先週末の土曜日、愛知学院大学で行われた社会政策学会に参加してきました。朝、小野太一会員の近藤文二の学説史的検討と、木下順会員の井上友一と留岡幸助論を聞いた後、本田さんの本の書評セッションに顔を出しました。ただ、木下さんへの私の質問は皆さんには分かりにくかったかもしれません。その内容というのは、一木が農村の人材供給としての実業教育を構想したこと、岡田良平と井上がドイツで一緒に実業教育を調査したこと(これは木下さんのペーパーで初めて知りました)を踏まえて、岡田・一木の兄弟の家業である報徳運動と、近代=西洋を輸入していた彼らのの役割と井上の関係を聞いたものでした。

午後からは我々のセッションでした。私、時計の文字を見誤って3分短く終わってしまいました。あと、3分長かったら、加瀬先生がやられた先行研究と私の研究がどういう位置づけになっているのかお話ししたのですが、まあ、大勢には影響ないでしょう。堀川さんの方も時間をやや短く抑えてくれました。その後、兵頭先生から長めのコメントをいただきました。ただ、かなり長めにとったフロアとの応答は、ほとんど質問が出なかったのはやや残念でした。

何がよくなかったのかなと出てくれていた知り合いの人を中心に感想を聞いてみたんですが、結論から言うと、まあ、仕方ないし、このままでいいかという感じでした。ただ、一つショックだったのは、社会政策学会だから、大まかな学説史の流れはみんな理解しているのかと思ったら、そうでもないという意見を聞いたことでした。具体的には、労働問題とか、社会福祉の貧困からサービスへの流れとか、「政策」研究として問い直さなければならないという話とかを枕にしたんですが(この問い直さなければならないというのを5回くらい言ったそうですが)、、学説理論史研究だったら普通なんだけれども、それは多くの人にはもう通用しないということでした。私の感覚では、学説理論なんて大げさなものではなくて、枕として一般常識を喋ったに過ぎないのですが。

兵頭さんのコメントは戦時総力戦体制論から位置づけてくださるもので、これによって分かるように翻訳されたという方もいたそうですが、兵頭さんと私のアイディアはちょっと違います。それはどういうことかというと、簡単に言えば、従来の総力戦体制論はいずれにせよ一国内の話に過ぎないのですが、私は総力戦の問題を第一次世界大戦から考えていて、とりわけヨーロッパで各国が総力戦体制を経験し、その帰結として安全保障体制であるベルサイユ体制が出来、それがILOにもつながって、そこが戦後の社会保障=福祉国家の話にもつながっている。開発とか、人口とかも、そういう大きい文脈で考えなければならない。こういうのが大まかな趣旨です。そこは、やりとりのなかでクリアになったかなと思います。

私の話の実証的なポイントは、雇用行政の所管を示したこの文書です。この3ページを見てもらうと理由が書いてありますが、産業に関連する(農商務省)、救済、社会事業に関連する(内務省)、地方官庁及地方自治体との連携が重要(内務省)で、2対1で内務省になっています。それから、人口食糧問題調査会(内閣府)で商工省の幹事だった吉野信次(と永井亨)が労働需給だけでなく生産力増強を提言し、これは吉田茂社会局長官も受け入れています。吉野の提言の中で「地方工業の分散化」が訴えられ、これが1930年代後半から石川栄耀の使いだした「国土計画」に置き換わっていきます。これは高度成長期までの「均衡な国土の発展」へと引き継がれていくという話でした。

質問は出されなかったけれども、終わった後にお話ししたら、分野が労働ではなくても歴史研究をしている方で、自分の研究に引き付けて刺激を受けてくださったという方もいらっしゃいました。報告を聞いていなくても、数分立ち話をしただけでも、分かってくれる方もあり、やっぱり作法が違うと厳しいのかなあ。

それよりも「均衡な国土の発展」概念に関する説明で、今の常識から言えば、これは土木に結び付けて理解されると思ったので、苅谷先生の「面の平等」の話を出したのですが(かえって分かりにくくなった気もしますが)、そこで「教育」というワードを出したことで、あとで別の方から質問を受け、そのあと、ゆっくりお話しすることになりました。といっても、私の報告と関係なく、その方が教育なさっている看護の実習学校の苦境をお伺いすることになりました。それはそれで今の日本の職業教育の論点が凝縮しており、私は私で勉強になったのですが、なぜ私に話しかけて下ったのかはよく分かりませんでした。話の中で何かを感じ取ってくださったんでしょうね。

