2019年11月02日 (土)
2019年はILO(国際労働機関)、そして大原社会問題研究所が設立されて100年にあたります。大原は長くILOの活動を紹介するシンポジウムを毎年、東京で開催してきました。今年は100年を記念して、大原社研が設立された大阪で開催されることになりました。案内は以下の通りです。
第32回国際労働問題シンポジウム ILOと日本
大阪市中央公会堂 中集会室
11月11日(月) 13時30分~16時
1910年代後半から世界的に、社会労働政策が発展してきました。特に第一次世界大戦がその後の秩序形成の中で重要な転機になりました。ここで最初の国際機関である国際連盟が作られ、ILOもそれに連動して作られたのです。ILOは今でも政労使の代表が送り出されて年に一回会議をします。
大原社研の初代所長・高野岩三郎は、1919年当時、東京帝国大学経済学部(今の東大)の統計学の教授で、日本でもっとも早い時期に労働組合を作った高野房太郎の弟だったこと、また友愛会(その後の総同盟、同盟)の創設者鈴木文治が東大法学部卒業者(彼が在学中は経済学部も法学部から独立していなかった)であったこともあり、その支援をしていました。しかし、第一回のILOの労働者代表選出の際に、高野が選ばれそうになったところ、労働者から大きな反撥があり、それを辞退せざるを得ませんでした。その後、高野は大原孫三郎の誘いを受け、大原社会問題研究所を作り上げていきます。
1920年代以降、日本の社会労働行政はILOの動向を横目に見ながら、展開してきました。その過程で作られたのが労働組合、経営者、政府で構成された協調会です。最初の数年こそ労働者代表選出問題で労組は協力しませんでしたが、関東大震災以降の支援活動をするなかで、総同盟は現実主義を前面的に押し出すようになって、ここに参加します。この協調会には内務省OBの大物も結構関わっていて、一部内部資料も残していました。協調会は戦後、GHQによって解散に追い込まれますが、その教育機能の一部が法政大学の社会学部の母体になります。大原社会問題研究所も戦後、法政大学の一機関になります。その縁もあって、大原社会問題研究所には協調会文庫があり、その一部には戦前のILOとも関連する資料も含まれています。
自分で書きながら、説明が難しくて、あまり魅力的な宣伝になっていない気もしますが、個人的にはメッチャ楽しみなイベントでもあります。大原のメンバーも来ますので、タイミングが合えば、いろいろ紹介しますので、大阪近郊の方、ぜひいらしてください。そして、今回の会場になる大阪市中央公会堂はなかなか入れませんから、そんなところに興味がある方もぜひこっそり参加なさってください。
ご参加される方は、
oharains@adm.hosei.ac.jp
まで「お名前、所属、連絡先」を書いてご一報ください。
申込期間は過ぎていますが、まだ枠が残っているそうなので、ご検討いただけたら幸いです。
どうぞよろしくお願いします。
第32回国際労働問題シンポジウム ILOと日本
大阪市中央公会堂 中集会室
11月11日(月) 13時30分~16時
1910年代後半から世界的に、社会労働政策が発展してきました。特に第一次世界大戦がその後の秩序形成の中で重要な転機になりました。ここで最初の国際機関である国際連盟が作られ、ILOもそれに連動して作られたのです。ILOは今でも政労使の代表が送り出されて年に一回会議をします。
大原社研の初代所長・高野岩三郎は、1919年当時、東京帝国大学経済学部(今の東大)の統計学の教授で、日本でもっとも早い時期に労働組合を作った高野房太郎の弟だったこと、また友愛会(その後の総同盟、同盟)の創設者鈴木文治が東大法学部卒業者(彼が在学中は経済学部も法学部から独立していなかった)であったこともあり、その支援をしていました。しかし、第一回のILOの労働者代表選出の際に、高野が選ばれそうになったところ、労働者から大きな反撥があり、それを辞退せざるを得ませんでした。その後、高野は大原孫三郎の誘いを受け、大原社会問題研究所を作り上げていきます。
