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明日は待ちに待った社会政策学会。

といいつつ、法政の市谷図書館によって、清水義弘関係の本を更新してこなきゃならない。そして、そのままだと重いので、研究所に立ち寄って本を置いてそのまま早稲田へ。ということは、どう考えても、会場に着くのは10時を回るわけで、結論だけ言うと、榎さん、谷本先生、ごめんなさい。それにしても何もオランダ戦の日に学会をぶつける必要ないよな。二次会ではサッカーの見られる会場へ移動することを希望したいと考えております。

一度もお会いしたことない方でも、気軽に声掛けてくださいね。懇親会も出るつもりです。ただ、以前に書いたブログの内容は本人は忘れている可能性もあるので・・・、そこはひとつよろしくお願いします。
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雑誌『社会政策』の最新号が数日前に送られてきた。その最後の論文がタイトルの谷川論文だが、これがとても刺激的であった。人によっては看護現場の労務管理の実態をベタに描いているだけだと言うだろうし、実際、そういう面があるのも事実だが、これだけ丁寧に調べてあると、とても面白い。そのことを前提に少し、問題提起というか、論点を出してみたい。

まず、看護職というのはそれ自体が資格である。そういう外部資格が決定的に重要である点で普通の企業の労働と異なっている。具体的にどう違うかといえば、看護師(看護婦)は女性の職業としては圧倒的に復帰しやすいだろうと思われる。つまり、外部資格と内部資格(職能資格)の関係である。

もちろん、外部資格がある、古い言葉でいえば、横断的労働市場が成立している専門職(ないしクラフト)であっても、内部昇進が重要であるという指摘は猪木先生他にもありそうだ。しかし、ここは一応、外形的には違うので、その異同を次は突っ込んで論じてもらえると嬉しい。具体的には、看護職資格そのものはエントリレベルの話で、それぞれ独立に作られた職能資格がさらに上の相場を形成するのか否か、言い換えれば、互いに参照されることで、事実上の(名称は何でもいいが、仮につければ)中級看護職、上級看護職のようなものが、現場レベルから生まれるのかどうか、もしその可能性があるとすれば、最初の看護職資格の存在がその形成過程にどう影響するのか等である。ただ、これは実際、起こっていなければ、完全にスペキュレーションの世界で、実証論文にはなじまない。

もっと言うと、もともと日本の看護職は現場レベルでの訓練から、試験を受けて正看護婦になるという歴史があった、たぶん。戦前だけどね。厳密には助産婦との関係もあるわけだけど。今は学校制度がカッチリしているから、そういうルートはなくなっていると思うけど、それが制度的によいことかどうかわからない。学校制度がダメというのではなく、それで供給が追い付かないじゃんという意味においてである。まぁ、このあたりは私も勉強不足で極めて怪しい話だが、現代女性キャリア研究所にいると、看護職はとても気になる職業なのでありました。