土曜、日曜と続けて、社会政策学会に出席してきた。報告の内容そのものよりも、諸先輩方と話をして、改めて研究をしようという気になった。二日とも飲みに行けたのは楽しかった。7月の締切りまでに論文を書くと宣言してしまったので、なんとか頑張ってみよう。

 共通論題は全体の3割くらいは聴く価値があったと思う。橋元さんの非正規従業員の組織化の話は面白かったが、全体のバランスを考えたら、もっと一般組合やら外部との関係をきちっと説明してくれたら、なおよかったと思う。それにしても賃金についての成果主義やら年功賃金などの議論を2009年現在、まだやっているのを聴くとうんざりする。全体的に質問の質は低かったように感じた。

 二日目、後輩の橋本さんの外国人労働者の報告を聞く。質問も出来ればよかったけれども、足を引っ張るだけなのでやめた。司会の上原さんの職安データの性質を踏まえた質問を聞いて、以前、彼自身がマニアックな職安データをとにかく積み上げて迷走した、しかし、馬力ある報告をしていたのを思い出した。5年くらい前かな、懐かしいな。細かいことを理解している自信がないので、内容については書かないけれども、質問者とのやりとりで、いろいろと時間内に説明できなかったことが補足されて、よかったと思う。観客は皆、紳士的だった。

 面白かったのは、猪飼(周平)さんがコーディネートした「健康戦略の転換と包括ケア」。途中から参加したので、最後の二つの報告しか聞けなかったのは残念だ。井上(信宏)さんの研究報告を初めて聞いた。いや、あれはきっと報告ではなく、演説に分類すべきだろう(笑)。
 冗談は措いておいて、井上さんの結論の一つに「高齢者介護が取り組んだ高齢者の生活という価値(QOLクォリティー・オブ・ライフ)を目標とするサービス充足のシステムは、社会政策にどのような新しい側面をもたらしたのか」とあったのだが、どうも「システム」というのがしっくりこない。終わった後、お会いしたので「なんで、ソーシャル・アドミニストレーションじゃなくて、システムじゃなきゃダメなんですか」と聞いてみたら、管理ではなく自由を確保したかったとのことだった。つまり、井上さんのお話をバラフレーズすると、各地域が個別の事情に応じて高齢者介護のあり方を決める裁量の余地、福祉?(QOL?)を自分自身(個人)が決める自由の余地を大事にしたいということかな。私は、一回一回で終わってしまうと、ある程度、繰り返しの経験を規格化できる部分をまた位置からやり直すから、その部分が必要だという意味で、アドミニストレーションがいいんじゃないかな、と思ったのだが、井上さんはその必要を認めた上で、自由度と管理の両方をあわせたものをシステムと呼びたい、という趣旨だったようだ。しかし、後から考えると、アドミニストレーションはコントロール(統制)じゃないから、自由度はあるんだけどな、と思ってみたが、この方面から詰めていっても瑣末な言葉の問題にしかならないから、まぁ、いいだろう。ただ、今から考えてみて、これが福祉社会ではなく、社会「政策」の課題であるならば、システムじゃなくて、やっぱりアドミニストレーションじゃないのかなと思えてきた。政策には、それが見えるかどうかは別にして、やっぱり管理ないし方向付けが伴うような気がする。この記事が井上さんの目に留まったら、議論することにしよう(笑)。

 もう一つの報告は、高知市で展開されている「いきいき百歳体操」と「認知症事業」の当事者(保健師さん)のお話だった。これは圧巻、面白い。「いきいき百歳体操」自体は簡単な筋力体操なのだが、10Mを9秒以上かかって歩いていた97歳のおばあちゃんが、体操をした後は3.4秒くらいで小走りしている映像を見せられると、その効果は説得的だ。こうやって少しずつ説得されていったのだろうという感じだった。参考資料はこのリンク先のPDFファイルを参照ください。
 とにかく住民主体で拡がったということで、たしかに、その意義は決定的に大きい。もちろん、実際、その通りなのだろうが、それにしても仕掛け人が最初にどうやったのかを具体的にどうやったのかもっと知りたい。ただ、これは後で話した方から聞いた意見。昨日はふーんと、思って聞いていたが、書いてみると、たしかに知りたくなってきた。我ながら、頭の回転が遅い。