1920年代以降、日本の社会労働行政はILOの動向を横目に見ながら、展開してきました。その過程で作られたのが労働組合、経営者、政府で構成された協調会です。最初の数年こそ労働者代表選出問題で労組は協力しませんでしたが、関東大震災以降の支援活動をするなかで、総同盟は現実主義を前面的に押し出すようになって、ここに参加します。この協調会には内務省OBの大物も結構関わっていて、一部内部資料も残していました。協調会は戦後、GHQによって解散に追い込まれますが、その教育機能の一部が法政大学の社会学部の母体になります。大原社会問題研究所も戦後、法政大学の一機関になります。その縁もあって、大原社会問題研究所には協調会文庫があり、その一部には戦前のILOとも関連する資料も含まれています。
自分で書きながら、説明が難しくて、あまり魅力的な宣伝になっていない気もしますが、個人的にはメッチャ楽しみなイベントでもあります。大原のメンバーも来ますので、タイミングが合えば、いろいろ紹介しますので、大阪近郊の方、ぜひいらしてください。そして、今回の会場になる大阪市中央公会堂はなかなか入れませんから、そんなところに興味がある方もぜひこっそり参加なさってください。
ご参加される方は、
oharains@adm.hosei.ac.jp
まで「お名前、所属、連絡先」を書いてご一報ください。
申込期間は過ぎていますが、まだ枠が残っているそうなので、ご検討いただけたら幸いです。
どうぞよろしくお願いします。
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2017年10月27日 (金)
急に寒くなりましたねえ。
今日は今週末に名古屋の愛知学院大学である社会政策学会の告知です。またまたショートノティスですが、忘れていたわけではなく、どう書こうかなと思っているうちに、こんな直前になってしまいました。
10月28日(土) 12時50分から
愛知学院大学名城公園キャンパス 1102教室からです。
今回は労働史部会として分科会を立てまして、そこで報告します。私と中央大学大学院生の堀川祐里さんの二人で報告します。社会政策学会のプログラムはここにあります。これには大原社会問題研究所の2017年叢書プロジェクトで議論してきたことを発表しようという意味もあります。今回はこれ以上ないだろうというくらい事前打ち合わせを重ねました。
分科会のタイトルは、戦時労働政策の展開ということになっています。ただ、我々が考えている射程はもう少し広くて、プリミティブな福祉国家をもう一回考えていこう、その最初の準備段階にしようということでお話しします。プリミティブな福祉国家というのは、ベヴァリッジプランです。雇用と公的扶助をベースにした生活保障の体系です。それで、簡単に言えば、現在も多くの人は社会保障の問題は考えるわけですが、それと雇用の問題をトータルに考えるということはあまりなくなっているように思います。というよりは、福祉の人は福祉なので、労働分野と対話することがなかなか難しくなっている。だから、問題意識としては、ここの対話が必要だろうと思っています。
もう一つの問題として、社会政策では過去の経緯から労働政策が社会政策に含まれるということは自明のように扱われています。私からすると、学問的に位置づけているというよりは、学会党派的な妥協に見えるのですが、社会政策は労働政策と社会福祉政策というような言い方がされることがあります。ただ、労働政策とは何か、とは改めて問われていい問題ではないかと思うのです。社会政策学会では戦後創業期に社会政策本質論争があったため、抽象論から実態調査へと強調された時代があり、その過程で労働経済論に移行しようとしたのですが、これは根本的に誤りであったと私は思っています。どういうことかというと、労働経済論は労働政策論ではなく、より広い労働問題を取り扱うことになった。それはそれでいいんですが、そうなると、もう別分野なんですね。ありていに言えば、ほとんど労使関係論になってしまった、ということです。そうであれば、労働政策が何かというのは改めて問われていい問題ではないか、と思うのです。もちろん、これについては中西先生の議論なんかがあるわけですが。
