著者の仁平典宏さんから『市民社会論』をいただきました。ありがとうございます。

濱口さんが既に紹介されていますが、「幅広くシビル・ソサエティをめぐる諸問題を解説している手ごろな本」という評価は私も同意します。これで十分だとは思いませんし、ここに書いてある内容をそのまま信じるという形で勉強するのは、むしろやめておいた方がいいと思いますが、なんといっても幅広い範囲をカバーしているという点において類書がない中では価値のあるものだと言えるでしょう。ざっと一読する必要と価値があるという意味において、必読文献です。端的に言って、持っていると便利ではあると思います。

本書のカバレッジの広さは、「偏り」「バイアス」を避けようという姿勢(編集方針)とも関連しているのでしょう。しかし、その従来の研究とも、著者たちの市民社会論とも関係ない私から見ると、結構、偏ってるよなという印象が拭えないというのも否定しがたいところでした。それから、これを読んでも実務的にインパクトを与えられるようなものはほぼないんじゃないでしょうか。

基本的に、就職していない若手の業績と、それからいただいたものについては厳しく批判しないというのが、このブログの方針なのですが、本書には類書がなく、多くの人が読み、重要な役割を担うだろうということが予想されるので、やや辛めに批評しておきたいと思います。

はじめにに市民社会論は「法学、政治学、経済学、経営学、社会学などの伝統的な学問領域の下位分野」として研究されてきて、実務家が経験にもとづいた市民社会論を展開したために、偏りがあったと書かれています。まず、この認識が正しいかどうかなのですが、一般論としては私も「社会政策」という学際領域をやっているので、従来の学問領域との関係をどうするのかというのは悩ましい問題だなというのはよく分かります。しかし、事実としては戦後の市民社会論は大きく言って戦後革新というグループにおいてわりと横断的に研究されてきたと思います。ですが、その故に偏ってきたということも事実です。そして、その偏りは新自由主義=保守への反撥という意味では、私なんかから見れば、本書においてもリニューアルされて再生産されているなと感じましたし、何なら拡大させているのではないか、という気さえもしました。はじめにの希有壮大な問題意識が実現されているかどうかは疑問ですが、社会運動研究には大きく社会学の社会運動と政治学の新しい社会運動の研究があって、この両者をカバーするという狭い意味においては本書は成功していると思います。

ただ、ざっくり言うと、諸外国の研究の紹介をしながら、それを日本の事例にあてはめるという形式がそもそもあまりうまくないです。これは営業上の関係からも仕方なかったのでしょう。一般論的に言うと、外国の研究ももちろんそれぞれの具体的な事実があって、そこから抽象的なレベルでの理論が議論されるわけです。その文脈こそを我々は知りたいのであって、理論が外国なら、事例もその外国のものをやってくれというのが営業を度外視した読者の一人の私の希望です。この点では、濱口先生は日本のものと、EUのものをきっちり分けられています。私はそういう意味でも『EUの労働法政策』が好ましいのです。

たとえば、ソーシャル・キャピタル論は、普通はコールマンが人的資本批判(発展的な意味で)から始まりますが、この本ではパットナムから始まります。パットナムからでも構わないのですが、それ自体政治学的文脈でもあり、パットナムを通じたアメリカ的な文脈でもあります。パットナム以降の研究動向の紹介もよいのですが、そもそもなんでパットナムの議論が出て来たのかは2段落くらいで説明されても初学者にとってはよかったと思います。私は別に動向だけでもよいのですが。

