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昨日、東京労働大学の石田光男先生の講義を受けて来ました。報酬管理なんですが、ほとんど賃金管理で、すごく謎でした。ちなみに、私は佐藤厚さんの講義だけ五城目に行ってて欠席しましたが、初めて途中で帰る人を見ました。7,8人は途中で帰ってしまったのではないでしょうか。二人の男の人たちはついていけない(分からない)という趣旨のことを話していました。私は刺激をもらったので、よかったのですが、あまりにもマニアック過ぎる気が・・・

イギリス調査の話はたしかに単純に面白かったのですが、現状調査というのは切ないなあとも感じました。80年代のイギリス調査と90年代のアメリカ調査と00年代の日本調査を比較して国際比較になるのかという単純な疑問もあります。もちろん、個々人の出来る研究は限りがありますから、致し方ないことではありますが、時に追われるというのは切ないなと感じました。技術革新がありますからね。

内容は、いつもの賃金管理と仕事管理は一体でなければならない、という話と、結論はPDCAを回さなければならない、という話でした。

私には内容的にいくつかの疑問がありました。まず、とても狭く言って、賃金管理という観点でみたときに、人口ピラミッドの問題を考えなくてよいのか、ということです。たとえば、ある年に採用した人が多数の後、しばらく採用を控え、数年前から少しずつ採用を再開した企業があります。大量採用した年の層が全員、仕事が出来れば不満はありませんが、出来る人と出来ない人の処遇差が少なく、かつ自分たちより処遇がよい人たちを見て、若手が不満に思えば、そこで成果主義をいれる契機になります。そういう人口ピラミッドのバランスの話がまったくない。

つぎに、報酬管理ということを考えるときに、賃金だけでよいのか、ということがあります。石田先生の話は賃金の決め方(必ずしも水準ではない)でインセンティブを与え、それがPDCA(改善)を保証するという話ですが、アメリカの人的資源管理研究では、個別の制度ではなく、いくつかの革新的な制度(発言できる機会を与えるとか、福利厚生の充実など)を実施しているところが成績がよい、という研究があります(これは割と共有されている)。また、ミルコビッチのコンペンセーション(アメリカのスタンダードなテキストです)でも、報酬は賃金だけではなく、様々なものがあります。web上にテキストがあったので、貼っておきます。5頁の図1.2をみてください。これで言えば、賃金とはcash compensationのところだけです。

これもまた、思いつきなんですが、基本的に歴史で説明できると思うんですね。アメリカもイギリスも基本的にトレードをジョブに再編したんだなあという印象です。日本はある意味、労務管理がものすごい発達していた。第二次大戦の頃、本当に各工場で共通する労務管理を出来ていたのは紡績と製糸(片倉とかグンゼ)くらいです。それはたくさん工場を持っていましたから。あとは鉄鋼ですが、日本製鉄は少なくとも1939年の時点では共通する労務管理はなかった。これは戦時中にそれこそ、産報のなかで、産報と対抗する意味もあって、発達していくという面がありました。でも、それ以外であったのかなあ。次に、戦後の企業別組合といっても、そのほとんどが事業所別組合です。それはそれだけ工場をもっているような大企業以外、事業所組合の連携の企業別組合になり得ませんから。

日本の組合運動を考えるとき、その始まりから1975年までは基本的にナショナルセンターが強いんですね。戦後の組合運動は誤解を恐れずに言えば、企業別組合とナショナル・センターや産別の戦いでもあった。これは本部と支部の戦いという意味もあったと思います。産別レベルでは、全繊が東洋紡や鐘紡と戦います。東洋紡は当時の労務管理制度では日本の一番ですし、鐘紡は50年代までは日本のNO.1企業です。それでも戦うんだから、全繊はすごい。あとは鉄鋼ですね。鉄鋼は鉄鋼労連をめぐって総評と八幡というか宮田で争うわけです。ただ、これは私の印象では、インテリとたたき上げの戦いだったと思っています。少なくとも宮田さんの回顧録を見ると、そこにアイデンティティがある。難しいことは分からないし、間違ってるかもしれないけど、とにかく自分たち労働者が書かなきゃダメなんだ、といって支持を集めるわけです。この論理にはインテリは逆立ちしたって勝てない。勝てるとしたら、とにかくみんなの意見を聞いて回っていて、それで文書を作るという実績がないと無理です。そんなこと言ったって、あいつは俺たちの言うこと、聞いてくれてたよ、となれば逆転の芽はありますが、それは歴史的にはなかったし、時間がかかりますからね、不可能に近いですよ。

結局、日本の賃金は今まで年功賃金で内部労働市場の論理で決まっていたというようなことが言われますが、それは物事の半分で、その残りの半分は春闘で業界相場というものが出来ていたということがあります。市場化の流れというのは、ある意味、そういう市場機能が効かなくなったこととも軌を一にしているように思います。ただし、成果主義=目標管理という議論を聞くことが少なくないんですが、目標管理自体は経済学ではなく、心理学のなかの発達心理学的な発想であって、個人の成長を促すものというところがもとです。で、この前、組合の方たちの話を伺っていて感じたのは、目標管理自体が悪いのではなく、忙しい中で、上司(とくに現場)が部下を面接して目標設定と到達確認をする時間がなく、やっているところとそうでないところで、公平性が保てない、という話なんですね。うまくやれば、苦情処理と同じように労使コミュニケーションのツールにもなり得ます。ただ、問題点がそこにあるならば、作っていく傍から技術革新で改訂をしなければならなくなって放棄した職務分析のような、いつか来た道になるのでは、と思っています。

