遅まきながら竹内先生の丸山論を読んだ。素晴らしい本だった。私は正直、戦後の教養主義の洗礼を受けた、竹内先生のあとがきの言葉でいう大衆エリート、それから学生運動の人たちとの距離感がよく分からない。ただ、この本を読んで、一つのヒントは何となくもらったなという気がしている。

『教養主義の没落』もそうだが、この本でも竹内先生の原体験がいたるところで、語られている。実はこの事実は非常に重要な意味を持っている。明治以来の教養主義は、姿かたちはいろいろと変化させてきても、実践という性格を色濃く継承してきた。それはあるときは西田幾多郎に見られるような座禅であったり、また、あるときはマルクスの影響を受けた各種の運動であったりした。つまり、客観的に教養主義を語るということは、教養主義者であることを放棄するに等しいのである。そういう意味では、竹内先生の姿勢は真に教養主義的である。

もう一つ、この本における竹内先生の真骨頂は、あとがきでさらっと書かれた「若い世代の読者のためにも、分かりやすい論述を心がけた」というところにある。なぜか?

実は223ページから3ページにわたって竹内先生は世代境界闘争を論じている。丸山が旧自由主義者と自らを断絶させたように、吉本隆明は花田清輝や丸山真男と自らの世代をくっきりと区切った。そういうことが明快に論じられているのだ。私から見ると、二度の大戦を通じて世界的な大変動の中で、どこか旧世代との連続性を否定する必然性があったように思える。しかし、竹内先生自身は違う。徹底的に丸山を分析し、その欠点ももちろん把握した上で、そうならざるを得なかった時代の必然性等を多面的に提示する。そして、その方法は丸山真男から初めて学んだ知識社会学の手法なのだ。批判的継承である。次の(次の?)世代の我々にとっては一つの見本である。

だが、個人的にはやっぱり合わない。親子ほどの世代差があるというのも大きな理由だが、やはり私は人格形成という面では完全に法政なので、エリート感覚がどうも合わない気がする。ちなみに、どうでもいいが、私は本当に竹内先生の娘さんと同学年である。

ここで論じたことと関係ないが、丸山真男を考える上での補助線として鈴木直『輸入学問の功罪』ちくま新書も参考になるかもしれない。どっちもAmazonの書評がよいので、リンクを貼っときます。

丸山眞男の時代―大学・知識人・ジャーナリズム (中公新書)丸山眞男の時代―大学・知識人・ジャーナリズム (中公新書)
(2005/11)
竹内 洋

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輸入学問の功罪―この翻訳わかりますか? (ちくま新書)輸入学問の功罪―この翻訳わかりますか? (ちくま新書)
(2007/01)
鈴木 直

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