濱口先生は最後の段落で微妙に誤解されている。そこにジェネレーションギャップを感じた(笑)。私の場合、忘れているのではなく、そもそも知らない。1978年生まれなので。私にとっては1960年代も明治時代も同じく歴史の中の出来事。もちろん、それは今と関係ないという意味ではないが。ま、何れにせよそんなことはどうでもよい。

最近の我々は職業訓練がひどい扱いを受けてきたということに重心を掛け過ぎてきた。1970年以降はあらゆる段階の学校教育もほとんど褒められたことがない。メインストリームであったが故にそのバッシングの浴び方も職業訓練よりもひどかったかもしれない(ただし、無視されるよりはいい、といつ考え方も成立する)。このことを一応、念頭に置いておいた方がよい。

このあたりのことを考えていくと、おそらく実業教育と職業訓練の関係を整理する必要があるように思える。私は大企業時代というより、今も昔も日本は中小企業が大半なので、むしろ普通教育全盛になったのはなぜか、あるいは大企業時代と錯覚したのは何か(二重構造論の煽りもあったような気がするが)という観点から考えていく必要があるように思う。

熟練工を作ろうという実業教育の系譜は、遥か明治時代には東京職工学校や工手学校がある。これが東工大へと転換するのは一つには大正時代だが、こういうニーズがまったくなくなったわけではない。たしかに、公的職業訓練の福祉的役割はあるのだが、それとは別に熟練工を作るという役割も担っていた。その意味で私も熟練工を作っている時代にはまだ経済成長を支えていたという意識を持てただろうという趣旨のことを書いた。企業は一貫して1960年代まで職業教育に期待していた。これに抵抗したのは教育学者を筆頭として、現場の普通教育に携わる教師たち、生徒の親などである。そうした現象はかなりの部分、教育社会学的に説明がつく。

ということで、ここから班長の独壇場である。さあ、舞台は整った。
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