先日、数年ぶりに孫田良平先生とお会いしてお話ししました(お会いした理由はもう少ししたら、ちゃんとこのブログでもご報告します)。すこし体調を崩されているとお伺いしていたのですが、結構、長い時間、お話しました。そんななかでまた貴重なお話をお伺いしました。孫田先生は佐々木孝男さんとは盟友で、私が佐々木さんのことを『日本の賃金を歴史から考える』のなかで取り上げたことをすごく喜んで下さっているのですが、同時に、生産性基準原理の問題で、私も知らなかったことを教えていただきました。それは、生産性基準原理は熊谷委員会以前にある労働組合が既に労使交渉のなかで使っていたということでした。そして、日経連に生産性基準原理として利用されるときに、実質賃金を名目賃金には変えられてしまったとのことでした。

今、手許にあった労働省編『最新労働用語辞典』(1993年版)の生産性基準原理の項目を改めて調べてみると、さらに59年(1984年)に同盟の研究機関である経済、社会政策研究会が実質国民経済生産性に対しては名目賃金ではなくその年の物価上昇分を差し引いた実質賃金を比較の対象にして考えなくてはならないとする「逆生産性基準原理」を提唱した、とされています。

私は佐々木孝男さんの逆生産性基準原理の論文も読みましたが、あの話は物価が安定しているんだから、むしろ、消費を活発化させるためには賃金を上げた方が良いというのがその趣旨で、つまり、物価の上昇を抑える時期と安定している時期ではマクロ経済政策が変わってくるのは当たり前だというところがポイントだと思っていました。しかし、これが実質か名目かというポイントで議論しているのだとすると、議論の本丸はこちらですね。

これは深い議論ですね(用語辞典として分かりやすいのかという問題は別にありますが)。最近、議論していないから頭の回転が落ちてると言いながら、さらっと一言でポイントを教えて下さる孫田先生。そして、そのポイントを余すことなく短い文章のなかで書いている労働省編の用語辞典。濱口先生いわく、内務省社会局以来の伝統、畏るべしです(ただ、厳密には後藤新平の衛生局まで辿った方がよいんじゃないかという気もしないでもないですが)。
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宇田川先生と四宮先生の編集で『企業家活動からみた日本のものづくり経営史』が刊行されました。


企業家活動からみた日本のものづくり経営史: わが国ものづくり産業の先駆者に学ぶ (法政大学イノベーション・マネジメント研究センター叢書)企業家活動からみた日本のものづくり経営史: わが国ものづくり産業の先駆者に学ぶ (法政大学イノベーション・マネジメント研究センター叢書)
(2015/01/15)
宇田川 勝、四宮 正親 他

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私も「先進的な工場管理と労使関係を完成させた紡績業:富士紡の和田豊治と鐘紡の武藤山治」を書いています。どうしても1919年のILO創立前後でこの二人が日本全体の労使関係が作られて行くプロセスで担った役割を描きたいという思いがあり、やや変則的な書き方になってしまいました。他の章とはちょっと変わっています。

ただ、個人的には改めて、この時期の問題を自分のなかで整理するうえで、よい機会をいただきました。御関心のある方はお手に取ってご覧いただければ、幸いです。
NHK第一ラジオの夕方ホットトークに出演して来ました。三週間くらいはネットで音源が聴けますので、御関心のある方はぜひ、聞いてみて下さい。音源はこちらから24日(水)の放送をクリックして、そこから聴けるようです。

私に取ってはあっという間の時間でしたが、放送は15分ありますので、簡単に内容を紹介します。タイトルが「年功賃金を歴史から考える」になっているのですが、放送自体は「賃上げ、中小企業の賃金をどうやってあげるのか?」という内容になっています。これは解説委員の竹田忠さんとそれこそ本番数分前まで打ち合わせをして、今、まさに一番重要なことは何かを議論するなかで、これで行きましょう、ということになったからです。