組合の話に戻すと、総評は左派の太田薫を見ていても、ちゃんと戦前の右派・総同盟の伝統を受け継ぎ独自に発展させたんですが、連合はそういう意味ではまったくダメですね。なんでダメなのかは研究する価値があると思いますが。企業別組合ではない視点から、あるいは、それを相対化する視点で、ちゃんと労使関係史を書かないと、本当に日本の組合活動は厳しいなあと思います。
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まだ、7割くらいしか読んでないんですが、この本は本当にすごかった。始めてから5年かかったというけれども、ここまでくるのには大変だったろうなと思います。この本のすごいところはいくつもありますが、根本的にすごい広い領域の文献に目を配っているのに、全然、文章が難しくない。それだけ自家薬籠中のものにしているということでしょう。ただし、私は出てくる登場人物の7割以上を知っているので、それですんなり入ってくるのかもしれません。全く知らない人にはきついかな。

もうひとつ、私が唸ったのは、この構成ですね。時代別に構成されているなかに、時期ごとの人材育成の章が入っているんです。つまり、ざっくり言ってしまえば、そのときそのときの時代のニーズにあわせて、人作りを行って来た、ということがビビットに分かるようになっています。そうして、その背景には、立法府、行政、内閣などの関係が分かっていないと書けないわけです。この本は飯尾潤『日本の統治構造』中公新書、2007年と並んで、日本の政策を研究する人は必読でしょう。といいながら、これを書くまで『日本の統治構造』を忘れてたわけですが・・・。でも、そのかわりにこの清水さんによる書評を見つけました。

この書評を読むと、ああ、こうやって読み込んで、それがこの本を書く下地になっているんだなということもよくわかりますね。普通、ものすごい研究が出ると、その後はみんながあきらめてその分野に手を出さなくなるので、砂漠化するんですが、こういう風に、いい刺激を受けて、さらによい研究を出すというのは理想ですね。

この人材育成という観点で書かれているのは、日本の教育制度を考える上でもとても参考になります。有用の材を作ろうというのがそのスタートだった。そして、より幅広い知識から専門的な勉強を学ばせようと変わってくる。その背景に、藩から中央政府へ人材を流出させよう、そのことを通じてパワーバランスをひっくり返そうという、そういうダイナミズムもはっきり書いてあります。

こういう泥臭い高等教育のあり方とその後の教育制度、とりわけ職業教育と普通教育、公民教育の関係の変遷なんかもしっかり考えていかなければなりません。そのためには、出てるのは知っていて、しんどいので読んでない天野先生の『大學の誕生』(途中まで読みました)と『高等教育の時代』に向き合わないといけないですね。
この時間から何をやってるんだと思いながら、書きます。でも、短めに。

ここのところ、日本の社会政策の歴史をとらえ直そうとしています。今、日本社会政策史をやっているのは日本中でも数人ではないかと思います。玉井金五先生とそのお弟子さんの杉田菜穂さんのお二人くらいです。私はお二人が人間的にはとても好きですが、その研究にはあまり賛成していないことは、ご存知の方はご存知でしょう。なお、玉井先生の研究については最新著作の書評という形で、総括的に検討しました。しかし、全然、これで納得しているわけではありません。

私は以前、「日本における「社会政策」の概念について」という論文を書きました。そこで保安行政と福祉行政の間で往来する行き方を社会政策の中核ととらえています。しかし、それは原理原則であって、実際の社会政策を分析するには、それだけでは足りないのは当然ことです。

社会政策というのは社会のあり方、国家のあり方と関連して来るのであって、その限りでは国家論から自由ではないと思います。そのように考えたとき、まず、課題としてあがってくるのは、シュタインの本格的な勉強をしなくてはなりません。この分野は相当に厚い蓄積があります。私が最高の社会政策学者として尊敬する木村周市朗先生もそうですし、森田勉、柴田隆行などといったすごい方々(ゆえに敬称略)が控えておられます。

シュタインを検討するということは、日本の憲政、行政を全部、引き受けることですから、官僚論ともぶつかります。それでかねてから積ん読であった清水唯一朗『近代日本の官僚』中公新書を読み始めましたが、これもまた、すごい。本当に今は新書ですごい水準の本がバンバン出されてますから、大変な時代ですね。ここからさらに明治憲法を考えることになると、天皇、教育勅語の問題につながり、それは必然的に国家神道の問題になります。そこで島薗進先生の『国家神道と日本人』岩波新書を再訪せねばなりますまい。そうして、これらは当然、教育史、教育行政史を検討する際にも前提になってくるはずです。そう、阿部重孝や持田栄一までの距離はすぐそこです。

そうやって考えてくると、木村先生が構想されたように、行き着くところは福祉国家論なのかなとも思います。ただ、全部やるのは難しいので、外国のものは参照とするだけにとどめたいと思います(もちろん、英語の日本研究は検討して行くつもりですが)。でも、法学と国家学との関係とか、すごい面白そう。あと、自治は絶対に考えなければならないテーマですね。これもまた、最近、よい歴史研究がいっぱい出てるんだよなあ。