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情報労連の機関誌『REPORT』の特集「産業別労組の次なる可能性」にインタビュー記事「産業別最低賃金の可能性」が掲載されました。思いのほか、よい特集になっていたので、ご紹介します。既に濱口先生が紹介されています。

単に書きました、と言わずに、インタビュー記事ですと断ったのは、お題は産別最賃の話をしてくれ、ということだったのですが、わりとあちこち飛びながら一時間くらい話した内容をインタビューされた方が整理されて、それに手を加えて書いたからです。事実上、構成はその彼が考えてくれたのです。

個人的に興味深いなと思ったのは、まったく打合せしてなかったのですが、驚くほど濱口先生の原稿とすごく平仄が合っていましたね。最低賃金の細かい説明は濱口先生の原稿を読んでから、私の原稿を読んでいただけると理解しやすいかなと思います。最賃の中で産業別最賃に焦点を当てるのは珍しいですね。ちなみに、濱口先生がおっしゃる「リアルな政治感覚」と私が最後に書いた「戦略的な提案」はほぼ同じ趣旨です。

篠田先生の原稿が産別と地域を問題にしています。実は私の原稿には最初は入れてくれてあったのですが、他の個所の説明を増やすために削ってしまった話があって、それが産別と地域に関連する変化球的な話でした。今の産別は昔のような単純な単産ではなく、意識的にゼンセンのように多角化しているところもありますが、その産別に所属する人の縁で組織化したりしてそのままそこに所属するというようなケースで違った産業の組合が入る場合もあります。もう思い切って、人の融通などを含めて大手産別同士で連携した方が良いのではないかということを喋っていたのです。中野組織対策局長の原稿の中で、具体的な「組織診断表」の話が出ていますが、各産別でやっているこういう工夫を座談会とかで話したりする企画も読んでみたいなと思います。それも中央じゃなくて、どこか特定地域における各産別支部がどう工夫しているのか、現場と中央の関係ももちろん出てくるとは思いますが、地域色が出てくる感じのやつがいいですね。

なお、産別間連携の論点を深めていくと、そもそも産業をどう括るのかというような、あるいは地域をどこで線引きするのかというような話につながってきて、それは読む人が読めば一発で分かりますが、最低賃金の枠組みそのものの問い直しも含まれるのです。ただ、それにはより大きな、地方自治をどうするのか(道州制を含めて広域自治体)という問題も視野に入れた戦略が必要で、そこまでは今回の特集では求められていないので、現実的に何が出来るかという観点からの話になっています。

しかし、こんなに大枠の話ばかり考えてもダメですね。もっとも、根幹の考察をしているのが津富宏先生の原稿です。ここでは市民運動という立ち位置での就労支援と労働運動との距離が印象深く語られています。

私もこれについての解決策というのは考えたことがあって、それは組合の人がこうした市民活動にボランティアとして参加するということです。実は東日本大震災の後、ボランティア活動が活発になって、結局、これは被災地以外でも同じことが出来ると早い段階で気が付いたので、地域でのボランティア活動に展開できないかということで、ちょうど静岡が予定地でしたが、何人かに相談したことがあります。その頃は私も一年のほとんど東北に行っていたので、実現することも出来なかったのですが、アイディアとしては悪くなかったと思います。

ここでの私のアイディアは津富さんとはまったく逆で、肝は労働組合を労働の専門集団として遇さないということにつきます。まずは一からボランティアとしてスタートする。そうやって活動していくなかで、自分たちの立場や専門性を利用してどういう風な活動ができるのかということを考えていくきっかけにする。実は、労働組合というのは、労働にかかわる本職の仕事以外でも、意外と社会運動をしています。ですから、その候補先として、こういうことを考えるのも別におかしなことではないはずです。そして、私はこうした活動は社会運動としての労働運動の原点を見つめ直す、もっといえば、ともすれば日常の業務が単なるこなすべき仕事になりがちな現在の労働運動再生への希望になり得るだろうと期待しています。

なんで課題の共通化ではなく、まず経験してもらうということを書いたかというと、なかなか専門性の高い相手のスキルや持っている人脈などはよく分からない。そうであれば、本人たちに考えてもらう他ないわけです。もちろん、論理的には逆のパターンもあるわけですが、あまり現実的ではない。これは経済的、人的な余裕の差でもあります。

運動論としては、呉さんの韓国労働運動の原稿は重要で、なかなか示唆に富みます。ただし、これはあくまで労働運動論であり、現役の組合の人が読んで、刺激を受けるという類のもので、韓国に倣って同じようなことが出来るかといえば、それはあまり現実的ではないでしょう。弾圧のなかを戦い抜いてきた強さというのは、逆説的ですが、弾圧なしでは身に付き得ません。そのために、弾圧が重要なのかというのは非常に根本的な問題で、私は実はこの問題についてかつてある左の組合の方に質問を投げかけたことがあります。