放送の最初のポイントは政労使会議をどう評価するかです。まず、労使関係というのは、1919年の国際労働機関ILOが創立されて以来、政労使の三者原則が常識であることを述べ、この会議自体がその枠組みで実施されていることを確認しました。したがって政労使が協力すること自体はおかしいことではありません。ただ、日本の場合、1970年代にオイルショックが起こったときに、本来、政府が物価政策で舵取りをせざるを得ないような状況を、労働組合と財界が協力して収めたことがありました。それで政府は物価政策を実施する必要がなくなりました。そういう経緯があるので、労使に相当の自負があるのでしょう。ただ、ここで賃金交渉を実現させたのは歴史的な成果といってよいでしょう。

私が強調したいポイントは、賃金があがったかどうかよりも、賃金交渉を復活させたということなんです。賃金上昇という意味では、名目賃金はあがったかもしれないけれども、実質賃金は下がっている。だから、その評価軸で議論するとあまり生産的ではないんですね。それよりも、10数年、ちゃんとやられてこなかった賃金交渉を復活させたことの意義が大きいのです。なぜか。賃金交渉をやらなかったということは、組合も人事も、その間、賃金交渉に関する人材を育成できなかったということを意味します。今はギリギリのタイミングだった。もう少ししたら、本当にその仕事を分かっている人が引退してしまうところだったのです(2014年の春闘でもOBは動員されていましたが、OBを呼べる前提条件は呼ぶ側に、どういう技能(ノウハウ)をもったOBが必要かということが分かっている必要があります)。

次に本丸の中小企業をどう考えるかです。私はこの問題を三つに分けて考えています。

1 企業(経営者)の意欲
2 企業の体力、支払い能力
3 賃金ノウハウをもった人材不足

私は2と3の問題を重視しています。なぜなら、意欲があっても、体力がなければ払えないし、きちんとした制度運用が出来なければ、上げるということ自体が出来ないからです。

この第二点については当然、誰もが気がつきます。政労使会議では、二年連続で「取引企業の仕入れ価格の見直し」を明文化しています。この文言を入れさせただけでも相当な成果だと思いますが、実際には、手を打てるところはほとんどないと思います。ですから、この問題はスルー。

第三点は、賃金ノウハウの人材の補強です。これは解決の道があります。しかし、政労使会議ではこの部分をピンポイントでは取り上げていません(後でその理由を書きます)。今年の春闘では、労働組合から各地の労働相談センターに賃上げのやり方をどうすればよいかという相談が寄せられたそうです。もともと、労働相談センターは労政事務所ですから、人事の方がデータその他の面でも相談に来ます。ということは、ここが入り口になっているんだから、ここでなんとかすればいい、というのが私のアイディアです。

ただ、労働相談センターはそもそもここ数年でどんどん縮小させられているんですね。だから、まず、ここに人と予算をつけて、これを核にする。とはいっても、お金をつけただけでは人材が急に出来上がる訳ではないですから、そこに、組合や人事のノウハウをもったOBに手伝ってもらう仕組みを作るということです。労働組合も企業も当然、OBの情報は持っていますから、そこは組織力で人を出してもらう。

ここからはラジオで語れなかった現実的なスケジュールの問題を考えたいと思います。春闘といっても一斉回答にこだわる必要はありません。労働組合側にかつての総評のようなスケジュール戦略は失われているからです。そうなってくると、現実的には春にこだわる必要も現時点ではあまりありません(最終的にはここで統一した方が労使ともにメリットがあると思いますが、それはいずれ書くことにしましょう)。それよりも、むしろ、中小企業などでは決算が確定する6月直前まで回答できない(判断できない)ということがあります。しかし、これは現状ではチャンスです。実際、2月くらいまでは労働組合は春闘で手一杯で新しいことなど出来ません。ですから、少しタイムラグがあった方がよいのです。それまでの間に政府が決断すれば、5月あるいは少し遅れて夏でもいいではないですか、ノウハウだけがボトルネックの企業は賃上げは可能です。

