今週に入ってどうやら、アスペルガー症候群の話に縁があるらしく、職場でも何度か話題になり、そして、濱口さんのブログでも話題になっている。というか、月曜に聞いた話、新書とは聞いてたけど、こんなところでネタ元が分かるとは(驚)。この引用箇所とまったく同じ話でした。

歴史研究者として言うと、濱口さんがご紹介されたお二人は単純に事実をご存じないんだろうなという感じがあるので、念のためにその点について書いておきます。濱口さんが書かれている日本型雇用システムというのはかなり労働研究オリエンテッド、ブルーカラーに傾いた理解による議論です。専門的に言えば、氏原正治郎=兵藤という研究者のルートですね。でも、一般に日本的経営と言われてきた日本企業の特徴はむしろ「熟議による民主主義」なんです。そう、稟議制度です。これは室町時代に遡ることが出来るといわれていますが、真偽のほどはよく分かりません。ただ、気をつけていただきたいのは、稟議制度は全然、ペーパーレスではありません。

また、日本は世界でももっとも徹底的に職務分析をやった国の一つです。少なくとも、1910年代にあそこまで徹底して時間・動作研究をやったのは日本の紡績以外になかった。それから、戦後は自動車や鉄鋼でもやられますね。でも、中小企業ではあまりやられていない。その点は昔から問題視されてきたけれども、測定コストなどを考えたら、規模の経済が効かないとペイしないんですよね。この点はよくよく知っておいて欲しいところです。

その一方で「日本では空気が物事を決めていく」というのは亡くなった山本七平さんの有名な議論です。丸山真男の無責任体制論を一歩深めた議論です。山本さんは日本では文章で書いてあっても信用しない、実際、企業には定款があるけれども、従業員の中にそれを読んだことのある人はいない、そういう印象的な書き出しから始めます。これ自体は今から見るとレトリックだと思うけど、山本七平の著作は今でも考える価値のあるものが多いと思います。ただし、誤解のないように言っておきますと、アメリカでも紙に書いたもの以外で物事が決まることはあるんですよ。ビハインド・ザ・カーテンというやつですね。それにプロテスタントの山本さんの議論の有名なものに、西洋では聖書を文字通り読むけれども、日本では行間を読むというものがあります。後半はたしかにそうかもしれないけど、西洋にもそういう人はいるんじゃない、という気がします。

2000年代に入って、KYなどの言葉に象徴されるように、にわかに「空気」という言葉が再び注目されています。最近、読んだ本の中では藤川大祐『ケータイ世界の子どもたち』講談社現代新書で触れられていた同調圧力という考え方が興味深かったです。集団の中で多くの人の考えや行動に同調させる社会的圧力のことだそうです。ただ、近年の同調圧力と森直人さんが研究されている個性化教育との関連がどの程度あるのか、あるいはないのか、そのあたりも興味深いです。

以上は半分くらい、研究者として見ると、という話です。

それとは別に「熟議による民主主義」という考え方は大事だと思います。これはおそらく、アーノルド・ミンデルの深層民主主義という議論を下敷きにしているんでしょう。ミンデルはMITで物理学を修めた後、ユング研究所で分析心理学を学んでいった人です。彼自身はユングを突き抜けていって、奥さんのエイミーと一緒に世界中を駆け回りながら、プロセス指向心理学というものを開きました。福祉系でこういうことに関心がある方は、ぜひここのワールドワークの話をお読みになるといいでしょう。ただ、科学的思考から離れられなかったり、思想から入りたい方はいきなり入ると間違いなく拒否反応を起こしますので、もう少し回り道をする必要がありそうです。じゃあ、どういう道を行けばいいのかという話になりますが、この話を研究者モードですると長くなるので、それはそのうち(ということにしましょう)。

こんなのばっかりですが。

ケータイ世界の子どもたち (講談社現代新書 1944)ケータイ世界の子どもたち (講談社現代新書 1944)
(2008/05/20)
藤川 大祐

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