とはいえ、これはあくまで私の個人的な問題意識で、分科会としてはそこまで突っ込みません。あくまで戦前から戦時期までの労働政策をトータルで考えてみようということです。
私は雇用行政についてお話しします。雇用行政の所管は実は最初から農商務省じゃなかったんですよ。という話とかをしつつ、大河内先生も参加された昭和研究会の雇用行政=職安の規定の仕方、社会事業から労働力補給機関へという位置づけは間違っていたのではないか、というお話をします。
また、堀川さんは女性労働政策についてお話しします。今まで労使関係中心のときは男性労働者とりわけ重工業中心でしたが、政策という意味では女性が中心にする話が重要になります。なぜなら、シンプルに工場法は女性と児童を対象にしていたからです。ここのところは大河内先生の出稼ぎ型論への批判があまり生産的でない形で展開してしまった影響もあり、うまく接合されなかったんですね。
堀川さんの報告はわりと詳しくされると思うのですが、社会政策学会ではフルペーパーを事前に配布することになっているので、私の報告では事実関係の詳しい話はしません。フルペーパーのポイントを大雑把に話して、議論の素材を提供したいと考えています。ですが、ここに一つの問題があって、学会員は事前にフルペーパーをダウンロードできるのですが、当日参加の学会員以外の方はフルペーパーを読むことは出来ません。ですから、もし名古屋で私たちの分科会に参加される学会以外の方は、私にメールをいただければ、事前にフルペーパーをお送りします。A4で13枚くらいです。というか、長々書いてきましたが、ここが重要なお知らせでした。
私は朝からの歴史の報告を聞きに行って懇親会まで参加するつもりなので、もし会場で見かけたら、気軽に声をかけてくださいね。
今日は今週末に名古屋の愛知学院大学である社会政策学会の告知です。またまたショートノティスですが、忘れていたわけではなく、どう書こうかなと思っているうちに、こんな直前になってしまいました。
10月28日(土) 12時50分から
愛知学院大学名城公園キャンパス 1102教室からです。
今回は労働史部会として分科会を立てまして、そこで報告します。私と中央大学大学院生の堀川祐里さんの二人で報告します。社会政策学会のプログラムはここにあります。これには大原社会問題研究所の2017年叢書プロジェクトで議論してきたことを発表しようという意味もあります。今回はこれ以上ないだろうというくらい事前打ち合わせを重ねました。
分科会のタイトルは、戦時労働政策の展開ということになっています。ただ、我々が考えている射程はもう少し広くて、プリミティブな福祉国家をもう一回考えていこう、その最初の準備段階にしようということでお話しします。プリミティブな福祉国家というのは、ベヴァリッジプランです。雇用と公的扶助をベースにした生活保障の体系です。それで、簡単に言えば、現在も多くの人は社会保障の問題は考えるわけですが、それと雇用の問題をトータルに考えるということはあまりなくなっているように思います。というよりは、福祉の人は福祉なので、労働分野と対話することがなかなか難しくなっている。だから、問題意識としては、ここの対話が必要だろうと思っています。
もう一つの問題として、社会政策では過去の経緯から労働政策が社会政策に含まれるということは自明のように扱われています。私からすると、学問的に位置づけているというよりは、学会党派的な妥協に見えるのですが、社会政策は労働政策と社会福祉政策というような言い方がされることがあります。ただ、労働政策とは何か、とは改めて問われていい問題ではないかと思うのです。社会政策学会では戦後創業期に社会政策本質論争があったため、抽象論から実態調査へと強調された時代があり、その過程で労働経済論に移行しようとしたのですが、これは根本的に誤りであったと私は思っています。どういうことかというと、労働経済論は労働政策論ではなく、より広い労働問題を取り扱うことになった。それはそれでいいんですが、そうなると、もう別分野なんですね。ありていに言えば、ほとんど労使関係論になってしまった、ということです。そうであれば、労働政策が何かというのは改めて問われていい問題ではないか、と思うのです。もちろん、これについては中西先生の議論なんかがあるわけですが。
