ついさっきまでNHK教育の臨床宗教師の番組を見ていました。震災の年、第3回宗教者災害支援連絡会とその後のツイッターで議論したことを思い出しました。というか、あれ以来、ずっと心にひっかかっていたのです。

番組を見て、当時、心配していたことは間違ってなかったという感想と、思っていたよりも大丈夫かなという感想が両方ありました。臨床宗教師というのは、何をする人かというと、簡単に言えば、終末期医療において医者が立ち入れない領域、つまり死について、宗教者がケアをするというのが基本的なコンセプトです。

私はあのとき、古澤さんに近い立場から反対の立場だったんだけれども、今回はしばらくは意外といいかもしれない、という風に思いました。私が反対したのは、そんな確固たる育成法も確立されてないのに時期尚早すぎるということでした。古澤さんは、それに加えて、そうした状況で相手と関わることで、かえって相手を傷つけることになりかねない、ということを心配されていました。まあ、これはケア一般に当てはまることですけどね。

今回、中心に取り上げられていた私と同世代のお坊さんと、ガンを克服したお坊さんのお二人が出ていらっしゃいました。後者は、自分の経験が相対化できていなくて危ないなと思いましたが、それはケア一般レベルで起こる問題なので、まあ、措いておきましょう。私がああそうかと思ったのは、今は宗教者でさえも「死」について確信がないということです。この点は高木慶子さんが仰っていたことと逆でしたが、私はその方がかえってよいと思いました。確信がないということは、謙虚足り得るということだからです。

実際問題、終末期医療に携わって来たベテランのお医者さんの方が、よほど患者とのコミュニケーション能力はすぐれているでしょう。そのことは彼らもよく分かっている。でも、宗教者という立場が人々の安心をどこかで引き出す可能性を知っているから、ちゃんと仲間としてみんなで成長して行こうとする。私はたぶん、上から「死」についてアドバイスできるよりは、一緒に分からない中を悩んでいることこそが、よりいっそう、せめて背実であろうという姿勢を生み、相手との間の距離を少しでも縮めるのではないか、と感じたのです。これが思ったより、よいかもしれない、と思った一点。

他のケアも実際は同じことで、よいケアとは何か、ということは一般論では言えない。あるべきケアラーも、臨床宗教師もないけれども、そこを目指して行くという対象ではあり得る。それでよいのだと思います。

潜在的ニーズ、それから、労働予備軍がたくさんいると言っても、爆発的に拡大ということにはならないと思います。指導者もそんなにたくさんいるわけではないでしょうし。この規模でやっているうちは、個々のケースで個人の力量による問題はあっても、組織が原因としてはまだ大きな問題は起きないような気がします。ただ、これが大きくなって行ったときに、質的な保証はどうするのか、といったような問題は出てくるでしょうね。古澤さんはそういうことを見込んで、反対されていたんだと思いますが。

一番危険なのは、潜在的ニーズがあるがために、少し制度がうまくいっている事例が見え出すと、ニーズが過剰な期待に変わり、現実(臨床宗教師たちのレベルなどの実態)を追い越していってしまうことでしょう。構造はみんな同じで、バランスが重要なんだと思いますが、「死」と「それまでの人生」というもっとも根本的でセンシティブな問題ですから、過剰反応も他以上により一層引き起こしやすそうです。いずれにしても、今後も注目して行きたいです。
スポンサーサイト
「社会的なもの」考察の旅が混迷を極めていて、なぜか黒田俊雄の顕密体制論まで読むことになるという展開を迎えています。それで、いつものように行き詰まったところで、ツイッターでつぶやいたところ、ほんの少し島薗先生とやりとりをさせていただきました。短いやりとりでしたが、面白い論点が詰まっているように思います。一応、「顕密体制とマルクス主義?」にトゥギャっておきました。

レーヴィットの二階建て論は有名で、昔の方はみんな知っていたと思いますが、なんで思い出したかというと、最近読んだ清水正之さんの新著『日本思想全史』の最後のところで、この話が書いてあったんですね。レーヴィットの話は簡単に言えば、日本人は頭で考えている西洋思想と、自分たちの生活様式が乖離していて、まるで二階建てのようで、西洋人から見ると、その間のはしごが外されていて戸惑わざるを得ない、という趣旨だったように思います。まあ、今、原典を確かめてないので不正確かもしれませんが。


