社会政策の専門家ではない松井さんにこんなことを言っても仕方ないし、それならば、私も所属する社会政策学会、その歴史担当部門である学会小史委員会に期待できるのかといえば、それは・・・多分、無理だろう。そんな気分でこのエントリを書くのは憂鬱である。

松井さんの大河内評価が厳しすぎるのではないか、という意見は山下さんもそうであったし、深い思い入れがない人は多分同じように感じるだろう。たしかに、平賀粛学についての進退については、後に安井琢磨先生が一門が見守るなかわざわざ河合先生の墓前で謝罪、一門に復帰したという話もあり(松井さんの本ではなく、どこかで読んだのだが、ちょっと探せなかった)、江上『河合榮治郎教授』の解説で猪木正道先生もまた、大河内先生について当時の証言を書き記している。大河内先生については隅谷先生もどこかで学生の目から見た戦時期のことを書き、擁護しているが、情報の確度から言って、明らかに猪木先生の方が信用に足る証言である。松井さんはさらに、総長時代に学生との団交に応じなかった態度と重ね合わせ、その人間性を厳しく批判している。危機が訪れたとき、その人の人間性が分かるとよく言われる。その伝で行けば、河合栄治郎は立派であり、大河内一男は立派ではなかったかもしれない。正直に言えば、私も学部生の頃は同じように思っていた。しかし、今はもういいではないか、という気分で一杯である。ある一つの出来事に対する出処進退についての評価は出来ても、その人の全人格を批判するということは歴史家として明らかに越権行為であろう。

松井さんは大河内先生の社会参加について公職追放委員会と世界平和アピール7人委員会をあげているが、そこには悪意を感じざるを得ない。大河内先生の功績という点で言えば、他にも社会保障制度審議会の会長などがある。これは大河内理論などの専門の研究業績とは別の次元の話である(というか、私は大河内理論という形で大河内先生の業績を総括することに非常に不満があるのだが、それはまた別の機会にしよう)。かつて、京都大学法学部ではいわゆる滝川事件の際に裏切った「復帰派」に対し、滝川先生が非難を繰り返された。昔のことを言うのをやめるよう滝川先生に直言し、両派の関係をとりなしたのが外から来た猪木先生であった(猪木正道『私の二十世紀』198頁)。同じように、大河内先生を攻撃することはほとんど意味がないと思う。おそらく、自己弁護したことが許せない、という反応が返ってくるだろうけれども、亡くなってまで非難すべき事柄とも思えない。不幸な断絶はしかし、社会政策学に何の実りをも齎さなかった。今や木村先生が立派であったというだけでいいではないか。大河内先生を批判するくらいならば、猪木先生の回顧録にある河合先生の葬式のときに木村先生が男泣きされ、東畑精一先生が声を掛けられた話を書いてくれればよかったと思う。

正味のところ、社会政策・労働政策分野における学界への貢献という意味では、明らかに大河内先生の方が河合先生より上であった。この比較は戦時期の動向とはまったく関係ない。実は社会政策学会は戦前、1924年に活動を停止している。大きくは時代状況による思想の変遷が原因とされているが、学会が停滞した直接的な要因は、大内兵衛や北澤新次郎ら事務局を担当していた若手の反乱だと私は見ている。河合先生の岳父は金井延先生、すなわち、日本に社会政策を普及させた人物である。大内先生との個人的な関係から言えば、河合先生の方が年下であるにしても、何とかできたのではないかという気がする。河合先生は社会政策学会には積極的にコミットされなかった。なぜ河合栄治郎が社会政策学会にコミットしなかったのか解き明かされない戦前の学会の謎である。これは留学前の話である。他方、大河内先生は戦後、休止した社会政策学会を復活させる原動力となった。すなわち、社会政策本質論争の主役としてである。そして、もう一つ付け加えれば、社会事業本質論争を通じて、初期日本社会福祉学会にも大きな影響を与えた。

もう一点、農商務省を辞める顛末については私はまったく共感しない。なお、「官を辞するに際して」は全集では罵倒部分が消されているが、神戸大学の新聞記事文庫では全文が読めるので、飛んでこの論文名で検索されたい。そもそも河合がアメリカに行って労働問題を勉強したり、帰国して著書を出すことが出来たのは後ろ盾があったからである。このような役所の機構を無視した結果、当然の如く、四條工場課長から睨まれたというのが事の真相である。もちろん、そんな事情は若き理想に燃える官僚には問題にもならなかったであろう。

この当時、農商務省で労働問題のエキスパートは吉野信次である。元来、農商務省の労働行政の切り札は岡実であったが、彼は政府のILO対応役に回されてしまったのである。岡が省内に残っていれば、話は変わったかもしれない。四條さんはたしかに弁護の余地も少ない気もするが、河原田さん(内務省)への批判は明らかに気の毒だ。実際のストライキは労働者側に理があるものもあるし、そうでないものもある。どちらかというと、労働者側に理がある方が多い、というのは実務に携わっていれば、知っていただろう。それを思想という観点から切り捨てるのはあまり説得力がない。