とはいえ、これはあくまで私の個人的な問題意識で、分科会としてはそこまで突っ込みません。あくまで戦前から戦時期までの労働政策をトータルで考えてみようということです。
私は雇用行政についてお話しします。雇用行政の所管は実は最初から農商務省じゃなかったんですよ。という話とかをしつつ、大河内先生も参加された昭和研究会の雇用行政=職安の規定の仕方、社会事業から労働力補給機関へという位置づけは間違っていたのではないか、というお話をします。
また、堀川さんは女性労働政策についてお話しします。今まで労使関係中心のときは男性労働者とりわけ重工業中心でしたが、政策という意味では女性が中心にする話が重要になります。なぜなら、シンプルに工場法は女性と児童を対象にしていたからです。ここのところは大河内先生の出稼ぎ型論への批判があまり生産的でない形で展開してしまった影響もあり、うまく接合されなかったんですね。
堀川さんの報告はわりと詳しくされると思うのですが、社会政策学会ではフルペーパーを事前に配布することになっているので、私の報告では事実関係の詳しい話はしません。フルペーパーのポイントを大雑把に話して、議論の素材を提供したいと考えています。ですが、ここに一つの問題があって、学会員は事前にフルペーパーをダウンロードできるのですが、当日参加の学会員以外の方はフルペーパーを読むことは出来ません。ですから、もし名古屋で私たちの分科会に参加される学会以外の方は、私にメールをいただければ、事前にフルペーパーをお送りします。A4で13枚くらいです。というか、長々書いてきましたが、ここが重要なお知らせでした。
私は朝からの歴史の報告を聞きに行って懇親会まで参加するつもりなので、もし会場で見かけたら、気軽に声をかけてくださいね。
2017年09月15日 (金)
もう、あと2週間弱になってしまったので、完全に紹介が出遅れてしまったのですが、新宿の紀伊国屋書店で「『ワードマップ現代現象学』刊行記念フェアいまこそ事象そのものへ!」が開催されています。私もすぐに出かけて行って、ブックレットをもらい、ワードマップその他数冊、買ってみたのですが、このブックフェアは社会福祉系の人たちにとっても、すごく有用だと思うので、ぜひ首都圏にいらっしゃる方は店頭にお出かけになるといいと思います。
といっても、私は現象学がどういうものかまだ十分に理解していないので、その方面からこのブックフェアの価値を語ることは出来ないのですが、それでも行った方がいいと推薦します。その理由は二つです。
一つは、このブックフェアが酒井泰斗さんのプロデュースによるものだということです。酒井さんは幅広い問題を勉強され、そのトピックで誰に書いてもらったらよいものが出来るかという、自己本位、そうここが重要なポイントなんですが、消費者運動として自分が読みたいものを集めています。それでこれだけの人が協力して、書くということは、書き手もその価値を認めているということで、これはプロデュース力以外の何物でもないのです。客観的にどこがどういいか分からないですが、私の勘ではよいと思います。
もう一つは、「ケア」に関する哲学的な、あるいは理論的な考察を深めていく材料がたくさん散りばめられていることです。このブックレットの中にも「ケアと看護」というそのものもあって、なぜ現象学的な考察がこの分野で出てくるのかということが少し分かりました。それ以外にも心理学と密接に発展した行動科学だとか、人間科学だとかは酒井さんがここ数年、調べているところですが、それに関連する問題も出て来ます。「ケア」は時代によってはフロイドの精神分析の影響を受けたり、ロジャーズの来談者中心療法の影響を受けたり、そのときどきの心理療法の影響を受けていたりします。
この論点は意外と労働問題とも深いかかわりがあります。というのも、テイラー(ないしギルブレス夫妻)が始めたと思われている動作時間研究ですが、実際に同時代にこれらの研究を進めたのはアメリカでも日本でも実験心理学研究者です。それは簡単に言えば、心そのものは捕まえられないので、人間の「動作(ないし行動)」を代理指標に研究していたからです。これが心理学が科学化を志向したこととも関わっています。実際、アメリカの人事研究者というのは長く心理学者でしたし、職務分析は今なお、心理職の重要な仕事です。分野的には組織行動論がそういうタイプですね。