日本思想全史 (ちくま新書)日本思想全史 (ちくま新書)
(2014/11/05)
清水 正之

商品詳細を見る


いずれにせよ、この話は結構、示唆的ですよね。島薗先生から市民社会派の丸山真男の名前が出たことは偶然ですが、市民社会派の先生が実際は院生を使い倒した話などはおそらく社会科学系の研究者と付き合いがある方ならば、一度は聞いたことがあるのではないかと思います。まあ、今まではこういう言っていることとやっていることが全然違うという意味で、不誠実の一語で片付けることが出来る現象に、我々はどうしても引きつけられガチだったんですが、このレーヴィットの話って、もっと深いところに根ざしているんだろうなと考え直しています。

一つは、清水さんの日本人の思想選択の発想、これは山本七平もかつて鈴木正三をめぐって考察しました(私の中ではあの『勤勉の哲学』と『洪思翊中将の処刑』がベストだと思います)。そうはいっても、日本人の思想といっても、生活規範が伴うものはわりと実践と思想が一致していたと思います。全国津々浦々に銅像があった二宮尊徳の報徳思想なんかもそれですね。ただ、あれは尊徳自身ではなく、弟子の岡田一族が中興の祖ですが。

話が拡散するので、少しだけ戻しますが、私、このまとめのなかで最後につぶやいた島薗先生のご研究というのはたぶん『精神世界のゆくえ』が念頭にありました(私が読んだのは旧版です)。この本はベースはどちらかと言うと、丸山よりというか、知識社会学的に客観的に書こうとされているんだけれども、島薗先生自身、各種のセミナーに参加して、影響を受けたことは認めてらっしゃるんですね。


精神世界のゆくえ―宗教・近代・霊性精神世界のゆくえ―宗教・近代・霊性
(2007/07)
島薗 進

商品詳細を見る


ここで多分、問題は二つある。一つは、観察者問題。これはたぶん、現象学の影響を受けた新しい社会学(ここではアルマの『新しい社会学のあゆみ』が念頭にあります)とも通底していますね。もともと、19世紀から20世紀にかけての社会学や社会政策は、現状変更を企図する社会改良主義が根強くて、しばしば規範的思想とも結びつきやすかった。それに対して主観からは自由であり得ないにしても、それはとりあえず括弧でくくっておいて、客観的にやろうぜというのがヴェーバーの提案で、それは広く受け入れられたと思います。おそらく、その前提を継承しつつ、方法をつきつめていったら、やっぱり括弧でくくりきれないよね、というところに帰着したのではないでしょうか。

もう一つは、これも認識論という次元では前者と共通するんですが、いわゆる宗教現象になると、これが現実としてあるという前提で議論を進めるのか、ないという前提で議論を進めるのか、中立で進めるのかで立場が異なって来ます。私自身は実在論的な立場ですけれども、実際の議論を進めて行く上はそれとは別ですね。ただ「なし」という前提で進めるのは困難で、あるかもしれないけれども、ないかもしれないという玉串色でいくしかないかなと思っています。まあ、そもそも現象学自体がそもそも現代の科学がよってたつその認識基盤の問い直しという意味があったわけですから、当然ですね。

日本には、思想というより、イデオロギーや運動と結ぶついた一派がかつていて、運動ないし実践と学問の距離をいろんな分野で問題にしていました。でも、これは今、書いて来たことから考えると、だいぶ、表層の話なんですよね。だから、二階建ての思想みたいなものが成立し得る。

そうはいっても、西田幾多郎の純粋経験などは、運動と関係ない次元での、実践(この場合、経験と書いた方が正確でしょうね)と結びついていて、なおかつ現象学やプラグマティズムとも関係が深かったわけで、こういうものを背景に、進めて行く道もあったのではないかと思います。そうならなかったことを考える上での、一つの答えがレーヴィットの議論にあるように思うのです。
宗教学者の葛西賢太さんがfacebookに紹介されていたナタリ・リュカ『セクトの宗教社会学』クセジュ文庫(白水社)、2014年を読む。セクトの理論的な探究なのかなと思ったら、本の中盤以降は、現代の新宗教セクトをめぐる状況をヨーロッパを中心に記述している。そういう意味で、情報的には有益なのだが、同時に物足りない感じがしないでもなかった。

国家や社会のあり方は歴史と土地によって、やはりそれなりに違っていて、セクトもおそらくはそのありようから無関係ではあり得ないんだなというのが感想。ということは、歴史的に見るということは、国家のありようと社会のありよう(それはオーバーラップしているときもあるし、独立であることもある)を押さえておかなければならないんだな、と思った。