つくづく、今回の学会報告は、人の「理解する」行為の多様さを感じさせる機会になりました。
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途中まで書いて放っておいたのですが、お庫出しです。こういうのはすぐやらなきゃダメですねえ。

週末、社会政策学会に参加して来ました。私も土曜日の朝一で報告して来ました。参加者は十数人でしたが、遠方からいらしてくださった方もあり、ありがたかったです。朝のスケジュールが大原社研組は重なっていたので、どうだった?とお互い、聞き合ったりしたわけですが、正直、私もどうだったんだろう、という感じです。主張はクリアに言えたなと思っていますが、そもそも前提としている状況に対して、何を言いたいのかということは分かりにくかったかもしれません。

玉井先生から頂いたコメントで、これは重要だと思いますので、書いておきます。というのは、私が武川先生と玉井先生を一緒くたにして、社会学的社会政策と経済学的社会政策と言っていることを批判していることに対して、それぞれ立場が違うということでした。これは私が社会保障研究所の流れとしてこれを紹介したことと関連しているのですが、玉井先生はパット・セインとの邂逅が社会学との出会いということで、文脈が違うというのです。この話はじつは今年の冬に直接、研究会でうかがっていたので、私の方で説明の仕方が不用意でした。ただ、労使関係を中核にした社会政策に異を唱えたということに関しては大きな文脈ではそんなに問題はありません。あとは、重要な問題提起が随所に含まれているが、一つずつを深掘りしなさい、というアドバイスをいただきました。そこはとても悩ましい問題です。

なお、玉井先生の回顧録は、大阪市大の紀要『経済学雑誌』115(3)に「社会政策研究・教育40年」が掲載されています。まだリポジトリに入ってないみたいですが、そのうちに入るでしょう。2号も入ってないみたいで、早くしてほしいですねえ。

さて、私の報告に戻りましょう。春の研究会で学会でやりましょうという予告を受けて、改めて社会学的社会政策と経済学的社会政策についての質問を受けましたが、私としては社会学と経済学といっても、共通性も多いので、違いを強調することに意味を見いだせないということを話しました。ただ、ちょっとかみ合ってない感じはしました。これだけでも、相当に議論のあるところでしょう。私としては、今回の報告で社会政策学などというディシプリンは日本では成立し得ず、インターディシプナリーでやるしかない、ということを確認しました。これは、たぶん、多くの人がもともとそう思っていたことを再確認しただけにとどまります。

あと、懇親会で北大の上原さんと、籠山京の話題になりました。奥井復太郎と籠山、中鉢、中川清と続く慶応の生活構造論の系譜をよく知りたいなという私もまったく同感です。籠山先生は江口、氏原とも繋がるからなあ。

土曜日午後は、Martin Heidenreichさんの「The Europeanisation of Income Inequality before and during the Great Recession. Inter-, Supra- and Transnational Perspectives」を聴きに行きました。各国内の格差は広がっているけれども、EU国間の格差は縮まっているというのが大まかな話で、へえと思って聞いてました。初めての英語セッションでしたが、なかなか良かったんじゃないですかね。

その後、休憩室で雑談をしてから、猪飼さんの報告へ。何というか、私には医療モデルのときほどのインパクトは生活モデルの方には感じませんでした。その理由はあんまり言葉にできないので、私もモヤモヤしています。されはさておき、こういう理論的アプローチに徹するということ自体が社会政策学会では珍しいし、貴重ですね。

このセクションは中座して岩永理恵さんの生活保護の話。この分野の最新動向に明るくないので、とりあえず知識を仕入れるという感じで、役に立ちました。というのは、たぶん、ここで話を聞いておかないと、翌日の共通論題の話が結構、分からなかったように思います。