心理学は教育学にも大きな影響を与えて来ましたし、教育と労働は近接だし、歴史的にも社会政策では研究されてきました。そういう意味で、ここら辺はとても興味深い分野です。ただ、正直言うと、ここまで読んだ皆さんもなんだか分かったような分かんないなという感じでお付き合いいただいたと思いますが、書いている私もよく分かっていません。心理学のディシプリンと関連諸科学がどうかかわってきたのか、どう理解すればよいのかは、私の中では実にモヤっとしていて、ずっと気にかかっています。これもそのうち、集中的に勉強するかと思っていますが、このブックレットはその時の水先案内人の一人になるはずです。
というわけで、こんな感じの問題関心の文を読んで、フェアに行ってみて、ああ本当だ役立ったなと思った方がいらしたら、ぜひ、どの辺が面白かったのか教えてくださると、私も勉強になり、助かります。ぜひ一度、お運びください。2017年9月末までみたいです。
といっても、私は現象学がどういうものかまだ十分に理解していないので、その方面からこのブックフェアの価値を語ることは出来ないのですが、それでも行った方がいいと推薦します。その理由は二つです。
一つは、このブックフェアが酒井泰斗さんのプロデュースによるものだということです。酒井さんは幅広い問題を勉強され、そのトピックで誰に書いてもらったらよいものが出来るかという、自己本位、そうここが重要なポイントなんですが、消費者運動として自分が読みたいものを集めています。それでこれだけの人が協力して、書くということは、書き手もその価値を認めているということで、これはプロデュース力以外の何物でもないのです。客観的にどこがどういいか分からないですが、私の勘ではよいと思います。
もう一つは、「ケア」に関する哲学的な、あるいは理論的な考察を深めていく材料がたくさん散りばめられていることです。このブックレットの中にも「ケアと看護」というそのものもあって、なぜ現象学的な考察がこの分野で出てくるのかということが少し分かりました。それ以外にも心理学と密接に発展した行動科学だとか、人間科学だとかは酒井さんがここ数年、調べているところですが、それに関連する問題も出て来ます。「ケア」は時代によってはフロイドの精神分析の影響を受けたり、ロジャーズの来談者中心療法の影響を受けたり、そのときどきの心理療法の影響を受けていたりします。
この論点は意外と労働問題とも深いかかわりがあります。というのも、テイラー(ないしギルブレス夫妻)が始めたと思われている動作時間研究ですが、実際に同時代にこれらの研究を進めたのはアメリカでも日本でも実験心理学研究者です。それは簡単に言えば、心そのものは捕まえられないので、人間の「動作(ないし行動)」を代理指標に研究していたからです。これが心理学が科学化を志向したこととも関わっています。実際、アメリカの人事研究者というのは長く心理学者でしたし、職務分析は今なお、心理職の重要な仕事です。分野的には組織行動論がそういうタイプですね。
心理学は教育学にも大きな影響を与えて来ましたし、教育と労働は近接だし、歴史的にも社会政策では研究されてきました。そういう意味で、ここら辺はとても興味深い分野です。ただ、正直言うと、ここまで読んだ皆さんもなんだか分かったような分かんないなという感じでお付き合いいただいたと思いますが、書いている私もよく分かっていません。心理学のディシプリンと関連諸科学がどうかかわってきたのか、どう理解すればよいのかは、私の中では実にモヤっとしていて、ずっと気にかかっています。これもそのうち、集中的に勉強するかと思っていますが、このブックレットはその時の水先案内人の一人になるはずです。
というわけで、こんな感じの問題関心の文を読んで、フェアに行ってみて、ああ本当だ役立ったなと思った方がいらしたら、ぜひ、どの辺が面白かったのか教えてくださると、私も勉強になり、助かります。ぜひ一度、お運びください。2017年9月末までみたいです。
2016年08月21日 (日)
