昨日、予習したスミスの読書会に出てきました。なんというか、ものすごい会でした。2時間ほどみな喋りたいことを喋って、1時間ほどは少し反省して(?)次回以降の方向を考えたという感じでしょうか。規範理論班から宮寺先生、現代社会班からイギリス史の岩下さんを加え、さらに稲葉さんも参戦されました。歴史班では私が好き勝手に喋り過ぎた感は否めず、あまり反省していませんが、反省が必要かもしれません。

実況中継的に言えば、森さんと吉田さんがレジュメに沿ってお話されて、その後はフリーディスカッションでした。その場でもその後も言わなかったですが、吉田さんがスミスを評価するときに「すごい作業量」という点に触れていたのを聞いて、やっぱり歴史の人は分野が違っても同じなんだなと感じました。まず信用するか否かは作業量(笑)。それにしても、誰もが実況中継を諦めるほど、話が拡散しました。収拾させる気もなかったというところでしょうか。

理論科研全体のことを考えると、宮寺先生が規範班からいらして、様々な議論を振ってくださったのは大変、有難かったと思います。先生からは、思想をやっていると現代思想から直輸入で現在の社会構想を考える傾向があるけれども、徳川時代から現在に続いている日本的な固有性は何かという問題提起がありました。これはスミスの権利論の日英米比較を受けての話です。そこから、そもそも大陸法と英米法は違うし、英米だけでいいのかというような議論を私が出したら、それを受けて稲葉さんからアメリカはコンスティチューション・ローを最初に作ったし、いろいろな意味で特別という話を出されました。それにしても、イロコイの話を出したとき、打てば響くように返されたのには驚きました。でも、おそらくイロコイの話は他の人があまり議論していないので、多分、色物ではない、まともな研究ではありそうだけれども、稲葉さんも私もまだちょっとどう捉えてよいのかすわりが悪いという感じでしょうか。

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(2006/01)
Jr.,ドナルド・A. グリンデブルース・E. ジョハンセン

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岩下さんからスミスはE・P・トムソン批判を念頭においているが、トムソンの初期工場の時代に労働者階級が出来たという話は今は見直されてきているというご指摘がありました。どういう風に見直されているかといえば、それは一部の労働貴族みたいな話ではないか、という感じだそうです(うろ覚えですみません)。実証的な作業としては、組織のコアになる部分を扱っているけれども、それで全体が見えるのかという問題は残っている、と私も話しました。この点に関連してもう一つ、宮寺先生から出された問題で重要なのは、面白いエピソードが綴られているけれども、これは本当に繋がっているのか、ということでした。この点は稲葉さんが、経済史等の研究成果をお話されて、そういうバックグラウンドがあれば、繋げて読むことは可能だというフォローをされました。ただし、宮寺先生の批判は社会史研究の本質的な問題を突いています。

我々歴史の人間がその研究を信用するか否かは、作業の量と質、のような気がします。はっきりいえば、考証レベルの工夫などはいくらでもあり得るのですが、それ以前に前提として、誠実に作業しているかどうかをやはり歴史を勉強した人間は見ると思います。その基準で行けば、少なくともスミスの研究に文句はありません。にもかかわらず、話が大きいだけにアナザーストーリーもあり得たのではないか、という疑問は出てきます。そこで完全に不毛な議論にしないために、とりあえずの足場を確保しておくという必要があるのですが、その一つの方法が稲葉さんのフォローと見ることも出来るでしょう。私個人は歴史には断絶と連続の両側面があって、先行研究の立ち位置によって、強調の度合いが変わってこざるを得ない、と考えています。

教育と労働の肌合いの差、というのは、細かいところでお互いに感じることが出来たような気もします。稲葉さんや私からすると、戦時労働から戦後への歴史はまだ信頼できる通史と呼べるようなものが出されていない、というのは常識です。が、教育社会学の歴史の方ではとりあえずの説明が出来ている?そうです。この点はカルチャーショックだったようです。私には、教育は労働と違って、ひとつの制度を変更すると、その影響がすごい大きい、というような話が印象的でした。宮寺先生の小学校体験のお話も面白かった(笑)。

そうそう、大正期というのは、労働の世界では戦争の影響で組合の発言権が強くなり、それによって様々なことが変わっていく大変革期であるわけですが、その一方で教育分野でも新教育運動(大正自由教育運動)が起こってくる。で、宮寺先生はデューイ来日、日本を諦め、中国に渡っていった、そんな話を紹介され、それと日本の西洋概念の受容過程との関係を問題提起されたんですが、結局、そこは詰められなかった。また、この時代をどう捉えるか、ということも議論が不十分でしたね。仕方ないけど、話が大きすぎるので。

そういえば、中西先生の影響力の話を少し稲葉さんと議論しましたが、小谷さんのお名前を出し忘れ、したがって、必然的に「レールム・ノヴァールム」の存在もすっかり忘れてました。日本の道徳問題を考える際に、西洋を比較軸として出すならば、これを忘れてはなりませんでしたが、何をボーっとしていたんだろう。

書き忘れたことも多いかもしれませんが、とりあえず、このあたりで。ちなみに、私から出した問題提起はあげてません。当たり前ですが、私の中で新鮮味がないからです。さて、次回はいよいよ戦後の教育社会学、清水義弘に入っていきます。どうなるか乞うご期待。
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