理論科研歴史班の内輪ネタです。どうも森班長を中心として稲葉さんまで巻き込んでちょっとした佐々木輝雄(ないし田中萬年先生)ブームが起きています。そもそも、佐々木輝雄に注目すべきだと言い出したのも、大沢『イギリス社会政策史』と比べて格が違いすぎると言ったのも私なんで、その責任の一端は間違いなくあるわけですが、ここは歴史班の現状を考えて「まあ待て」と言いたいと思います。

火曜日と水曜日に教育史関係の本を図書館で少し漁ってきたんですが、大田堯編『戦後日本教育史』をスタンダードに持ってくるのは間違いで、それを言うなら『日本近代教育百年史』ではないかと今のところ思っています。加えて、戦後については『講座戦後日本の教育改革』全10巻を外すわけにはいかない(ただ、海後先生はアメリカ側の資料を使っていないので、80年代以降の研究で補う必要があります)。私の見るところ、やはり戦後の近代(を対象としたという意味)教育史学を構築したのは海後宗臣であって、海後グループはとにかく斬新な研究を世に送り出してきた。教育勅語、井上毅、臨時教育会議、そして戦後の教育改革。どれも必読でしょう。

これから個別の研究はじっくり読んで行こうと思っていますが、海後グループの問題意識はやはりフォーマルな組織、たとえば教育行政に焦点が当たっていたように思います。そこには、明治以降の政府が教育に対して圧倒的に影響を与えてきたという史実(ないし研究対象の性格)から来る必然性と、しかし、だからこそ、そうした枠組みに(半ば以上意図的に)縛られてしまうという限界も存在していたように感じています。その間隙を縫って出てきたのが、左翼グループで、ありていにいえば、左翼的にしか社会を語るすべを持っていなかったとも言えます。そうなった歴史的文脈は考える必要があるでしょう。特に社会科学全体、それから歴史学の流行というか傾向と言いましょうか、それは当然押さえておくべきでしょう。

そして、もし堀尾輝久を読むならば、『講座戦後日本の教育改革』の第二巻を亡くなった勝田の代わりに共著で書いていますし、大田堯編の件の本も第4章を執筆しているので、そういう歴史認識、あるいは歴史研究が彼の理論とどのように結びついているのか、といったところまで掘り下げれば、もう文句なく我々歴史班が取り上げる意味を主張できると思います。たとえば労働運動の観点からみると、なぜ国民運動なのか?とかですね。国家的統制を嫌った総評は不思議なことに、春闘にせよ、教育運動にせよ、国民○○が大好きでした。彼らは連合の設立とともに歴史の中心から退場するわけですが、後世の我々から見ると、そういう国民○○という誇大妄想的呼びかけ自体が謎であり、歴史の研究対象であるように思います。その中で国民教育運動を捉えてみる。もちろん、教育学部関係者からはもっと教育史や教育社会学に内在的な形での問題提起を期待しています。何れにせよ、このような試みは理論科研全体の目的である理論と歴史の対話にも近づいていくはずです。今回の清水義弘もやはり、伏線としては1970年代の転換を考えるという話があり、それにおそらく関わったであろう人物として注目すべきだという問題意識がある程度、共有されていたと思いますので、やはり課題を示す以上は何らかのそういう問題意識を提示して欲しいところです。

ところで、前にも書きましたが、海後先生は日本における教育社会学の父でもあります。事実、おそらくは最初の講座教育社会学の共編者にもなっています。そうすると、教育史の中に教育社会学的な発想がなかったというのはどうも本当かいなと私は極めて怪しんでいます。少なくとも然るべき人はその重要性を認識していたんじゃないでしょうか。たとえば、『講座日本教育史』の中で寺崎先生は社会史の重要性、それから教育社会学的アプローチが必要だということを述べています。だから、あえて戯画的にいいますと、つまらない先行世代への対抗意識でブルデューをコピペしている場合ではなく、教育史のこういう問題意識と接合すればよかったのではないかと、傍から見ていると、とても強く感じました。

率直に言うと、今の全体の議論レベルを聞いている限りでは、現段階で職業教育に入り込んでも失敗するだろうという見通しを持っています。佐々木先生のような巨人に対するには何らかの足がかりがなくては無理です。残念ながら、それがあるとはとても思えない。専門を異にした研究交流をする場合、教育関連の研究者には最低限、教育史全体の中での(学校をベースにした)産業教育史をどう位置づけるかについて自分なりの見解を持っていることを期待します。そうした認識がベースにあれば、佐々木先生がやったように組合の労働者教育の話やその他のことも俯瞰することが出来るでしょう。逆に言うと、それがなければ、一緒に職業教育の文献を読むメリットをほとんど感じられません。私自身は明治以来の社会厚生行政の大まかな流れ、それから労働運動の流れといったところが頭に入ってますので、それを参照枠として提供できるだろうと思っています。でも、正直にいえば、そうした接近方法をいくら考えても、まだ私には佐々木先生を読み切る自信はありません。いずれにせよ、我々は不勉強な院生が「こんな機会でもないと読まないから読書会をやろう」的残念な研究会をやっているわけではないので、そろそろそれぞれの強みを出していってもよいのではと思っています。

私の考えるところ、森班長のように新たにパースペクティブを描いてみて、それについてみんながいろいろ質問をしたりして、議論を温めてみるか、あるいは従来の研究史の文脈の意義と限界を徹底的に読み込むか、道は二つしかないんじゃないでしょうか。いずれにせよ、一度、いかにも教育史ないし教育学といったところと対峙すべき時期も来ているように思います。そういうところをくぐってから佐々木輝雄に戻っていく方がよいように感じています。
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