第25回の大原社会政策研究会は、東大大学院教育学研究科博士課程の田中麻衣子さんにご報告いただきます。報告のテーマは、「「居場所」概念による実践の構成」です。
田中麻衣子(東京大学大学院教育学研究科博士課程)
「「居場所」概念による実践の構成:規則の語りと当惑経験に着目して」
8月23日(火) 15:20〜
場所 法政大学大原社会問題研究所会議室 アクセス
田中さんには実は別の研究会に参加してもらってご報告してもらったところ、その内容がとてもよかったので、ぜひこちらの研究会でも報告して下さい、ということで、今回の研究会になりました。ここのところ、私が考えなければならないテーマでもあります。近年、子どもの貧困が注目され、最近ではこども食堂の動きなども目立ってきました。そして、にわかに、学校教育と福祉の関係が問い直されることにもなってきたわけです。この「居場所」概念は、そのまさに鍵になるものだと思います。そして、私が何よりも驚いたのは、田中さんがこの「居場所」に関連する研究を本当によく調べていることです。おそらく、皆さんも想像されると思いますが、これだけ広い言葉、ある意味ではバズワードですから、とにかくいろんな領域で研究されています。それをできる限り拾っているんですね。これ、正直、ちょっと若いパワーじゃないと出来ないなという感じがします。
海外のソーシャル・ポリシーのなかでは教育はわりと重要なテーマなんですが、日本の社会政策研究のなかでは必ずしも位置づけられてきませんでした。これがなぜかというのは実はよく分からないところもあります。たとえば、『教育と社会』(小学館)という本が1967年に出版されていますが、これは大河内、氏原一門と社会教育関係の人たちが一緒に研究した成果です。労働市場政策と教育という、90年代に苅谷・菅山・石田で再脚光を浴びるテーマもありますが、籠山京も入っているので、もっと生活に近いテーマも取り扱っています。だから、ある時期までの研究者にはそういう問題意識があったんですよね。
ただ、奇妙な断絶は教育側にもあります。『教育と社会』はほぼ東大関係者(+北大の籠山関係者)に限られますが、この後、教育福祉の分野の先駆的な研究をするのは、社会教育の小川利夫です。ですが、昨今の仁平さんの研究とか、倉石一郎さんの研究とかにもあんまり出てこない。出てこないのは、60年代から同時代の社会福祉研究を取り込みながら、教育福祉を鍛え上げてきた小川先生の研究と、現在の問題意識がうまく接続されないということもあるでしょう。少なくとも、何枚かかみ合わせないと、同じ土俵にならないなという感じはします。
いずれにせよ、子どもの貧困や、もう少し広く言って、子ども、福祉といったところに関心のある方には、面白い報告になると思います。多摩の山奥で申し訳ないのですが、ぜひお運び下さい。研究者ではなくても、こういうテーマに関心があるという方も歓迎しますので、お気軽にいらしてください。
なお、資料の作成上、ryojikaneko@gmail.com までご一報いただけると幸いです。
田中麻衣子(東京大学大学院教育学研究科博士課程)
「「居場所」概念による実践の構成:規則の語りと当惑経験に着目して」
8月23日(火) 15:20〜
場所 法政大学大原社会問題研究所会議室 アクセス
田中さんには実は別の研究会に参加してもらってご報告してもらったところ、その内容がとてもよかったので、ぜひこちらの研究会でも報告して下さい、ということで、今回の研究会になりました。ここのところ、私が考えなければならないテーマでもあります。近年、子どもの貧困が注目され、最近ではこども食堂の動きなども目立ってきました。そして、にわかに、学校教育と福祉の関係が問い直されることにもなってきたわけです。この「居場所」概念は、そのまさに鍵になるものだと思います。そして、私が何よりも驚いたのは、田中さんがこの「居場所」に関連する研究を本当によく調べていることです。おそらく、皆さんも想像されると思いますが、これだけ広い言葉、ある意味ではバズワードですから、とにかくいろんな領域で研究されています。それをできる限り拾っているんですね。これ、正直、ちょっと若いパワーじゃないと出来ないなという感じがします。