私の実感ですが、60代から70代前半くらいまでの方は問題なくできる方も少なくないと思います。と書くと、かつて現役のときに優秀だった方は、ブランクがあるので自信がないと仰ると思いますが、かえってその方が好都合です。そんなにバリバリの状態で入って行くと、教わる側が気後れてしてしまいますから、話を聞いて、一緒に制度を作って行きましょうという方がよいのではないでしょうか。そのプロセスで徐々に勘は戻ってくると思います。

さて、この第三の点について、政労使会議でまったく認識されていないかと言うと、そこは微妙です。一応、中小企業の人材不足ということは樋口先生がおっしゃっていて、それが全体にも反映されています。ただ、政労使会議でのこの問題の扱いを通じて、二つの次元での問題を指摘することが出来ると思います。まず、第一に、人材不足の話がピンポイントに賃上げの原因に結びついていない。具体的な対応をどうすべきかという次元まで降りて行けていないということです。それではなかなか実効を得るのは難しいでしょう。第二に、政労使会議では人材不足の問題を、まち・ひと・しごと創成本部を中核に結びつけてフォローアップしていくという風に合意文書では提言されていますが、ここに大きな実務上の問題があります。とくに二つめの点は短い時間では十分に語り得なかったので、少し詳しく書きます。

そもそも、政労使会議にしても、まち・ひと・しごと創成会議にしても、重要なトピックを取り上げていますが、数多く取り上げすぎていて、焦点が定まっていない。たとえば、政労使会議ではあまり注目されていませんが、力を入れたのは甘利大臣が中心になった「休み方・働き方改革」のワーキンググループですよ。この問題がワーク・ライフ・バランスと関連するのはすぐに分かります。そして、まち・ひと・しごと創成本部は、根本には地方再生、人口問題への対応があるわけで、この問題と関連すれば、地方の生活のあり方、都市の生活のあり方を考え直すということにも繋がります。その意味では、長期的にすごく重要な問題に取り組んでいると言えます。しかも、それを縦割りではなく、横串で刺したのはすごい。これは縦割り行政に対して自民党の新しい政治主導を見せているとも言えます。

しかし、問題が具体的で、短期で解決できる場合は、従来の官僚組織の方がよい場合もあります。この場合で言えば、労働相談センターないし労政事務所で、課題は賃上げです。どうしても総合性を求めると、時間がかかってしまう。政治家は選挙というタイムリミットがあるので、長期の問題も短期的に対応するのは仕方ないとも言えるのですが、長期の問題と短期の問題は分けて考えた方がよいと思います。そして、少なくとも政権に取ってはマクロ経済政策が一つの肝なんですから、ここは賃上げに集中してもよいタイミングではないかと思います。とくに、消費増税延期は消極的な防衛策的側面があり、積極的な成果が必要になるでしょう。自民党自身もこの部分を十分に武器に出来ていません。

なお、私は基本的に政策研究というものをほとんどしていません。政策史研究はしましたが。それは現実の政策がどうあるべきだという検討にはあまり興味がなく、それが現実に力を及ぼせないならば、ほとんど意味がないと思ってるからです。そういう立場の私がこうして政策提言をしたということは、これが現実的に可能だと考えているからに他なりません。それが何を意味するかと言えば、私自身は実務的なことを行う能力はありませんが、少なくともそれぞれの立場の何人かの人物に話をすれば、彼らには短い説明(3分)で趣旨が伝わり、現実的にどう動くべきか、あるいは自分の所属組織をどう動かせば良いか、ということを理解してもらえるという見通しがあり、そこまでは少なくとも協力してもらえるように説得してきますよ、ということです。

