前に安原宏美さんから紹介されて浜井宏一さんの著書を何冊か読んだので、刑務所には興味を持っています。社会政策は警察と福祉がセットであったポリツァイを忘れてはならないというのが私のテーゼなので。

江川昭子さんと中村哲治議員のツイートのやりとりに割って入ったんですが、労使関係にかかわる問題で、そんなに複雑なことではないと思うので、簡単に書いておきます。

議論の発端は刑務官の労働条件を向上させるために、江川さんが労働三権のうち、団結権だけは与えたらどうかと問題提起をされ、中村議員からは治安職種に労働三権を与えるのは難しいので、政務三役が政府内でしっかり交渉することが重要と答えられたわけです。そこに@kogemayoさんが、国によっては警察にスト権を与えているところもあると突っ込まれ、江川さん(@amneris84)が返答され、kogemayoさんがそれに対して答えられたツイートです。

労組って、その組織の労働者のためだけじゃなく、その組織を中から監視するものとしても存在意義があるんですけどね。確かに公務員の組合は腐りやすいのは事実とはいえ QT @amneris84 日本では、争議権を与えることには肯定的な国民は少ないような気がする

面白いといっては不謹慎ですが、重要な問題なので、考えてみましょう(こんなことをやってる場合ではないけれど)。珍しく私の意見です。

私はこの間、江川さんに要求を知りたいなら、団結権じゃなくて、団体交渉権を与えるべきとつぶやき、中村議員には「労働三権という形でなくとも、苦情処理委員会のようなフォーマルな形で、事実上の団体交渉を実現させるのは制度上、可能なはず。政務三役は組織内でまとめられたその成果を政府内で交渉すればいい。政務三役に白紙委任なんて出来ない」とつぶやいておきました。

現実的にいえば、団結権・団体交渉権を与えるというのは、あまりよい案ではありません。やや身も蓋もない言い方をすれば、運動には勘違いも必要で、とにかく熱(エネルギー)がないといけません。今、労働運動にそれだけの力を起こすことは出来ません。第一、そんなに刑務所が福祉施設化している現状で、彼らは外国人(凶悪犯罪者じゃなくて、コミュニケーションがうまく出来れば、犯罪者にならなくてすんだような人たち)に対応したり、とにかく業務量が増えています。そこに組合運動を新たに起こすエネルギーはなかなかないでしょう。

次に、スト権ですが、これもあまり意味がないでしょう。ストというのは最終的に交渉と結びつかないと意味がないのです。不満が爆発して暴れたいというだけのストは普通、山猫ストといって、メンバーの中から自然発生的に生じるものであって、禁止しようが起きるときは起きます。でも、この場合、権利として認めたからといって、そんなことは起こらないでしょう。となると、団体交渉がうまくいかなかったときの切り札としてのスト権ということでしょうね。これを与えたところで事態は解決しないでしょう。正味のところ、既存の労働組合でさえも大きなストを長らく打っていないので、組織内でのストのノウハウの継承が難しくなっています。というか、そもそもなんでストを打つのか後進の世代には理解しづらくなっている。こういう時代的背景のなかで、ポンと労働三権を与えますと言ったって、何かが動きだすとも思えないんです。

加えて、中村議員が言うように、政治的にはこんなことを言い出したら、国会が割れるように反対意見が出るでしょう。なんだか分からない/理解できない問題には人は過剰反応を起こすし、ただ昔もめたんだからきっと重要な問題に違いないと理解できる範囲で理解しちゃうでしょう。私は今、書いたように、少なくとも現時点ではどちらでも変わらないと思いますが、まぁ、いったん法律にしちゃうと将来的には何があるか分かりません。ということで、こんなベネフィットが少なく無駄なコストばかりが高い施策はやめた方がいいでしょう。

普通の労使関係においては、労使が対立的と考えられて、一番にどっちが取るか問題ばかりが注目されがちなんですが、その他に、それぞれが同じ機能をめぐって競争するという側面があることを忘れてはなりません。具体的には福利厚生の大部分は歴史的には組合がやっていたものを企業が用意するようになっていったのです。労使対立的に捉える立場からはこれをウェルフェア・オフェンシブといいます。つまり、福祉攻勢で組合活動を骨抜きにしようとしているというわけです。が、ここではそんなことはどうでもよく、要するに、企業側と組合側の活動には機能的に代替可能な領域があることを確認したいのです。逆に、人事についても、組合が人事権に影響を与えるような場合、第二人事部と言われたりしますよね。

ということは、組合側からうまくいかないときは経営側、この場合、行政側で代替的制度を作っちゃえばいい。これが私の意見です。科学的管理法が発展したアメリカで、労働組合を敵視し、排除した企業がどんどん導入した手法、これは苦情処理委員会です。要するに、労働者の不満を吸い上げる機能ですね。苦情といっても単に不満を解消するというカウンセリングとして使うのではなく、今日の企業がカスタマー・センターに寄せられた客からの苦情を新商品の開発のネタとして戦略的に使うように、もっと組織改善に使えるはずなんです。少なくとも理論的には。もちろん、運用上はもっと実態を知らないと何とも言えません。ちなみに、こげぱんさんが言うように、労組はよい意味でも悪い意味でも組織内を第三者的な目で観察するという機能があり得ます。が、それも苦情処理委員会の運用次第で何とかなるでしょう。私が経営側から行けと書いている理由は、ただでさえ忙しいんだから待遇改善は業務の中でやらせろ、ということも含まれています。

この機能を政務官が全部、担うというのは非現実的ですね。彼らはもちろん当事者としてそういう中に加わり、いったん自分も含めて決めたことを、中村議員のいうように外と交渉してくるべき存在です。

労使関係論が頭に入っている人ならば、この程度の思考実験としてはあり得る話だと思います。でも、未だに労働三権が魔法の杖のように考えている人が意外といるんですよね、実際のところ、研究者の中にも。50年くらい前だったらいいですけど、2010年になってそのレベルでしか物事を考えられないようでは困ったものです。

でも、教育ブログっぽくなりつつあったので、ちょうどよかったです。まぁ、教育の話も続けていくと、最後は社会政策的視点つながってきますけどね。
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