海外のソーシャル・ポリシーのなかでは教育はわりと重要なテーマなんですが、日本の社会政策研究のなかでは必ずしも位置づけられてきませんでした。これがなぜかというのは実はよく分からないところもあります。たとえば、『教育と社会』(小学館)という本が1967年に出版されていますが、これは大河内、氏原一門と社会教育関係の人たちが一緒に研究した成果です。労働市場政策と教育という、90年代に苅谷・菅山・石田で再脚光を浴びるテーマもありますが、籠山京も入っているので、もっと生活に近いテーマも取り扱っています。だから、ある時期までの研究者にはそういう問題意識があったんですよね。
ただ、奇妙な断絶は教育側にもあります。『教育と社会』はほぼ東大関係者(+北大の籠山関係者)に限られますが、この後、教育福祉の分野の先駆的な研究をするのは、社会教育の小川利夫です。ですが、昨今の仁平さんの研究とか、倉石一郎さんの研究とかにもあんまり出てこない。出てこないのは、60年代から同時代の社会福祉研究を取り込みながら、教育福祉を鍛え上げてきた小川先生の研究と、現在の問題意識がうまく接続されないということもあるでしょう。少なくとも、何枚かかみ合わせないと、同じ土俵にならないなという感じはします。
いずれにせよ、子どもの貧困や、もう少し広く言って、子ども、福祉といったところに関心のある方には、面白い報告になると思います。多摩の山奥で申し訳ないのですが、ぜひお運び下さい。研究者ではなくても、こういうテーマに関心があるという方も歓迎しますので、お気軽にいらしてください。
なお、資料の作成上、ryojikaneko@gmail.com までご一報いただけると幸いです。
2015年12月15日 (火)
大原社会政策研究会を開催して早いもので18回を数えるようになりました。今まで2回くらいしか告知してないのですが、若手研究者の交流を図るという研究会はお陰様で順調に回数を重ねて参りました。今回は共立女子大学の寺尾範野さんにご報告いただきます。
日時:2016年1月9日(土) 15時20分~17時20分
報告者:寺尾 範野(共立女子大学 国際学部 専任講師)
報告テーマ:優生学とイギリス福祉国家思想――世紀転換期のニューリベラリズムを題材として
開催場所:法政大学多摩キャンパス EGGDOME 5階 研修室1・2
今回は特に思想史研究者の方をお呼びしての研究会となりました。寺尾さんとは「社会的なもののために」研究会(正式名称は違うかもしれません)に参加したときに、初めてご報告をお伺いして、これはぜひうちのみんなにも聞かせたいと思って、その場でご報告をお願いしたところ、快く引き受けてくださいました。事務局の一人としては普段はなかなか出会うことがない分野の本物の研究者の議論をぜひ味わって欲しいと思ったのでした。この研究会は、多摩の山奥まで訪れて勉強したいという人には誰にでも、門戸を開いていますので、ご関心のある方はぜひご参加ください。ただし、レジュメを用意する関係上、事前に連絡をくださいね。アドレスは左のサイドバーのプロフィール欄に書いてあるので、コピペしてご一報ください(スマホだと、サイドバーが表示されないのでここにもアドレスを書いておきます。ryojikaneko@gmail.comです)。
寺尾さんはイギリスのニューリベラリズム思想を研究なさってきて、今回のご報告もその一環です。寺尾さんからの紹介では「社会権理念と優生思想の緊張を孕んだ共存という観点から、J.A. ホブスンやL.T. ホブハウスのニューリベラリズムの福祉国家思想を再考する」というものだそうです。これだけでも想像が膨らむし、面白そうですよね。社会政策においては優生思想は重要な問題ですから、どんどんいろんな切り口で研究が深まって欲しい分野です。
内容については、あくまで想像になってしまうので、私としては寺尾さんをお招きした理由を少し雑談で書きたいと思います。思想史研究にはいくつかの流儀があると思うのですが、私自身が最初、模範としたのは杉原四郎の書誌学をベースにした思想研究でした。ミルとか、マルクスとかです(例によって、全然覚えてないですが)。とにかく厳密な文献考証を本懐とする書誌学は重要な学問だと思っています。歴史研究とも相性がよいんですよね。