共通論題の社会保障改革と地方自治体は私的には大ヒットでした。今まさに聞きたい話でした。大きく言えば、福祉国家の社会保障から福祉社会を考えるということなんだろうということですが、具体的な話はなかなか面白かったです。自立支援センターふるさとの会の滝脇さんの報告は面白く、宣伝されていた本も読んでみたいなと思いました。誰かの話の中で、現場は中央から新しい指示があるたびに混乱するということが言われていましたが、もともと中央は日本全国津々浦々にあてはまるようなことをフワッと言わなければならないので、あんまり詰めて言えない、という事情もあるので、それは厚労省も気の毒だろうと思いました。考えさせられることは多々あったんですが、結局は現場で考えるしかないんですよね。それぞれのソーシャル・キャピタルも全然、違いますし。

結局、地域支援包括センターの話も、生活自立支援法の話も、問題が複合化しているというところがポイントで、それに対する処方箋を考えなきゃいけない、ということなんですよね。役所の縦割りの話は、役所内に調整してもらうのは難しいので、民間でトピックを立ててミーティングの機会を作って、関連部署を同時に呼ぶしかないと思うのですが、それに応じてもらうには、相当に実績と信頼を創る必要があるでしょう。

あと、日本はちゃんと政策科学を輸入しなかったから、本当にくだらないレベルで政策効果測定が行われていて、それをちゃんと清算しないといけないなと感じました。そのためには、コンサルに対抗しないといけないわけで、質疑応答のなかでは、大学が地域のコンサルの役割を担う可能性が議論されていましたが、結局、それも根本的な治療ではなく、しかし、これが一番大事なことでもあるのですが、出来ることを一歩ずつの大切な一歩なんですね。終った後に、井上さんの経験談をいろいろお伺いして、感慨深かったです。

生活自立支援というのは、welfare to workの話ですが、結局、就労支援で就職しても安定的に働けるようにならないと、もとに戻ってしまうので、そのためには就職したという一点じゃなくて、もう少し幅をもって評価するという風にシフトした方が効果が上がる、という風に説得するのがよいように思いました。身も蓋もない言い方ですけど、当事者の状況よりも財政に関心がある人間に対して、当事者の状況改善の話をしても響くわけないので、そこはプラクティカルに、効果の文脈に乗った方がよい、ということです。
なんか春に参加した熊沢先生の講演の雑感をアップしてなかったので、そのままアップしておきます。

昨日は熊沢誠先生の『私の労働研究』の出版記念講演会に行ってきました。amazonの書評で私が書いたことがとても印象に残ったらしくて、先生から講演の中でそのことにも触れるからということで、お誘いいただきました。講演会自体はそんなに人数がいないのですが、熊沢先生の読者の方、それから研究者も何人かいらしていました。


私の労働研究私の労働研究
(2014/12/25)
熊沢誠

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会場では急に振られて、私もコメントが難しかったのですが、ちょっと思うところをまとめておきます。私は今でもそうですが、あまり社会科学ということに重きを置いていません。エッセイストという揶揄はおそらく仁田道夫先生が昔、熊沢先生と論争したときに書かれた「労働著述家」という表現を、おそらくその後の後輩たち(私も含めてですが)の間で語り継がれて来たということだと思います。その受け取り方は様々で、仁田先生、よく若いときにこんなことを書いたなという畏怖の気持ちで語る人が多かった気がしますが。ただ、熊沢先生の本と制度学派的な経済学をベースにした社会科学との間に、違和感を覚える人たちがいるというのも分かります。その違和感は何なのか。

自分が描いた労働者がリアリティがあるかどうか、その一点に尽きる、そう熊沢先生はおっしゃっていました。結論から言えば、熊沢先生の作品は文学作品に限りなく近い、あるいは社会科学の中でも文学よりの作品である、と思うのです。そのこととを解き明かすヒントは、熊沢先生が文体のことに触れて、丸谷才一の『文章読本』にある「文章はちょっと気取って書け」ということを堅持していると仰っていたことにあるように思います。私も10年くらい前には丸谷才一の書いたものはよく読んでいて、今でも『思考のレッスン』文春文庫なんかは研究にも資するところがあるように思います。


思考のレッスン (文春文庫)思考のレッスン (文春文庫)
(2002/10/10)
丸谷 才一

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ちょっと今となっては記憶もあいまいでどの本に書いてあったのか調べられないのですが、丸谷才一は研究論文のように注を書くのが面倒くさくなってきたということを書いていました(対談だったような気もするので、語っていた?)。丸谷は研究を書こうと思えば書けるけれども、そのマナーを選ばなかったということなのです。では、彼が評論という形で描いたものは、研究という形式で書いたら、何かが違ったのだろうかという疑問が浮かびます。もちろん、マナーが違うので、読みやすさは変わるでしょう。しかし、たぶん、描くべき中核の部分は変わらないと思います。

