私の大学院最後の年に東大に内地留学していた時里さんから論文をいただいた。筑紫女学園の紀要に書かれたもので、お話を伺っていた通り、企業内福祉のことを扱われている。時里さんは本来、メチャクチャ手堅いプロの考証史家であるけれども、今回の論文はおそらく、頭を整理するという意味で、一区切りとして書かれたものだなと感じた。ただ残念ながらまだ道半ばで、十分とはいえない。

といっても、これは対象そのものが難しい。企業福祉はとにかく難しい。私も学部生の頃から興味を持って、そんなものはなくてもいいといわれながら、結局、博士論文にも入れたが、十分、考えが詰められたかと問われれば、お恥ずかしい限りである。だから、とても同情する。時里さんが企業福祉の語義の変遷から検討せざるを得なかった必然性も私にはよく分かる。よく分かるけれども、おそらく、誰も理解してくれないだろうということもよく知っている(笑)。

今、社会政策は労働政策と社会福祉政策の両輪が必要だということが言われているが、企業内福祉こそこの二つを繋ぐミッシングリンクだと思う。そういえば最近、誰かがそのことを指摘されていたような気もするが、忘れてしまった。誰だったかな。

ところで、この論文は事実発掘的な部分は少ないが、それでも重要な発見がある。それは職員の娯楽施設からの影響で労働者用の施設も作られた、と指摘されている点である。実は私の論証は職員の複利施設の位置づけが弱い。あるのは知っていたし、重要だとも思うが、紡績は優先順位として職工が先であったので、ほとんど紹介しなかった。紡績は女工が寄宿舎で暮らしていたため、生活規律問題が割と早くから重要な課題になっていたから、このあたりは社会政策ともフィットしやすい。しかし、歴史的事実としては時里さんの指摘されている、職員の娯楽施設の存在とどう考えていくかは、非常に重要なテーマだろうと思う。これはこの次、議論する日までの宿題にしよう。
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