2018年05月20日 (日)
木村正身先生といっても、多くの人は知らないだろう。昔の社会政策学者で、1975年に「労働条件と福祉条件」という論文を書かれている。昔だったら、忘れ去られるだろうけれども、今はレポジトリが発達したので、この論文も居ながらにして、読むことが出来る。この論文は「福祉」を定義したものとして興味深い。その最後の部分を引用しよう。
1970年代と言えば、高度成長期の末から公害問題という新しい問題が注目されるようになった時期であり(もちろん、公害自体は昔からあるが、この時期に特に社会問題化されたということ)、今までのマルクス経済学的な資本主義論の延長線上に、このような現象を包括的に捉えようとする問題意識をこの論文からは感じることが出来るだろう。この定義は、問題を考えるに際して、非常に重要な定義である。それはどのような意味においてだろうか。
稲垣良典先生が『現代カトリシズムの思想』(岩波新書で最近復刊された)で、人間が社会を形成するのは足りないものを補い合うからではなく、自己の充足、豊かさ、完全性ゆえに共同体を形成すると捉え、そのあふれ出る豊かさを神愛=カリタスと呼ぶということを説明している。人権とキリスト教の関係も一筋縄ではいかないが、大雑把に言うと、私はこうした考え方は西洋の人権思想には流れていると考えている。少なくとも、カトリックの公共要理(カテキズム)のなかでは、人権の考え方が説明されている。
ところが、日本のキリスト教は日本国内では彼ら自身が多くは新興のマイノリティであり(もちろん、近代以前にも隠れキリシタンが脈々といたことは知っているが)、しかもマイノリティの反福祉状態の回復に従事してきたといってよい。その代表は賀川豊彦であろう。このような事情が、日本のキリスト教理解にも大きな影を落としてきたと私は思う。たぶん、こうした偏りは、いずれ赤江達也さんなんかが書き換えてくれると期待している。ただ、それにしても、このような偏りが生まれた背景、歴史的事実自体は否定すべくもない。
日本に人権思想が入って来たのはもちろん戦前だが、多くの人は戦後憲法とともに人権概念を受容していった。朝日訴訟に代表されるように、人権の考え方は、木村先生の言うところの反福祉状態からの回復という要求と密接に結びついていた。反福祉状態は運動に結びつきやすかった。要求にしやすいからである。ところが、その先に運動ないし実践的には落とし穴が待っている、と私は思う。それは、その問題が個別具体的な一回限りのものではなく、より普遍的な問題であると認識し(それ自体は間違っていない)、運動自体もそのような広い問題に発展させようとしてしまうことである。発展的解消はその本拠になっていた運動の基盤さえも解消させてしまうことがある、と私は思う。比喩的に言えば、対象との距離が変わるはずなのに、同じレンズで同じピントの合わせ方をしようとすれば、それは当然、ピントが合わなくなるだろう。うねりというか、流れを作る運動には、小さくてもその起点が必要で、それがあらゆる場所に遍在してしまえば、かえって見えにくくなってしまう。理屈で言えば、どこからでも起こせればいいのだが、そんなことは簡単には出来ない。
運動の拠点としての反福祉状態にはジレンマがある。それは反福祉状態が解消されれば、その運動が弱くなるということがある。ところが、反福祉状態を作り出しているいろいろなものはそう簡単には解消されない。いったん、運動が弱くなると、たちまちその反福祉状態に対抗するのが難しくなる。それはかつてその反福祉状態に対抗し得たときよりも、運動的、組織的には遥かに困難な状況にならざるを得ないのではないだろうか。これは個人個人の責任ではなく、構造的なジレンマなのだろうと思う。では、その代わりを思想、たとえばカリタスから、組み上げていくことが出来るのかと問われれば、それもまた難しい。理論的にはケイパビリティが限界ではないかと思うが、これを運動の基盤にするには、そもそももっとキャッチ―な言葉に変えないと、うまくいかないだろう。
