を浴びやすいため、どの町でも共通するような背後にあるメカニズムまで注目されることは少ないと思われる。そのために、町民からは行政の一部や町会議員の一部が利益誘導をしているために復興が進まないという批判がある。しかし、仮にもしそうしたことが実際に行われていたとしても、それは復興が進まない一番の大きな原因ではない。もっと根本的な難しさがある。

一般に、日本の政策決定プロセスは、中央から地方へと流れていく。今、この主な流れを図示すると、

中央省庁(いわゆる霞が関)および委員会 ― 諮問 → 審議会 → 審議会専門委員会(あるいは特別委員会)→ 審議会 ― 答申 → 中央省庁 → 基本計画 → 県庁 → 基礎自治体 → 地域

となる。県庁でも審議会が開かれることがあるが、同じ繰り返しなので省略する。大槌町の分科会というのは、中央の政策決定プロセスにおける審議会と同じ機能が期待されている。戦略会議、各分科会の運営の仕方に批判が集まるのは、通常、基礎自治体レベルではこうしたスケールでの政策決定プロセスを経験したことがないからで、町長はじめ町役場を批判することは必ずしも的を射ていない。加藤町長はじめ町役場の方が生き残っていたとしても、震災直後の最初期の混乱は避けられたかもしれないが、2012年以降の政策決定プロセスでは同じようなことが起こっていたと考えられる。

大槌町を中央省庁の政策決定プロセスと比較した場合、戦略会議が審議会、分科会が審議会内の特別委員会にあたるが、その運用の仕方は大きく異なる。普通、審議会の特別委員会は審議会構成者の中から何人かの委員が選ばれて、具体的な問題を協議し、中央省庁が提出した案を検討したり、新しい案を提出したりしたあとに、審議会全体にかけて、中央省庁の政策にフィードバックさせる。これに対し、大槌町の場合、戦略会議と分科会では構成員が異なり、したがって、分科会は審議会そのものの機能と、具体的な分野が充てられているという意味において、審議会の特別委員会のような機能が与えられている。本来は、戦略会議の中に特別委員会を設け、さらに分科会の中に特別委員会を設けるという方が生産的であるが、実際には委員を引き受けている町民がこれ以上の時間を割くのは困難であろう。現状はこの専門委員会のやるべき仕事を総合政策が行っているが、大学などに協力を依頼すればよい。そうでなければ、取りまとめを行うことは出来ない。通常、こうしたことは基礎自治体では困難だが、今の大槌町の状態であれば不可能ではない。

次のプロセスで、町レベルで実現しなければならないことは、中央の設定した政策(計画)にあわせる形で、政策を策定しなければならない(作文)。もちろん、中央でも地方ごとに事情が違うのは分かっているので、融通が利くように抽象的な文言で基本計画が作られている。これに沿う形で各種の基本計画は作るが、実際の運用で多少の自由がないわけではない(文書の解釈の仕方)。ということは、抽象的な文言の背景を理解した上で、自分たちが実現したい政策を書く。これが出来ると、予算を獲得することが出来る。少なくとも、予算が出せるような仕組みは中央省庁の役人が言うように用意されている。8ページに「関連計画との整合性」が書かれているのはこのためである。これはこの枠組みで予算を取ってくることが出来るという意味である。ふるさと納税などの制度を利用して独自財源を増やす試みを模索するか、寄付金(投資金)を募ってこれを利用する仕組みを制度化して、回すように出来ないならば、こうした形式を変えることは出来ない。いずれにせよ、復興事業が終了した時点での、それ以外での財源をどのように調達するか、あるいは産業を起こして税金を確保するなどの計画がまったくない。これでは数年のうちに行政破綻せざるを得ないだろう。

この中央から地方ではなく、地域→地方→地方への逆コースが認められるのは防災計画であり、これは2013年6月に規則が変更になって、地域で作った防災計画を基本計画に反映させることが出来るようになった。こうした仕組みを戦略的に使う必要がある。

