どうも「研究計画」を書こうと思って、あまりまとまらないので、理論科研まわりで考えていることを少し吐き出しておこうと思う。

まず、前エントリで捩れは最近のことではないかと書いたので、もう少し補足しておく。私がここで書いたのは、あくまで左派理論の継承の失敗である。が、おそらく問うべきなのは、それを導いた現実(というのも怪しい言葉だが)の変動の方だろう。中教審について言えば、やはり1970年代は一つの転換点である。矢野眞和は四六答申を「高度成長期に作成された最後の優れた答申である」と書いている(教育社会の設計、63頁)。一つはオイルショックによって高度成長がストップするという経済的な変動も重要だが、やはり森戸という大物の退場が考えられている以上に大きいのではないか。経営史の中では、優秀な経営者が何かを成し遂げた場合、その立場がそれを可能にしたのか、あるいはその人物の個性がそれを可能にしたのか、という議論がなされる。後者である場合、往々にして一般性の高い議論にはならないので、前者が好まれやすい。同じような傾向があるのかないのか分からないが、私は森戸の人物をこの場合、重視する必要があるように考えている。しかも、森戸は世代交代の最後であったのではないだろうか。

四六答申の中で、私が注目しているのは、コースの多様化とコースの転換を容易にし、さまざまなコースからの進学の機会を確保すること、という主張である。説明を聞こう。

高等学校では、生徒の能力・適性・希望などの幅広い多様性に応じて効果的に教育を行うためいろいろな問題をかかえているが、とくに多数の者が履修する普通科では、学習の進行と志望の明確化に応じて多様なコースを選択履修させる方法を検討すべきである。この場合、個人の可能性や志望を固定的なものと考えず、適当な時期にコースを転換する道も開いておかなければならない。また、それらのコースや職業科から進学できる道を確保するため、高等教育のがわでも、それらのコースや学科と接続してより高度の教育を授ける機会を用意するとともに、入学者の選抜方法もそれにふさわしいものに改める必要がある。

なぜ、これが重要かといえば、まず普通教育と職業教育の差別がない。この点で特に注目して欲しいのはここで語られる「個性」が「個性そのものを伸ばす教育」ではない点である。あえて「個性」に焦点を当ててデフォルメすれば、あるコースを実際に受けてみたら、各人の「個性」に応じて、合う合わないが出てくるんだから、合わないと分かったときに、フレキシブルに移動できるようにしようということである。まことに親切な制度である。ちなみに、コース別人事を論じる際、こういう制度設計はおそらくかなり可能性で提案される。近年では公務員改革のところで論じられたことがあったはず(あまり自信なし)。

第二の教育改革の時点で「教育の機会均等」を定めるとき、戦前の学校体系が複線型で、一方の学校に進学すると、それより上級の学校に上がれず、袋小路のような種類の学校があったため、これを是正することが課題となっていた(杉原誠四郎「教育基本法」119)。つまり、こうしたコース間の融通性は教育基本法の考え方の延長線上にある。

どうでもいいが、杉原さんの名前が出たついでだから書いておくと、私は左右の思想的立場という価値判断によって学者の研究のよしあしを評価しない(もちろん、そういう傾向がある研究という判定はする)。杉原先生は悪名高い「つくる会」の副会長だが、外野から見てると、どちらの陣営にも本物と偽者が混在している(ように私には見える)。もとより、私と学問的議論をしようとする人の中に「つくる会」の副会長だからと言って、内容を精査せずに杉原さんの業績を否定する人はいないと思うが、念のために書いておく。ちなみに、杉原さんの研究はあまりに深く広いので、今、勉強中であるが、とりあえずの勘で書いておくと、彼は欧米であればいわゆるカトリック系保守になっただろうと思われるほど、宗教と法の思想も視野に収めている。

話を戻そう。このブログ上でも相当に、私は職業訓練への不当な差別を排除すべきだとも述べてきたし、佐々木先生の議論を引きながら、職業教育は単純な技能習得(あるいは職業的レリバンス)以上に、そのプログラムの特性から人格教育にも正しく寄与していると述べた。この点については田中萬年先生にもここで取り上げていただいた(ありがとうございます、田中先生)。ちなみに、杉原さんの「教育基本法」に資料提供した人物こそありし日の佐々木輝雄その人である。

何れにせよ、職業訓練(ないし教育)への差別は残り、相互交流はうまく行ってない。が、実際には世間の差別よりも、主管省庁が文部省と労働省(現在は文科省と厚労省)に分かれていることこそが、埋められない大きな溝なのではないかという気がしないでもない。

おそらく、四六答申以降、コースの多様化と個性のセットが切り離されて、個性が一人歩きしていく。そこから先、どうしてそうなったのか、というのは森さんが今、取り組まれている課題になるだろう。

そうこうしているうちに「研究計画」もとりあえず書いた。
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