でも、思想研究は、そういう地を這うようなスタイルではなく、ときに飛躍が重要です。その飛躍は自分の内なる問題意識(それは現代の起こっていることから作られる)からやってくる気がします。書誌学的なものを独学でかじってきた私なんかはその思想家自身がどう考えていたのかを追求することを重視しますが、思想研究のなかでは過去の思想家がどこまで考えていたかではなく、その思想家の思想そのものにどういう可能性があるか、要するに継承して思考するというスタイルがあって、寺尾さんはまさにそういう方だなと思ったのです。ホブスンがどう考えていたかではなく、ホブスンの思想にどういう可能性があるのかが探求されます。
この研究会は、書誌学ではないですが、現場を丹念に調査して足で稼ぐ、まさに地を這うスタイルの人が何人もいます。そういう人たちと寺尾さんのような研究者が出会ったら、どんな化学反応が起きるのか、今から本当に楽しみです。
日時:2016年1月9日(土) 15時20分~17時20分
報告者:寺尾 範野(共立女子大学 国際学部 専任講師)
報告テーマ:優生学とイギリス福祉国家思想――世紀転換期のニューリベラリズムを題材として
開催場所:法政大学多摩キャンパス EGGDOME 5階 研修室1・2
今回は特に思想史研究者の方をお呼びしての研究会となりました。寺尾さんとは「社会的なもののために」研究会(正式名称は違うかもしれません)に参加したときに、初めてご報告をお伺いして、これはぜひうちのみんなにも聞かせたいと思って、その場でご報告をお願いしたところ、快く引き受けてくださいました。事務局の一人としては普段はなかなか出会うことがない分野の本物の研究者の議論をぜひ味わって欲しいと思ったのでした。この研究会は、多摩の山奥まで訪れて勉強したいという人には誰にでも、門戸を開いていますので、ご関心のある方はぜひご参加ください。ただし、レジュメを用意する関係上、事前に連絡をくださいね。アドレスは左のサイドバーのプロフィール欄に書いてあるので、コピペしてご一報ください(スマホだと、サイドバーが表示されないのでここにもアドレスを書いておきます。ryojikaneko@gmail.comです)。
寺尾さんはイギリスのニューリベラリズム思想を研究なさってきて、今回のご報告もその一環です。寺尾さんからの紹介では「社会権理念と優生思想の緊張を孕んだ共存という観点から、J.A. ホブスンやL.T. ホブハウスのニューリベラリズムの福祉国家思想を再考する」というものだそうです。これだけでも想像が膨らむし、面白そうですよね。社会政策においては優生思想は重要な問題ですから、どんどんいろんな切り口で研究が深まって欲しい分野です。
内容については、あくまで想像になってしまうので、私としては寺尾さんをお招きした理由を少し雑談で書きたいと思います。思想史研究にはいくつかの流儀があると思うのですが、私自身が最初、模範としたのは杉原四郎の書誌学をベースにした思想研究でした。ミルとか、マルクスとかです(例によって、全然覚えてないですが)。とにかく厳密な文献考証を本懐とする書誌学は重要な学問だと思っています。歴史研究とも相性がよいんですよね。
でも、思想研究は、そういう地を這うようなスタイルではなく、ときに飛躍が重要です。その飛躍は自分の内なる問題意識(それは現代の起こっていることから作られる)からやってくる気がします。書誌学的なものを独学でかじってきた私なんかはその思想家自身がどう考えていたのかを追求することを重視しますが、思想研究のなかでは過去の思想家がどこまで考えていたかではなく、その思想家の思想そのものにどういう可能性があるか、要するに継承して思考するというスタイルがあって、寺尾さんはまさにそういう方だなと思ったのです。ホブスンがどう考えていたかではなく、ホブスンの思想にどういう可能性があるのかが探求されます。
この研究会は、書誌学ではないですが、現場を丹念に調査して足で稼ぐ、まさに地を這うスタイルの人が何人もいます。そういう人たちと寺尾さんのような研究者が出会ったら、どんな化学反応が起きるのか、今から本当に楽しみです。