実際には.その諸生活主体のニードの充足または福祉は,資本主義のもとでは,基本的には反福祉状態(diswelfares)ないしマイナスのサービス(disservices)からの回復,ないしそれらに対する損害補償への社会的権利の行使として,むしろネガティグなかたちでのみ,具体的に検証されるものであるということができよう。既述のように,資本主義は,それ自体,「疎外された労働」から「貧困化法則」までの諸規定のもとに,いわば労働者階級およびプチ・ブルジョアジーの原生的反福祉状態を設定する。それを背景として,さらに資本主義の発展に伴う反福祉的諸条件の累積的展開があり,資本主義の最高段階で咋は,反福祉状態一般も最も深刻になる。そのなかで,さらにハンディキャップをもつ人々は,一層大きな被害を受ける。福祉活動は,ニード充足を社会的権利とみつつ,こうした状況(権利侵害)に対するミニマムな回復・補償を要求・実現する活動だといえよう。そして,この統一的見地から,福祉問題は,公害や交通事故・犯罪等の被害の補償問題をも,包擁するものとして再認識されるべきであり,また,このとによってその総体的意味を保持しうるであろう。
1970年代と言えば、高度成長期の末から公害問題という新しい問題が注目されるようになった時期であり(もちろん、公害自体は昔からあるが、この時期に特に社会問題化されたということ)、今までのマルクス経済学的な資本主義論の延長線上に、このような現象を包括的に捉えようとする問題意識をこの論文からは感じることが出来るだろう。この定義は、問題を考えるに際して、非常に重要な定義である。それはどのような意味においてだろうか。
稲垣良典先生が『現代カトリシズムの思想』(岩波新書で最近復刊された)で、人間が社会を形成するのは足りないものを補い合うからではなく、自己の充足、豊かさ、完全性ゆえに共同体を形成すると捉え、そのあふれ出る豊かさを神愛=カリタスと呼ぶということを説明している。人権とキリスト教の関係も一筋縄ではいかないが、大雑把に言うと、私はこうした考え方は西洋の人権思想には流れていると考えている。少なくとも、カトリックの公共要理(カテキズム)のなかでは、人権の考え方が説明されている。
ところが、日本のキリスト教は日本国内では彼ら自身が多くは新興のマイノリティであり(もちろん、近代以前にも隠れキリシタンが脈々といたことは知っているが)、しかもマイノリティの反福祉状態の回復に従事してきたといってよい。その代表は賀川豊彦であろう。このような事情が、日本のキリスト教理解にも大きな影を落としてきたと私は思う。たぶん、こうした偏りは、いずれ赤江達也さんなんかが書き換えてくれると期待している。ただ、それにしても、このような偏りが生まれた背景、歴史的事実自体は否定すべくもない。
日本に人権思想が入って来たのはもちろん戦前だが、多くの人は戦後憲法とともに人権概念を受容していった。朝日訴訟に代表されるように、人権の考え方は、木村先生の言うところの反福祉状態からの回復という要求と密接に結びついていた。反福祉状態は運動に結びつきやすかった。要求にしやすいからである。ところが、その先に運動ないし実践的には落とし穴が待っている、と私は思う。それは、その問題が個別具体的な一回限りのものではなく、より普遍的な問題であると認識し(それ自体は間違っていない)、運動自体もそのような広い問題に発展させようとしてしまうことである。発展的解消はその本拠になっていた運動の基盤さえも解消させてしまうことがある、と私は思う。比喩的に言えば、対象との距離が変わるはずなのに、同じレンズで同じピントの合わせ方をしようとすれば、それは当然、ピントが合わなくなるだろう。うねりというか、流れを作る運動には、小さくてもその起点が必要で、それがあらゆる場所に遍在してしまえば、かえって見えにくくなってしまう。理屈で言えば、どこからでも起こせればいいのだが、そんなことは簡単には出来ない。
運動の拠点としての反福祉状態にはジレンマがある。それは反福祉状態が解消されれば、その運動が弱くなるということがある。ところが、反福祉状態を作り出しているいろいろなものはそう簡単には解消されない。いったん、運動が弱くなると、たちまちその反福祉状態に対抗するのが難しくなる。それはかつてその反福祉状態に対抗し得たときよりも、運動的、組織的には遥かに困難な状況にならざるを得ないのではないだろうか。これは個人個人の責任ではなく、構造的なジレンマなのだろうと思う。では、その代わりを思想、たとえばカリタスから、組み上げていくことが出来るのかと問われれば、それもまた難しい。理論的にはケイパビリティが限界ではないかと思うが、これを運動の基盤にするには、そもそももっとキャッチ―な言葉に変えないと、うまくいかないだろう。
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