もう一つは、仁平さんの政治動向の話です。どうもこのところ、仁平さんの新自由主義批判の議論が非常に影響力を持っているようなので、日本における歴史的文脈では別に考えなければならない問題系を指摘しておきたいと思います。いつも言っていますが、この本の中にもたまに出てくる松下圭一先生をどう理解するのかが一つのポイントです。60年代までは社会党構造改革派のブレインでもあり、シビル・ミニマムを通じて市民運動にも深く関わりました。松下先生の敵は大きく分けて二つ。保守、しかし、この場合は自民党よりも背後でそれを支えた旧内務省的なものであり、この時の対立軸は中央か地方かです。実際、松下先生は革新自治体にも影響を与えましたし、その著作は地方公務員によく読まれてきたわけです。もう一つは、社会党内の争いで、主として社会主義協会の太田薫、岩井章、66年までの総評指導部でした。『政治家の人間力江田三郎への手紙』の中の「構造改革論争と《党近代化》 」でははっきり労働運動との立ち位置が書かれています。こういうことを意識しないと、革新と保守のねじれ、なぜ革新の中から60年代初頭に出て来た構造改革が、1990年代後半以降、保守のなかで進展していったのかというような問題を考えることが出来ないでしょうし、脱政治化しないといわれても、どこに向かえばよいか分からないのではないでしょうか。市民運動と政治への接続の問題は現実の活動を飛躍させるために、政治と関わる必要があったという事例の方が分かりやすいと思います。

逆に言えば、日本の文脈を言うのであれば、市民社会論と銘打ってこなくても、その当該分野の研究はそれなりにあるのであって、そういう研究動向および日本社会における歴史的展開を紹介するという形でもよかったと思います。それぞれの章で文字数の制限がある中でみなさん、工夫されているなというのは分かるのですが、それでも外国の理論と日本の文脈のつながりが遠すぎると私は感じました。

その他、個別にはいろいろ不満がありますが、書いていくときりがないので、このあたりにしておきます。ただ、逆に、これはよかったというのを紹介します。

私がバランスがいいなと思ったのは、「第2章 熟議民主主義論―熟議の場としての市民社会―(田村哲樹)」ですね。正直、これを読むまで熟議を胡散臭いなと思っていただけですが、これは学説史整理を通じて主要な論点がよく分かります。今の日本の現状についてはそもそも分量も少ないので、不満が残りますが、それでもお勧めできます。実践的には『日置真世のおいしい地域(まち)づくりのためのレシピ50』の方が良いと思いますが。

それ以外でしたら、

第11章 法制度―市民社会に対する規定力とその変容―(岡本仁宏)
第13章 ローカル・ガバナンス―地域コミュニティと行政―(森裕亮)
第15章 公共サービスと市民社会―準市場を中心に―(後房雄)
第16章 排外主義の台頭―市民社会の負の側面―(樋口直人)

あたりがいいかな。宗教、国際社会におけるNGOを取り上げたのはよいのですが、うーん、お勧めできませんねえ。NGOの方はちょっとどの本(読みやすいサイズでは)を読んだらいいのか分かりませんが、宗教の方は稲場圭信『利他主義と宗教』弘文堂をお勧めします。あと、この本は企業と組合(ないし企業家、組合活動家)に対する理解が浅いのですが、この点は組合については高木郁朗先生の『共助と連帯』の増補改訂版が去年、明石書店から出ましたのでそれを読むといいと思います。企業の方はいいのがないですねえ。古いのだと山岡義典先生のものとかあるんですけどね。ローカル・ガバナンスはやっぱり町内会にいきなり行かずに、基礎自治体や都道府県庁との関係ももう少し触れて欲しかったです。中央と地方という対立のときの地方はその単位だと思うので。ヘイト文化は、日本では公務員バッシング、組合バッシングくらいからではないかと思うのですが、そのあたりとのつながりももうちょっと知りたかったですね。

ただ、いろいろ言ってきたものの、今までの市民社会論については植村邦彦『市民社会論とは何か』という思想史的文脈でのよい研究、かつよい入門書がありますから(この本でもところどころ引かれています)、その次の段階の基本テキストとしてこの本は申し分ないと思います。私の不満は、技術的なものと、そもそものこの分野に対するものとの二種ですが、いずれにしても、この本を一つの水準として、どんどん競合する本が出てきて欲しいと思います。そう、そういう意味ではメルクマールになるようなレベルの本として推薦します。
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濱口先生から『EUの労働法政策』をいただきました。ありがとうございます。