現代のカルトと呼ばれるものを取り扱っているせいか、その後、穏当に変化して行く、多分、我々の語感だと結社の考察がもう少しあると良かったな。たとえば、日本の労働組合の起源の一つである友愛会(総同盟)は、今、芝のJAMが入っているビルのところにあったユニテリアンの教会で結団式を迎えた。ウェブ夫妻が描いたイギリスの18世紀末の労働組合もやはり結社的雰囲気を持っていた。

カトリックもそうだし、おそらくは日本でも、江戸時代以来の新興宗教、たとえば天理教や大本にしても、組織がしっかりと近代化したわけで、それこそはヴェーバーが重視して来た古典的な問題で、そのあたりのメカニズムにも踏み込んでいるとなお良かった。

一つ、疑問に思ったのは、カルトはともかく、結社的な組織は必ずしも、カリスマ的なリーダーがいない場合もあると思うんだが、ここはどうしても外せない要件なんだろうか。

いずれにせよ、社会運動などの考察にもとても向いていると思う。
この研究会は藤原千沙さんの発案で、同僚の畠中亨さんと三人で始めたものです。その趣旨は、院生などの若手研究者に発表の場を作って、大学を超えた交流を図るということにあります。私自身は、森先生の弟子として、研究は一人でやるものだということを叩き込まれていて、読書会などそのときは一生懸命やって後に残らない、というようなことを聞いて育って来たので、自分のキャリアの上であまりそういう必要は感じなかったのですが、仲間を作るということは思った以上に大事なことだと思ってやっています。

この夏から初めて既に半年近く経ったのですが、参加しているみんながこの研究会をとても大切に思ってくれていて、とてもよい研究会に育って来ていると感じています。雰囲気も居心地のよい感じなので、大学院生の皆さん、あるいは博士号を取ったばかりくらいの若手のみなさん、ぜひいらしてください。

第5回 大原社会政策研究会
金子良事「日本における企業別組合の起源」
12月3日(水)15:20〜17:20
法政大学多摩キャンパス エッグドーム5階、研修室1、2

私は完全にバッファーで、来年以降、春までは予定が決まっているのですが、12月はポンと空いてしまったので、その埋め草として報告します。

ただし、研究蓄積の薄い分野で研究している院生は、蓄積の深い分野を知りませんので、わりと丁寧に研究史をサーベイするつもりです。労働史の問題関心、方法がどのように変遷して行ったのか。今、どのようなことが問題なのか、といったことです。そういう意味ではレビューが20分くらいかな。

企業別組合の起源については、私の中ではほぼ決着がついています。というのも、一応「工場委員会から産業報国会へ」でおおまかな道筋は付いたなと思っています。

私の中で解き明かさなければならない問題は二つで、一つは「ブルーカラーとホワイトカラーの混合組合の起源はどこか」ということと、もう一つは「事業所別組合ではなく、企業別組合の起源はどこか」ということです。両方の問いは、すべて工場委員会制度に戻って行きます。ただ、あの論文は、私が分かったことを書いただけなので、ちょっと節間の関係なんかが十分に議論されていない嫌いがあります。そこで、その部分を少し丁寧に説明しようと考えています。

とはいえ、もう一つの研究報告とは違って、専門分野の研究ですので、労使関係史、労働史に関心のある方には面白い議論になると思います。また、現状に関心がある方は、研究会でも飲み会でもお話ししましょう。

そして何より、研究に関心があるんだけども、なかなか敷居が高くて、自分一人でやっているという方、ぜひ一緒に研究しましょう。広く門戸は開かれています。
大原社会問題研究所では毎月一回、研究員による研究会を行っています。外部に開かれているものですので、どなたでも参加することが可能です。ただ、基本的には誰か知り合いに、参加する旨を伝えて下さると、みんなびっくりしないので、助かります。

今月の報告、つまり、来週の水曜日に、私が報告します。

15:00から16:30まで
大原社会問題研究所共同会議室
金子良事「近代日本における「社会的なもの」

この二週間くらいずっと、この問題を考えて来たんですが、煮詰まって来て、様々な文献を読み散らかしたあげく、着地点が分からないという状況ですが、この週末、なんとかしたいと思っています。

このテーマ自体は『社会的なもののために』メンバーから研究会で喋ってくれという依頼を受けまして、その試験として選んだのです。ただ、あとで別エントリで書きますが、最近、大原社会政策研究会なるものを仲間たちと初めまして、院生の人たちとも関わるようになってきたので、あんまり途中のいい加減な報告が出来ないということになってきて、よい意味でプレッシャーになっています。

