8月7日の検討会に寄稿した書評です。萬年先生のところで言及されていたやつです。

非「教育」と強制の論理
編著者の田中萬年氏は職業訓練論の第一人者であり,また同時に現役の実践者である。田中氏の問題意識は,職業訓練ないし職業教育が普通教育に比べて不当に低く評価されてきた状況を改善しようという点にあるように見受けられる。もし非「教育」の論理のうちに単に社会科学的な考証という意味以上に,こうした現状を打破するための実践的性格が込められているとするならば,その試みは幾つかの意味で失敗に終わっていると言わざるを得ない。私はこの文章を田中説の批判者として,同時に田中氏と志を同じくする者として書きたいと思う。

第一に,「教育」という言葉の起源に「強制」の意義があろうとなかろうとその言葉が未来永劫,その意味を失わないとは言えない。田中氏自身も別の著書では「文学」の語義が江戸時代と現在では違うことを考証されている。現代的な意味で「教育」に問題があるというならば,現に我々が使っている「教育」の用法を考証し,それが「強制」から離れられないことを証明する必要がある。だが,こうした手続きは行われていない。

第二に,田中氏はEducationを「教育」と誤解したという日本の特殊事情が現在の教育の荒廃を導いたかの如く論じられているが,この議論を前提とすれば,第2章で里見実氏が紹介されているジョン・ホルトがなぜ『Educationに代わって』という書名を掲げなければならなかったのかを説明できないだろう。このことは田中氏が論じようとしている現象が日本語か英語かという次元で説明され得ないことを示唆している。田中氏の立論に拠れば,欧米に非教育の論理が存在したことを喜ぶべきではなく,逆に非教育以外の論理が欧米に存在することに驚かなくてはならない。もしEducationの裡に田中氏が主張する「教育」と同じ強制性が存在するならば,Educationの原義から「教育」を排除する論理は成立しないのである。私は「教育」と銘打とうが「支援」と呼ぼうが,実践的にはそれらの営みにおいて「強制性」を排除することなど出来ないと考えている。それでも,もし多くの人がそう受け取るのであるならば,私自身は教育という言葉に必然的に強制性が伴うとは感じないが,言葉自体を廃棄すべきよりも強制性を伴わない実践によってその意味を忘却させることの方が建設的であろう。

第三に,田中氏の堀尾輝久氏への批判は必ずしも的を射ていない。この点は第6章で宮坂広作氏が論じている通りである。もっと強調して言えば,堀尾氏が『現代教育の思想と構造』所収の論文以来主張してきた学習権や「教育への権利」は田中氏の主張にきわめて近い(『人権としての教育』第1章,岩波書店を参照。初出は1976年)。だからこそ,田中氏は正確に普通教育を重視してきた堀尾氏との異同を明確にし,以て職業訓練ないし職業教育のアイデンティティを主張すべきであった。惜しむらくはその橋頭保たるべきエルゴナジーの概念,すなわちペタゴジー(子どもを導く学)とアンドラゴジー(大人を導く学)を統合させようとする試みこそが,勝田守一氏の影響を受けながらペタゴジーに傾斜した堀尾氏の議論への最大の批判になっているにもかかわらず,田中氏は論点として十分に深めていない。

第四に,教育権,すなわち教育を受ける権利よりも学習権がよいとは少なくとも歴史を振り返る限り,簡単には言えない。まず,議論の出発点として佐々木輝雄氏が職業訓練の機能を行政的な観点から見事に分類した三類型を確認したい。すなわち,1新しい技術に触れさせるべしという商工派(商工・通産行政),2最低限の生活保証を得る手段を与えるべしという民生労働派(社会・厚生行政),3教育そのものであるという教育派(文部行政)である。実際には,それぞれが重なり合う性格を持っており,さらに佐々木氏は経路依存性によって県別にその濃淡が違う点を論じている。教育における強制性を考える際に重要な論点は?の文部行政よりも2の社会厚生行政という福祉的視点である。