曰く、組合運動のなかに労働問題だけでなく、それを超えるものが必要であるという主張は分かった。しかし、今回、平和運動がこれだけ盛り上がったのは明らかに安倍政権になったからで、そういう運動は敵を常に必要とするのではないか。もし、その敵がいない場合、そうした平和運動を組合運動の軸としてよいのか、と。そのときはあまり納得のいく答えは返って来ませんでした。ぜひ、皆さんにも考えていただきたいテーマです。
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社会政策と医療の歴史について考えるために、いくつかの準備作業を行っている。今まで敬遠してきたけれども、とりあえずは後期フーコーの社会医学の議論、それから統治性論あたりが重要だなとあたりをつけて、講義集成と思考集成をのぞいてみた。今のところ、76年以降が重要だなということまでは分かった。

身体を媒介に政治というか、生政治を考えていくのはいいんだけれども、二つの点で留保が必要。一つは、東洋においては統治と身体が結びつく必要は必ずしもなかったということ。修身斉家治国平天下のような思想は必ずしも身体を必要としない。逆に言えば、受肉に見えるように、キリスト教的伝統のなかではもっと古くから「身体」は重要な概念である。それと近世の社会医学的世界とはどう繋がって、断絶するのか、この辺は意識しながら、勉強したい。したいけれども、あまり、私のテーマとは関係ないかもしれない。その理由というのが、ダイレクトに二つ目の留保の論点なんだけど、少なくとも後藤新平はわりと素朴に、社会=身体(有機体論)、病気=社会問題(特に貧困)を受け入れていて、その上に社会政策が作られたという気がしている。キリスト教的伝統をどこまで引き受けているのか、ということは留保せざるを得ないんだけれども、少なくとも社会ないし国家を身体と捉えるメタファーはわりと受け入れられていたように思う。もし、そうであれば、ここはそんなに深掘りする必要はない。

フーコーが二回目の日本訪問の際の感想として、それ自体はありふれたものだが、日本には西洋的な(モダンな)物質文明がある一方、そうではない古い思想が同居しているのが不思議だということを言っている。これは面白い話で、レーヴィットの二階建て思想の話と通底している。私は今までこのことをあまり重視してこなかったが、日本ではある意味で、思想と実践を切り離す、というか、私の感覚では思想をとりあえず括弧に入れておく、というようなことがある気がする。それが古くからよく言われる「日本人は思想してきたのか」みたいな話になる。

社会政策的な観点の医学史としては、なんといっても野村拓の研究をあげなければならない。『国民の医療史』と『20世紀の医療史』は決定的な仕事である。読み物という性格が強いので、細部をどういう風に考えているのかがよく分からないのが難点ではあるが、「労働力」から医療の発展を見ていく基本的なアイディアはそれを補って余りあるほど素晴らしい。フーコーの「社会医学の誕生」とも平仄が合う。そうなってくると、戦争と資本主義、それから医療の展開をどう追うのかが次のポイントになってきそうだ。

私の問題意識としては、社会政策は日本における国民国家の創成と深く関わっていると思うので、そういう意味ではフーコーの議論も示唆的ではあるのだが、ことここからは佐藤成基さんの『国家の社会学』と距離が近いかもしれないと思う。ただ、佐藤さんが言うように70年代以降欧米で発展したような国家の社会学は日本に根付いているとは言えないし、その上、政治思想史が日本においては先行していた側面があると思う。端的に言えば、丸山学派である。これを思想史太郎という揶揄で語るよりも、ある種の実践知への接近という観点、もう少し端的に言えば、運動的側面から見た方がいいかもしれない。それがある意味では、日本における「思想」と「実践」という関わりにおいて、ある役割を果たしていたのだと思う。それが何かは解き明かしているものがあれば、ぜひ読みたいところである。思想、概念から国家への道筋は、もちろん、厳密に言えば違うんだけれども、どこかで構築主義的なアプローチと通底している性格があって、それゆえに(時期的に)先行していた側面も持っていたのではないか。ただ、私としては構築主義と距離を置いた佐藤さんのアプローチが興味深い。だけど、ヨーロッパと日本は違うんだよなあ、本当に。丸山、松下、堀尾をどう考えるかは私にとって一つのテーマだが、まあ、今回の本ではそこは多少、匂わせることはあっても、措いておこう。というか、遠くに行きすぎた。市野川さんの論文を読んだら、少しは戻ってこれるかな。

酒井泰斗さんのバックアップで研究会を開いていただけることになりました。ここから数回の話に関心のある人はぜひ一緒にお付き合いいただければ幸いです。詳しいことは、ここです。どうぞよろしくお願いします。