ここで考えたいことは、なぜ社民主義が日本に根付かなかったのかということなのですが、そこのところを掘り下げて考えて行く予定です。今のところ、

1 日本では社会運動と労働運動の離陸期に普通選挙が実現したため、すべてが政治運動と重なったこと
2 西洋に比べて、キリスト教のような強大な宗教が存在しなかったこと。その含意は、カトリックのような財政基盤がなかったこと、社会思想の中核がないということ

といったあたりを考えています。このアイディア自体は前々からあるんですよね。結局、いろんな運動がイデオロギーと党派でとりあえず語られるということがあって、これは抜きがたい宿痾だなと思います。まあ、でも、ここらあたりのことはほとんど話さないかもしれません。

勉強自体は、農村社会学や都市社会学、ナショナリズム研究なんかを視野に入れて進めて来たんだけど、それもどういう風に絡めるかよく分かんないんだよなあ。でも、日本では近代化の過程で政治運動がまず一番にあったということは動かしがたい。その次に労働運動があり、これは政治とは違う文脈。だけど、その二つが普通選挙で交叉する。そこから迷走が始まるのかな。いずれにせよ、国制も含めて考えなきゃならない。

というわけで、こちらの研究報告はお勧めしません。
大学と高校までの違いは何か、というと、高校は先生が就職にせよ、進学にせよ、すべてのアドバイザーであるわけですが、大学はキャリア・センター、昔風に言えば、就職課がこの問題に対処します。ということは、従来のアカデミックな教育とは別枠でこういうものが発展して来ます。みんなが大きな勘違いに陥るのは、労働や教育などを専門にする学者が実際には学内でこうした改革に参加して、その参加者が専門的に発言されるので、あたかも先生だけが主導でやっているかのような形に見えてしまうわけです。しかし、実際は職員やキャリア・カウンセラー、とりわけそのためだけに採用された企業の人事出身者などが大きな役割を果たしています。その際、もっとも合理的な方法は、卒業生の進路を参考にしながら、それに適したカリキュラムを組むということです。たとえば、企業の人に来てもらうとか、その業界の企業にインターンシップをお願いするとかです。これは付加的に科目レベルで対応できるわけで、一年からこうしたプログラムを組み込んでいるところもあります。

そもそも、戦前の専門学校(戦後、多くは大学の学部になった)にしても、戦前の大学においても就職問題はあったわけで、それでもそんなに大きな問題にならなかったのは、大学の数が少ない時期はOBのコネなどの縁故もあり、そして、何より今と違って学生の進学ニーズと大学側の入学ニーズの需給バランスが今とは違って、こと入学においては買い手市場だったことがあります。それが少子高齢化によって逆転した。つまり、大学側に変わらざるを得ない環境が整ったということです。

数年前までは卒業生へのケアをしてないという点がキャリア教育の問題として認識されていたと思うのですが、最近は卒業生のキャリアカウンセリングに応じる大学も出て来ています。そして、それは長期的な投資としては悪くないと思います。今までは同窓会頼りだったわけですが、卒業生との間にそういうチャネルを作っておくことは、将来的な寄付にもつながるからです。おそらく、その合理性が理解されれば、先進事例を追従する大学も出てくるでしょう。

多くの人は教育に理想を追い求めますが、経営体としての大学は厳に市場原理にさらされています。市場原理という言葉には、企業体の利益の追求という前提条件がイメージとしてつきまといますから、あえて使わなくても構いませんが、需給圧力が強力にあることは否定しようもありません。何が言いたいのかというと、要するに、社会がメンバーシップ型を変えない以上、大学はそれに合わせる形で改革を行って行くし、それは現在のところも、おそらくしばらくの間も、職業訓練化という方向には行かないだろう、ということです。むしろ、大学の改革はこうした社会を補完する形で進んで行くでしょう。

結局、就職支援とそれに付随するきめ細やかな生活指導は、今や大学のセールス・ポイントになっているわけですが、なにせここ10年ちょっとの間、みんなが手探りで始めて来たことなので、まだ十分に淘汰が行われていないわけです。こういうことをやらなくてもプレステージが高い東大などは、こうした動きは著しく遅かったですし、遅れてやって大して成功しなくても、そんなに問題はないと思います。しかし、そういうものがない大学はダイレクトに入学者数に響き、極端な場合は閉鎖に追い込まれることになるでしょう。

経済学さえも必要のないレベルですが、ときどき、その問題は需要と供給で説明できると言いたくなることがあります。このエントリもゴチャゴチャ、具体的なことが書いてありますが、結局はそういうことですからね。