 午後一の報告は土曜の懇親会のときに明日は来てくれと言われたし、そろそろ付き合いも長くなってきたので出てみたものの、あまりにひどかったので、何を聞いたか書かないことにしよう。多分、同じ場におられた方はほぼ同じ感想を共有しておられると信ずる。

 その後は少し休憩して、学会史小委員会の話を聞いた。両方の報告に質問をしたが、要領を得なかった。質問と直接、関係していないが、司会の菅沼さんとのやりとりを含めた感想としては、冨江(直子)さんは方法的に混乱していると思う。ご自身は社会構築主義の手法で行きたいらしいが、どれだけ現象学を勉強しているか謎だ。言説分析を方法的に詰めるには現象学まで行かなければダメだろう。その勉強をしてもなお難しくて、かつ危うい分野だと思う。ちなみに、引用されていたジンメルは機能主義ないし構造主義のもととなった形式社会学だし、当時の人たちが共有していたらしい社会有機体説の議論は総合社会(科)学の枠組みだ。この三つの方法の間には少なくとも19世紀末と1960年代に二回、学問的方法におけるパラダイム・シフトが起こっている。言説分析は方法論の研究をやらないと、その学問的な性格から迷走しやすいのである。

 玉井先生には、社会学系社会政策と経済学系社会政策を分ける基準は何か、ということと、私は社会学と経済学はそう簡単に分けられないと思うけれども、分ける意味がそもそもあるのか、と聞いてみた。こんなに端的に聞かなかったので、かえってはぐらかされてしまった。これは私が悪かった。玉井先生は私の質問をストライクと仰り、分類は難しかったゆえんを説明された後、一応、経済学系とは労資関係、社会学系とはそれ以外、という分け方という結論を話された。もちろん、清水先生のいう作法を拳拳服膺していた私は、マルサスの人口論やマルクスの人口論は経済学じゃないんですか、とは聞かなかった。しかし、聞いても何も変わらなかったような気がする。おそらく、清水先生の文章は素晴らしいレトリックだというのが正しい理解なんだろう。危ない、騙されるところだった。

 佐口先生の質問も面白かったが、どうも噛み合わなかったようだ。佐口先生の質問は、我々東大の近くにいた人間から見ると、1950年代にはアメリカ流(あれ?イギリスじゃなくて、アメリカっていったような)労使関係が入り、大河内理論の影響は完全になくなっていたのに、大河内さんが中心にいたという理解に違和感を覚える、大河内さんの議論に添って議論したらどうなるのか?というものだった。玉井先生はその発言を重要だと仰ったが、実は佐口先生の真意を寸託した勇み足だ(佐口先生もみなまで言わなかったと思う)。本当は日本の社会政策の歴史研究をライフワークとしたのは池田信先生だけであり、池田先生は大河内社会政策論の枠を守り、それが社会政策史のスタンダードだと思われてきた、と応えてしまえばそれで終わりだったのに。もっとも、私がその前の社会学と経済学に分離できるのかと質問したときに、大河内社会政策論を経済政策と理解するのは、生産力説という限りで言えば、いいかもしれないけれども、ウェバーの理念型やマルクスの資本制社会の考え方を社会学から切り離して、経済学だと言っていいのですか、というような趣旨のことをゴチャゴチャいっていた。武川先生の論文の時期区分も意味不明だが、それを引用する人がいるとはまったくの想像を超えた出来事だった。ぜひ、武川先生と相談してもらって、次はしっかりとした答えを聞きたい。しかし、相談するってどういうことなんだろう?

 なお、玉井先生と杉田さんのご報告は紀要論文を圧縮して、追加したものとのことだったので、リンクを貼っておく。もちろん、フルペーパーよりこっちがよい。ちなみに、私には指導教官が学説史、学生が実証を担当するという分業が成立すること自体が驚きだった。杉田さんの屈託のない笑顔はその点にほとんど迷いがないかのごとく明るいので、多分、私が東大経済という狭い中にいたために、偏った常識を持っているのだろう。世の中は広い。やっぱり、学会は文字だけでは分からないことを勉強できる場だ。

 それから、プロフィールは照れくさいので書きませんけど、私は1978年11月12日生まれです。聞いてくださって構わないですよ(笑)。
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