今回は竹田解説委員のリードのおかげで、短い間で言いたいことをほぼすべて言い尽くしました。そして、それ自体は分かりやすかったのではないかと思います。私自身は打ち合わせの途中で竹田さんがおっしゃっていた意見とそれをめぐるやりとりはぜひお伝えしたいと感じたこともあって、そう申し上げもしたのですが、時間を考えたら、そういう展開は難しかったな、賢しらだったなと分かりました。思い起こすと、冷汗三斗です。それに何より、ホスト役に徹するということは、背後にいるリスナーがどう感じ、どう思うかを一方で引き受けながら、相手役の私の主張を余すことなく伝えるように、的確に合いの手と質問をしなければならないんですね。短い時間でしたが、そういうプロの仕事を堪能させていただきました。竹田さん、ありがとうございました。
年功賃金というのは、本当に分かりにくい概念ですね。ですが、大きく分けると、二つのことがあって、それが混同しているというところがある。一つは、日本全体の賃金カーブの話。もう一つは、各企業の賃金制度の話です。問題をややこしくしているのは、かつて日本的経営論というのがあって、それを化粧直しした日本的雇用システム論というのがあります。これは大企業モデルなんだけど、これが日本全体を説明して行ったというところがあります。ただ、それとは別に日本全体の賃金カーブを年功的と説明することは可能なんですね。

秋から政労使会議が始まって、選挙の翌日かなに最後の回をやって、今年の「取組み」が発表されました。率直に言って、ゼンセン逢見会長が素晴らしい仕事をなさいました。ゼンセンは誰が作ったのか分かりませんが、完璧なプレゼンといってよいでしょう。逢見会長の資料はこちらになります。

逢見さんがいっている年功賃金は日本全体の賃金カーブの話ですね。これをマクロ経済政策たるアベノミクスと整合的な形で説得している。そして、それは決して政府に迎合するという形ではなく、労働組合として訴えるべきところはあまねく網羅していると言えます。それは同時に、財界、というよりは会社側への、人材育成を重視したいのにこのままでよいのですかという問題提起でもあります。大きなストーリーは、年功賃金の擁護、成果主義の見直しという文脈に見えなくもない。

ただ、逢見資料のなかで出典としてあげられている生産性本部の調査、これはいただけないですね。一応、概略が公開されています。何がいただけないかというと、「役割・職務」を一緒くたにしていることです。また、その一方で職務遂行能力を切り離している。この調査は、2014年における定期昇給の意味なども全然、分かっていない。

多くの人が誤解しているんですが、年功賃金という言葉の第二番目の意味、つまり、企業内での賃金制度の話をするときに、査定付きの固定給の場合、どうやったって年功的になります。しかも、評価はどうしても甘くなりがちになります。この点についてはいつの時代のどの国でも起こりうることであって、日本が例外ではありません。むしろ、アメリカと比較すると、日本の方が評価を厳しくしていると言われることもあります。おそらく、アメリカでは雇用差別による訴訟リスクが高いためでしょう。いずれにせよ、役割にシフトするということは、成果給や仕事給から、年功給への回帰なんですよ。
NHK第一ラジオの夕方ホットトークという番組に出演することになりました。3回続く「賃金の研究」のラストということで、「年功賃金を歴史から考える」というお話をすることになります。

12月24日(水) 17:30~17:45
NHK第一ラジオ 夕方ホットトーク

政労使会議で安倍首相が年功賃金の見直しを示唆したことがこの問題のきっかけになっていると思います。第一回は私も聞けなかったのですが、今週の月曜日にありました。第2回は明日、日立の改革を取り上げるそうです。私も聞きたいと思っています。政労使会議の中の話を聞く限り、日立の改革は年功賃金の見直しという文脈じゃないようにも思いますが、実際にはどう説明するのか気になるところです。生ものだから、どうなるか分かりませんが、政労使会議ももう既に今年度分は終了してつい先日「取組み」も発表されたので、そのあたりのことも話の展開次第では出てくると思います。私も楽しみです。