熊沢先生のマナー(流儀)はどうなのか。これが非常に微妙なところです。
昨日、一昨日、岡山大学で開かれた社会政策学会に参加して来ました。ここ最近は私のブログで何が書かれるかチェックするのをひそかに楽しみにしている方もいらっしゃるようなので、期待に応えたいところですが、じつはあんまりよく聞いていなかったので、そんなに詳しいことは書けません。

昨日の共通論題の濱口先生の報告はさすがでした。フル・ペーパーを読んでもさっぱり分かりませんでしたが、話を聞いているうちに分かりました。これは証拠というか、資料という意味合いをレジュメに込めたせいでしょう。EU全体の政策についてですが、その中でも理想とされるモデルがあること、それがデンマークからドイツへ移行して行ったこと、そして労使の究極形態である労使自治と法による規制の相克など、興味深い論点が多くありました。しかし、内在的な質問はほとんどなく、非常に残念でした。

といって、田中ドイツモデルと菅沼さんのデンマークの話は、打ち合わせで聞けなかったので、内容は割愛、後半の日本の問題提起はなんというか、戦略上のナイーブさが質問のなかで指摘されて、学会だからこそそういうことを捨てた議論をしたいというお答えという経路に行ってしまったのですが、本人の意向を汲んで、ちゃんと内容的に毒にも薬にもならない、と言えばよかったのではないかと思いました。私はちらっと発言しましたが。まあ、安倍政権のジョブ型正社員が危ないという主張をお持ちなら、もともと濱口さんが言い出したことなんだし、どうなんですかくらい突っ込めば、少しは緊張感があって面白くなったと思います。

もっとも、濱口さんがどう答えるかは、別のところでの発言(というか前から一貫してますが)からも分かります。つまり、社会の中核は、役人がどういう意図を持って変えようとしても、変わらない。事実、それを繰り返して来た。というところで、おそらくジョブ型社会には今のままではならないということでしょう。勝負はそこではなく、結果的にそこに落ち着くだろう、周縁的なところなのです。

私は一応、質問したんですが、学会内政治的な意味での質問で、ヨーロッパの場合は、EUという核があって、そのなかでモデルがあり、ドイツからデンマークになった、今回の報告もそれに対応して分かる。ただ、コメントの日本だけはただ一国であり、これはどこの圏に所属するのか、ASEAN+アルファになるのか、TPPのように環太平洋ということになるのか、あるいは考えなくてはならないのか、ということでした。その答えは、日本はアジアではないということだったのですが、それは濱口先生が私の芝居につきあって下さったということなのですが、事実、そのリプライを喜んでいる人もいました(笑)。

懇親会で、なんであんな質問をしたのかと言われて、まあ、ヨーロッパだけでなく、アジアこそ重要なんだと東アジア部会まで立ち上げているグループへの揶揄もあるわけですが、そこは二枚腰をこちらも用意しています。つまり、アジアはヨーロッパでいえばEEC以前の状態。でも、逆に言えば、EUはヨーロッパという理念を体現しているかのようだけれども、もともと経済協定で、それが発達した。ということは、経済協定を橋頭堡に何か生まれるかもしれないということで、それがさしあたりASEANなのか、環太平洋なのか分かりませんが、将来のことを踏まえても、一国を超えたグループを考える必要があるだろうということなのです。

というか、質疑応答は個別論点にわたり、私は内容をメモしていないので覚えていませんが、そのレベルは相当に高いものだったと思いましたし、事実、私がお話しした何人かの、しかし、私が実力的に信頼する人たちはさすが社会政策学会のレベルの高さを感じたということでした。ただ、いずれも一国、労使関係という旧来の枠の中だけの話であったと思います。だからこそ個別論点では、デンマークはどうですか、ドイツはどうですか、(そしておそらく気を遣って)EUはどうですかといった珍妙な質問が飛ぶことになります。それは冒頭に戻って言えば、EUという枠がなかった。あの数多い討論の時間のなかで、唯一その点を指摘したのが深澤先生だけだったと思います。ただ、惜しむらくは、深澤先生は会場の皆さんに情報をシェアするために、フランスの事例など事実レベルの話も多くいれてしまったので、そこんところは隠れてしまった感がありました。