実質上の政策対立は河合対吉野であり、日本の現場で泥臭くやってきた吉野は急激にILOの国際相場(かどうかもわからないが)にあわせるのは無理と判断し、河合は外国で学んできた理想主義に傾いた案を提言したのである(将来的にそうなるにせよ)。河合栄治郎は颯爽として格好良かったかもしれないが、それで労働者の誰一人として救われたわけではない。そして、このときの河合はほぼ東大が決まっていたのである。勇気でもなんでもない。戦時中の闘争と比べるべくもない。今も昔も政策は綺麗ごとではない。ただし、この時期の労働・社会行政については研究が進んでおらず、今後の課題である。ちなみに、労働行政についてはまったく松井さんを責める気はない。むしろ、私を含めて社会政策学徒が隣接分野に参照すべき研究を提供していない事実を恥ずべきだと思う。

実はこの二つの論点の背後にある構造は微妙に似ている。河合は1930年代まで本格的に金井延の研究を研究していなかった。また、河合が明治生まれの愛国者であることは疑いの余地もないが、だからこそ、時代の制約によって日本を軽視しがちであったことは覚えておく必要がある。そして、その傾向は河合自身、後に反省しているのである。
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コメント
書評に同感です
はじめまして。
労働政策研究・研修機構に出入りしているフリーの校正・編集担当者です。

金子先生の書評、読ませていただきました。実は私、関嘉彦先生の早大時代の教え子であり、松井さんとも何回か集会でお会いしたことがございます。河合先生の伝記がこういう形で出たことはうれしかったのですが、読み進めていくうちに、大河内教授について、点が辛すぎるな、という感じはしていました。

特に、戦後の大河内教授について。「放牧主義」は単に指導方法の違いでしょう。イデオロギー・フリーだから、幅のある系譜になったと思うのです。そしてその流れから、小池和男先生が出てくるのだと思います。(隅谷先生については社会思想史という科目の特性もありますが)

それが人格批判におよんでしまっている。第一、大学教育の性格だって、少しずつ変わってきているでしょうし、河合時代のような濃密な関係はかなわないな、と思う学生も多いのではないでしょうか(たしかに人情厚いことは悪いことではありませんが)。

それを学問の不幸の原因がどうのこうのでは、細川隆元・小浜利得時代の「時事放談」のレベルになってしまうのではないか。「君、これはうまいね」「うん。ところで東大はどうだい」「なっとらんよ」というあれです。

悪くいえば、「理想を高く胸に抱く主人公」vs「理想を解せざる敵・小人」というパターンになっているのではないか。小林よしのりの「ゴーマニズム宣言」になってしまう。

同書が、社思研・民社研のいわば正統派から、一歩を踏み出そうとしていることはわかります。体系信仰への丸山批判(「日本の思想」)を汲もうとされたと思うのですよ。

しかし、結論においてそれほど異なっていないのに少し不満だったのです。いかがでしょうか。
2010/02/16(Tue) 01:12 | URL | 藤原正樹 | 【編集
ありがとうございます
ご丁寧なコメントをいただき、ありがとうございます。

正直な心情でいえば、同じように不安定な身分で研究を続けている身としては、松井さんに対して同情の方がどちらかというと先に立ちます。特に、人格をベースにした教養主義を扱うというのは、いろんな意味で難しいでしょう。恒産なければ恒心なしですからね。ただ、一方で藤原さんが仰るような危険はあるわけで、ここが土俵際だとも思います。

大河内先生の幅広い学風については、私は見解を異にして、むしろ、今度の松井さんの本で種は全部、河合先生が撒いたものだったんだなと思いました。特に大河内先生は清水幾太郎や何かと一緒に学生シリーズを書かれますが、その点については、全然別の連中に母屋を乗っ取られた印象です。ただ、仰るとおり、河合先生が実務的なものに評価が低かったのは問題で、そういう意味では、調査研究はこんなに栄えなかったかもしれません。大河内先生は有用な調査はなさりませんでしたが、調査には権力が必要で、大河内先生はそれを上手にお使いになりました(京浜調査など)。

> 同書が、社思研・民社研のいわば正統派から、一歩を踏み出そうとしていることはわかります。体系信仰への丸山批判(「日本の思想」)を汲もうとされたと思うのですよ。

一歩踏み出すより、再生させたいんでしょう。この閉塞状況を何とかしたいという心意気はたしかに感じました。松井さんに丸山批判の意図があるのかどうかよく分かりませんが、丸山批判は別にもう必要ないんじゃないですか。私は昨日、竹内洋先生の本を読んで、そう思いました。これで十分、やり尽くされました。
2010/02/16(Tue) 10:41 | URL | 金子良事 | 【編集
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