分科会、地域復興協議会と基本計画の評価
今回の基本計画が改善された最大のポイントは町内の企業、社会福祉法人、NPOなどの声を広く受けいれた点にあると考えられる。基本計画の中では複数提出された意見の中から町の行政として重視すべきことに重みづけがされている(15ページ)。しかし、町全体がどのような方向を目指していくのかということと、これらの見解がどのように有機的に連関させるのかという点は充分に明らかにされているとは言えない。こうした調整は現状では総合政策部が担っているが、今の体制のままでは数年後の計画を実現していくのは難しい。それは多くの主要部分を応援職員が担当しているからである。この解決策については後で触れる。

新設された分科会と従来の地域復興協議会の関係が必ずしも明らかではない。基本計画のなかでは仮設住宅などの新しいコミュニティの存在を指摘しながら、それらとどのような関係を構築していくのか明らかではない。また、安渡地区では震災前から公民館の活動が盛んで、コミュニティの結節点になっており、復興計画の中でもその役割が重視されているが、行政内での担当部署である生涯学習課が地域・コミュニティ分科会に参加していない点も疑問が残る(テーマ別分科会の開催経緯と主な意見、4ページ)。

とりわけ、教育・分科会の中で活動の核となる場所として公民館・集会所が重視されていることを考えると、そうしたテーマはどこに何を置くかという点で空間環境基盤(土地利用)と関係するし、コミュニティのニーズをどのように吸い上げるのかという問題という意味で社会生活基盤と関係し、町外へのアピールという意味では経済産業基盤の復興方針の中にある②の戦略的展開と関係している。しかし、現在の基本計画では全部が並列して書かれているだけであり、それぞれが有機的に連関していない。

大槌町だけでなく、行政は基本的に機能別に編成されているのは当然であり、巷間で言われるような,それを縦割りであると批判するのはあまり適切ではない。これは今後の進め方の中で、空間環境基盤、社会生活基盤、経済産業基盤、教育文化基盤で共通する内容をどのように協力させ、あるいはよりよくするために競合させるのかといった方法を考えなければならない。今の時点では分科会別に共有すべきテーマがバラバラに出ている。それはひとえに現在は総合政策部の機能にかかっているが、この出された内容を統合する役割が期待されるが、現時点での基本計画ではそこまで到達しているとは言えない。一応、45-49頁の連携型プロジェクトという形で記されており、将来的な展開の可能性には配慮されている点は公平に評価したい。しかし、全体の確固たる方針というところまでは到達しているとは言えないだろう。

地域復興協議会その他の参加者と意見交換して来たなかで、町行政が住民を分断するためにさまざまな会を作っているのではないかという議論をしたことがあるが、基本計画を縦覧する限り、そうした考えは杞憂であった。今の問題は個別論点をどのように統合して町全体の方針とするのかという方策がまだ不十分であるというだけである。ただ、個々の問題は復興だけでなく、震災以前からの大槌町、ひいては地方の基礎自治体が抱える問題でもあり、震災から三年の間でここまで到達したのは高く評価されるべきである。

継続的な基本計画を実行する体制づくり
復興計画を実現していくためには、数十年かけて考えなければならない。まず、産業担当の副町長が変わった時点で、引き継ぎが十分に機能しておらず、2012年度に進めた話が後退するということが多く起った。応援職員に協力を頼む以上、引き継ぎの問題は深刻だが、同じ自治体、とりわけ基礎自治体の上にある県庁出身者同士の人事異動で起った問題である点において、何よりも深刻であると言わざるを得ない。端的に言って、県庁に期待できないということである。また、総合政策部は設立された2012年は県庁からの出向者である部長を置きながら、何もできなかった。2013年度以降、結果を残したのは遠方からの応援職員の力である。