歴史的にみると「教育を受ける権利」は児童労働への対抗として出てきた。児童労働も徒弟制度のようにその後の職人としてのキャリアへの準備期間であればいいが,今風に言うと,一部の非正規社員のように高度な技能を身につけるための教育機会や訓練機会が与えられているとは限らない,交換可能な消耗品としての労働力機能でしかなかった。言うまでもないが,技能はただ働けば身に付くというものではない。言うまでもなく仕事の内実が重要である。こうした状況を踏まえて,児童に対する普通教育=義務教育の出自を見出したのが堀尾氏の『現代教育の思想と構造』第1部の議論であり,イギリスのワークハウスに職業訓練の出自を見出した佐々木輝雄氏の『技術教育の成立』であった。そこでは国家ないし社会が子どもたちを消耗的な児童労働から強制的に開放して教育を与えるためにの社会秩序の維持という論理が必要であったのであるとされたのである。この場合の対立軸は国家ないし社会と親である。

こうした考えを簡単にデフォルメしよう。親が子どもを酷使した結果,子どもたちが社会の秩序を壊すような行動を起こすようになると,社会のその他の構成員は迷惑を被るので,国家や社会はその予防策として教育すべきである。現代ではその教育を担うのが学校である。

近代になって人権思想が発展すると,社会秩序維持のためではなく,児童労働から解放され,教育を受ける権利は子ども本人がもともと所有しているものであると考えられるようになった。この場合,労働と教育が対立的である理由は子どもが自分の意思で労働に従事していない点に集約できる。田中氏の主張するように学習権という視点からは子どもと大人を区別する必要は生まれないが,強制力を伴う学校システムを否定することがよいか,義務教育の福祉的機能を切り捨ててよいか,改めて問い直すべきであろう。自主と強制をアプリオリに善悪に分ける二元論はあまりにナイーブ過ぎる。

なお,戦後の「教育の機会均等」が学校教育に拘る必要がないことは,職業訓練研究の文脈では佐々木輝雄氏が指摘したが,実は海後宗臣氏などの教育学者も同じような問題意識を持っていたし,海後の問題意識は教育社会学の立ち上げの原動力となったとさえ言える。当然ながら職業訓練を含む一条校以外の教育施設を義務教育として認めるという考え方は成立し得るだろう。だが,たとえば徒弟制度もその中に含めるとなると,話は厄介である。OJTが職業訓練において重要なカリキュラムの一つであることはドイツをモデルとしたデュアルシステムを持ち出すまでもなく自明であるが,現今のインターンシップにおいてその狙いとは別に学生を無料働きさせるために利用する不逞の輩が存在するように,労働と教育を密接に結びつけることには制度運用上のリスクが伴うのである(もっとも学校には別種のリスクが存在するが)。子どもと大人とを統合するエルゴナジーの理念は,学校を卒業した後も学習が継続することを意識させる限りにおいて有効だが,その半面,見えなくなるものもあると意識しておく必要がある。強制力を放棄することによって,学習を支援しない性格を持った労働から子どもたちを守れなくても構わないのであろうか。戦後改革の中で徒弟制度が忌み嫌われたのは単なる偏見だけではなく,それなりの理由があったのである。

陶冶論が示唆するもの
佐々木輝雄氏の分類を参照しつつ,本書の議論を振り返るならば,第6章の宮坂氏と第7章の佐々木英一氏の論考は原理的なレベルから職業訓練(ないし職業教育)を正当に位置づける点において,論点?を深めたということが出来る。その方法は遠くヨーロッパ中世にまで及ぶ一般教養陶冶論と職業陶冶論との対比からの示唆を得ることであった。ただ,田中氏の論考が天皇制国家という左翼用語によって教育勅語の意味がを紋切り型に低く評価しているのは残念である。教育勅語成立の文脈には,明治期前半に欧米から輸入したペスタロッチやヘルバルト主義の教育手法が,陶冶論のようなキリスト教が育んできた思想抜きで,手法としてのみ摂取されたため,思想部分の補完が儒教に求められたことを理解する必要がある。そのことと昭和以降,立憲君主制が崩壊し,教育勅語が悪用されてきた歴史は別の論点として考えなければならない。