おそらく、労働法関連からのコメントはそのうち、どこかで紹介されると思いますので、私は違った観点からこの本をお勧めしたいと思います。この本は、タイトル通り、EUにおける労働法の概説であるわけですが、その前提としてEUにおける社会政策(ソーシャル・ポリシー)を丁寧に説明しています。この点から今日は特にお勧めしたいのです。

日本では、社会政策研究の中で労働、とりわけ労使関係を重視したグループと、社会保障グループというのがきれいに分かれています。前者が作ったのが日本労働協会であり、後者は後に社会保障研究所を作ることになります。別に、そこを対立的に捉える必要はないのですが、労働政策と社会保障を含めた社会福祉政策が社会政策と言われながら、なかなかこれらを概観するよいテキストは今の日本では見当たりません。というか、通常、研究所としてはJILPTと社人研はすみ分けています。ただ、他の国というか地域のことを知るためには労働時間規制をどうしているかという細かい問題も必要ですが、その背景として、まさにヨーロッパのソーシャルという感覚が何かを理解する必要で、そのどちらが欠けてもいけません。そういう意味で、この本は非常に重要です。ソーシャルは2000年代以降、何人かの学者の努力によって、再評価を受けるに至りました。ただ、その紹介者の多くは実務というよりはやや思想に重きを置いているように思います。それはそれで価値があるのですが、実務的な意味で、社会を変えていこうと考えている人にはぜひこういう本こそ読んで欲しい。

日本には厚い入門書という考えがなく、どうしても薄いものから入ります。ですから、いわゆるhandbookという発想がほとんどない。ただ昔からそこのところはみんな考えていて、日本では事典がややそれに代替する役割を果たしている場合があります。事典と名乗らず、単に辞典という場合もあるので、そこは内容を確認しないといけません。『EUの労働法政策』はこの事典的役割を相当程度、果たしていると思います。ですから、全編、読めないと思っても、文字通り備えておくとよい本です。

国際比較的に言えば、今は東アジアが注目されたりしていますが、地域としてのアジアとヨーロッパでは全然違います。ヨーロッパはローマ帝国、キリスト教、ローマ法という統治秩序をかつて経験していますが、アジアにはそれに該当するような共通経験はまったくないと言えるでしょう。モンゴル帝国が広大な土地を支配しても、その後の歴史で別にモンゴル帝国に擬して国家づくりを試みる国はありません。その点、日本を含め、いわゆる西洋国家を模倣して近代国家を作った国にとっても、ヨーロッパという括りは大事で、それを専門としない者にとってはヨーロッパの「ではの守」は大変貴重で、かつ、特定の国民国家でなくヨーロッパ地域全体を射程に収めているというのはさらに希少です。

まあ、しかし、そういう大きな話をすると、なんで労働という狭い範囲なのに、と思われるかもしれません。しかし、世界的にはILOの存在も大きいんですよ。ILOは基本的には第一次世界大戦というヨーロッパの戦争の戦後処理で作られたものですから、国際的な統治の問題に深く関わっています。1927年に世界人口会議が開かれますが、やはりILOの影響ありますからね。そういう意味でも、ヨーロッパの労働法政策から、いろいろ考えるというのは、なかなか有効な手段ではないかなと思います。まあ、ただ、このあたりは私も勉強中なので、もう少し先で考えていきたいと思います。

啓蒙書には啓蒙書の役割があるので、別にそれはそれでよいんですが、出来れば、その中から少数でも『EUの労働法政策』『労働法政策』のような体系的政策理解、『日本の雇用修了』の法社会学的視点などを継承して深めていく人が出てきてほしいなと期待しています。そして、折に触れて言っていますが、そろそろこちらも改定されたので『労働法政策』も新しいものを出してほしいと念を押しておきます。