2012年に私も協力して和RING-PROJECTは町内全域を対象にしたアンケートを実施した。事前の協力関係を作る時間がなかったため、町役場とは一緒に出来なかったが、アンケートの集計作業その他において町民、学識関係者と協力体制を作った。とりわけ、こうしたアンケートを専門にする東京大学の経済学部スタッフの二人から町行政と協力関係が必要であるというアドバイスがあり、総合政策部部長には今後、同様のアンケートを行う際には二人も含めて協力を申し出ており、その約束を交わしたが、2013年度の町役場の意向調査は我々が作成したアンケートをほぼ利用したにもかかわらず、 そうした約束は果たされなかった。

意向調査については何人かの町民から何の意味があるのかという意見をもらったが、この時期に同様のアンケートを行う意味はまったくなかったと言える。独自に行うのはもちろん町役場の自由だが、前のものをほとんど流用して、しかも時機を逸した意向調査を行ったことについては公式に見解を聞きたいところである。これらの情報が総合政策部内で共有されていないとしたら、それはひとえに部長の責任である。私が県庁の方とお話をした限りでは、県庁にも優秀な方はいらっしゃると思うのだが、現時点での政策結果を見る限り、主要ポストに外れ人材を3人連続して送り込まれており、大槌町にとっては岩手県庁の人材はリスク要因になっている。

大槌町内のプロパー職員への風当たりは内外で非常に強いが、加藤町長のもとでここ数年間、新しい試みがなされていたとはいえ、一般的に考えて、予算規模がこれだけ膨れ上がった時点で、今まで経験していた以上の未曾有のスキルが要求されているのは否定できない。また、そうした事情を踏まえたうえで、あるいは私が上に書いた行政のプロセスを理解した上で、彼らを責める町民は少ないのではないかと思う。また、亡くなった町役場の精鋭と比較され、そういう意味でも現在のプロパー職員は必要以上に町民からの非難を受けて来たと言えるだろう。実際に倒れている方も何人もいるわけだし,これ以上の負担をかけるのは気の毒である。

一案として,重要な仕事を応援職員に任せて、継続的に町づくりをする体制を構築する必要がある。これは一見、非常識な発想だが、非現実的ではないと考える。今までは支援という形で入ってきたが、それだけではこの体制を維持するのは難しいだろう。もっと戦略的に大幅な権限移譲することで、通常では考えられない裁量の仕事経験を積ませること自体を売りにする(もちろん、全員が素人では困るが、派遣された若い職員が他の自治体からは派遣されたスペシャリストと一緒に仕事をすることで得るものは大きいだろう)。派遣が終ったあとの派遣元自治体に還元される。この方法だと、最初からそういう前提での計画になるので、プロパー職員に大きな負担やプレッシャーをかける必要はない。その代わり、町の中枢部にあるヘッドクォーター的なところが、きちんと仕事を外注できなければならない。現在は総合政策が担当しているが、その中核は応援職員である。応援職員一人一人は長期で滞在するわけではないし、またそもそもプロパー職員もローテーションで異動するので、この役割は10年単位で仕事が可能な東大が責任をもって果たすしかないだろう。このヘッドクォーターは派遣元自治体と担当する仕事内容を派遣職員のキャリア形成についても打合せをしなければならない。

逆に、交換研修ということで、プロパー職員が町を出て他の基礎自治体で経験を積むことも考えてもよいだろう。受入先自治体にとっては受入も支援になるし、付き合いの密な町内で町役場の職員という立場で過ごすきつさから解放されることで、メンタル・ヘルスの観点からも一定の効果があると期待される。また、一定期間で帰って来られることも重要である。これは役場から提案することが難しければ、労働組合からの提案という形を取るというのが無難だろう。いずれにせよ、このままではプロパー職員は途中で壊れてしまう人を出し続けなければならなくなってしまう。

加えて次の問題は中核人材の引退である。たとえば、総務部長やメディア・コモンズの担当課長は来年度で最後である。復興が十年、二十年続いていくとなると、こうした世代間継承の問題は避けられない。全員が参加する必要はないが、事業の継続性を考え、民間に降りた後でも復興に携われる可能性を残しておいた方が良い。