何れにせよ,戦後の教育基本法の「人格の完成」は儒教をベースにした教育勅語に対して田中耕太郎をはじめとしてキリスト教思想の顕現であるという点において,両者が一時的に並立していたにもかかわらず,その出自の性格を異にするものであった。その意味でヨーロッパ・キリスト教文化圏の歴史を踏まえた宮坂氏と佐々木氏の陶冶論は,杉原誠四郎『教育基本法の成立』と並んで,「人格の完成」概念の理解に重要な示唆を与えるものであろう。

陶冶論は最終的に人間を超えるものまで視野に収めているが,普通教育であれ職業教育であれ,実際にはそこまで踏み込まず,通俗的な意味で人間形成を考えておけば十分であろう。この次元において,第8章で渡邊顕治氏が論じた領域とさらにその先,すなわち職業訓練と発達心理学をベースにした発達教育学の異同を解明するといった広大なフロンティアが開けているように思われる。より具体的にいえば,カリキュラムレベルから徐々に抽象度をあげていった比較が望ましいだろう。

職人あるいは熟練工論としての職業訓練論を超えた新しい地平へ
日本の職業訓練はその歴史的経緯から第二次産業の人材,特に熟練工の育成が重視されてきた。そのため,職業訓練論においても熟練工育成論の影響が色濃い。本書の中でも渡邊氏が職人論を展開し,第3章の木下氏も大工の西岡常一の経験談から学習を考察している。だが,技能形成論の観点から考えると,熟練工のカンとコツの育成から職業訓練論を展開するのは二つの点で問題がある。

第一に,求められる熟練工の技能がかつてのカンとコツ以上に客観的な形で相手に説明できるものへと変わってきたということがある。しかし,それは熟練工の役割が縮小されたことを必ずしも意味せず,場合によっては今まで技術者以上が携わっていた新商品開発などで発言できるなどの機会が開かれる。熟練工に求められるのはもはや自分一人の腕だけではなく,技術者との対話など多彩である。以上は労使関係研究がこの50年以上現状分析を積み重ねることで明らかにしてきた時代の変遷の姿である。もちろん,究極的にはポランニーの暗黙知のように,言語化できない領域が存在することは否定すべくもない。しかし,そこに拘れば定義により職業訓練の内実は何も説明できないであろう。

第二に,職業訓練から供給される人材を必要とするのは第二次産業だけではない。産業の変動によって求められるのは常に新しいタイプの労働力である。労働力という言葉を忌避するならば,新しい職種と言い換えてもよい。具体的に例を挙げれば,第三次産業のプログラマや介護職だろうか。職業訓練も時代の変遷に対応し,設置されたコースは人気を博している。企業(介護の場合、病院やNPO等)が産業の主要な担い手であることは間違いないが,ステークホルダーも重要な役割を担い,企業等と同様の課題に直面してきた。たとえば,大手紡績企業は軒並み多角化したが,労働組合のゼンセン同盟はそれ以上に多角化に成功した。そして,繊維系の旧実業学校も戦後大学の工学部に組み込まれるなどして,化学分野等に進出してきた。職業訓練や職業教育も同様に守備範囲を少しずつ移動させる。もし,以上で述べた観察が事実であるならば,職業訓練論は第二次産業の熟練工育成論だけではもはや不十分である。そして,同時にそれは職業陶冶論にもある種の新しいフェーズを付け加えることを要求するだろう。なお,この論点は先の佐々木氏の分類に従えば,1を応用したものである。

本書は職業訓練論と教育学の対話が始められた大切な一歩である。しかし,私は非「教育」の論理には職業訓練論として深めるべき余地があまり残されていないように思う。その理由は上で述べてきたとおりだが,端的に言うと,職業訓練だけの特徴を説明していないからである。あえて職業訓練論は佐々木輝雄に帰るべきだと考える次第である。
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