あとは、いろんなところで聞くんだけど、日本の産別がダメ、ナショナル・センターがダメというときに(本当にダメかどうかは別にして)、企業別組合だからダメという論理はいいかげん何とかならんかな。産別も、ナショナル・センターもそれぞれ問題は抱えていると思うけど、企業別組合を前提に運用されているこれらの組織の内在的なところに入って行って、もう少しきちんと分析しないと生産的にならないし、そもそも50年以上前に運動上のスローガンから始まったこの定理がそのままスローガンであったことも忘れ去られ、継承されて唱え続けられているというのは、なんというか、グレシャムの法則ですね。まあ、そもそも良貨じゃないけど。。。

濱口さんの報告は相当にレベルが高い、というのが私が昨日のバスの中で聞いた話で、結局、多くの人は理解できなかったのではないか、というのが私の見解。それを受けて、レベルは高くても外在的質問が多い、内在的に質問するのは難しいという話なんですが、あとで考えると、これって実例を見て学んで行くしかないよなと思います。そういう意味では、私は本人が持っている武器を本人から奪って本人以上に上手に使って追いつめて行くという猛者たちと、それに切られた多くの友人、もちろん私自身も、見て来たので、それは有り難い経験だったと今になって思います。

長くなったので、二日目は明日。といっても、自分のことだけですけど。

追記 そういえば、ちゃぶ台返しっていうけれども、難しくてちゃぶ台がどれか分からない、という話を今日のお昼にしてたな笑。
今年の学会はほとんど印象に残ってないんですね。強いて言えば、田中拓道さんが切れる人なんだなというのが印象に残りました。私が思っていたフランスの印象と近くて、個人と連帯が対比的で、その連帯こそが社会的なものなんだな、という印象でした。やっぱりフランス革命だよね。それにしても、Mさんが紹介してくださってれば、議論できたのに、残念でした。あとは二日目の午前中、松村グループの産別賃金交渉の話を聞いていましたが、なんだかんだいっても、労使関係研究はまともですね。勉強になりました。もう少ししたら、労働組合の皆さんにも需要がありそうなので、産業別賃金交渉をちゃんと勉強し直します。

そして、驚いたことに、ブログ読んでます、という人が何人かいて、そりゃ先方は読んで下さってるんだから、当然なんですが、私のことを知っていて、私は全然、知らないという状況でした。みなさん、お願いだから、facebookで友達申請して下さい。

そうそう、共通論題なんですが、別に日本を無理して入れなくてもよかったんじゃないかなと思いました。問題は玉井先生の報告内容云々ではなくて、結局、歴史、思想をやっている人がいないから、みんな、彼が報告するということになっちゃうんですよね。それだったら、木村周市朗先生にドイツをやってもらうとか、菅沼さんにデンマークをやってもらうとか、日本なしでも面白かったんじゃないかな。あと、アジア国際交流はそれ自体は否定する気もないし、韓国の話は学会でもいろいろ聞くようになったから、よい面もあると思うんだけど、大雑把に言って、研究戦略的には失敗だったんだなあと感じました。ヨーロッパやアメリカを歴史的に勉強する方がコスト・パフォーマンスがいいよな、たぶん。それに学会は韓国人の方もいっぱいいるし、韓国の研究をやってたりするから、それを摂取すれば十分な気がする。

にしても、社会学系社会政策の社会学が何を対象にしているのかさっぱり分からん。全然、日本社会が見えてこない。かといって、理論的なわけでもないし。あれは本当に大いなる謎です。

人口問題を社会的な視点から切り込むのはいいけれども、人口問題は国家的なレベルの話になってしまうから、個別の社会を捉えるには筋が悪い。というのは、玉井先生、杉田さんの話だけじゃなくて、この前の月例研究会で発表したうちの兼子さんの話にもつながるけど、マクロで社会を捉えようとするのは実証的にはかなり厳しい。それこそ小熊さんのように大きな物語を書いちゃうしかないよね。

ちなみに、今、何を研究しているんですかと聞いて下さったのは、小樽の金さんだけでした。なんだか学会に行ったのに不思議な感じだな。