町外との継続的な関係をどう構築するかという戦略眼の欠如
町役場だけでなく、NPOその他もそうだが、震災以降、大槌町は多大な支援を受けた。もちろん、個人的には継続的な付き合いもあるが、これを長期的に戦略的にどういう風にしていくべきなのかという視点が基本計画からは欠落している。ここにおいては相手方の応援職員や私も含めた支援者も当事者である。

問題の性質が困難であることを承知で指摘するが、基本計画改定素案にある「若者・よそ者」の具体像がない。私の見立てでは、今のままでは大槌に未練があって出て行った人しか転出者は帰って来ない。ここに期待するのは現実的ではない。一番、大槌に来てくれる可能性があるのは支援者として一度縁をもって、そのまま大槌への思いを持っている人。二番目は、大槌で新しい試みや新しい体験が出来ることを期待する人。大槌が嫌で出て行った人は、その嫌な記憶よりも、新しい大槌がよいと思ってくれなければ、戻って来ない分、ハードルがあがっている。中長期的に定住者を増やすのは必要な戦略だが、短期的には定住者を増やすのはなかなか難しい。住居の問題があるからである。先に述べた応援職員を中核にするというプランは一つだが、これは期間限定でもある一定期間、定住する人間を増やすことにもつながっている。

私も含めて多くの支援者との間で関係を作ったが,これを継続的なものにしていくためには,相手方のことを勉強する必要もあり,なかなか難しい。とくに,町行政の場合,公式,非公式を問わず多くの支援者との交流があり,それを整理するだけでも莫大な作業になる。とはいえ,組織同士の継続的な付き合いをどのようにするのかということは重要な問題である。上で応援職員の派遣元自治体との関係を書いたのもそうした意図があってのことである。また,震災前から交流があり,フォートブラッグとの関係は継続した方が良い。大槌町ではこの事業があったために,英語を喋ることが出来る人も結構いるし,このまま放置するのはもったいない。こうした事業が町の教育文化基盤でまったく触れられていないのは残念である。

もう一つ,町外との関係では,支援というギフトエコノミーの観点だけでなく,通常の産業関係でも考える必要がある。大槌町内だけで経済を回すのは困難であり,町外とどのような関係を作って行くのかということを考えた方が良い。場合によってはサテライト・オフィスのような拠点を首都圏などに設ける必要があるだろう。それについては五城目町の姉妹都市である千代田区は協力体制にあるので,そうしたところに協力を依頼することも考えられる。町外での継続的な営業活動も大槌町として重要である。

より詳細な個別論点について
個別論点については,具体的にどうやって進めるのかという疑問点もあるが,それは単に私が知らないだけかもしれない可能性もあるので,詳しくは触れない。ただし,いろいろ出された意見を並べるだけではなくもう少し精査する必要はあるだろう。これは町役場の責任で行うのは難しいかもしれないが,私が提案した分科会や戦略会議のなかに特別委員会を作って諮問するといった方法もある。

町民のなかには,2012年の和RING-PROJECTのアンケートでは,町民に一々お伺いを立てるのではなく,町長に覚悟を決めて進めて行けという意見があった。今までの意見の聞き方が十分であったとは思わないけれども,他自治体に比べれば大槌町は基本計画改定素案に反映させるだけの回路を少なくとも開いた。その町長の決断は間違っていなかったと考える。それには新たに調整のための負担がかかり、実際に総合政策部スタッフがご苦労なさったわけだが、あえてその方法を選んだことは高く評価されるべきである。とりわけ,2011年から数多く開かれたおらが大槌夢広場関係者が取り仕切ったまちづくりワークショップに比べて,総合政策部が中心になってからはるかに一回ずつのワークショップはレベルがあがった。それは先端のまちづくりワークショップなどを経験し,かつ勉強しているからだと思われる。そうしたものが継続されることを今後も期待したい。