金曜日の研究会でいろいろな意見が交わされたが、私にとっては何とも虚しいものであった。いや、正確にはより新鮮な知識を手に入れることはできたし、そこで交わされた議論は真摯なものであった。何より今後の理論科研に寄与するところもきっと少なくないのだろう。しかし、報告者が紹介する経済産業省や大蔵省、財界、文科省の意見を聞いていると、あまりに分析力の足りない下らない議論のように思えてならなかった。教育を学校や文科省の閉じられたところだけを扱っていればいいと思っていてはダメだというのは、我々歴史班がここ数カ月積み重ねてきた議論なので、それ自体は反対しない。しかし、その枠組みが岩井先生の資本主義の段階論ではどうしようもない。なお、これはご本人の前で飲み会の時に言ってある。まぁ、もっとも岩井先生は素人だから別に構わないのだが、ご本人はそれも分かった上で使っている。それはちょっと困ったことだ。

私は在籍最後の年の夏学期に岩井先生の講義を受けた。彼はよく好んで思考実験ということを言っていた。実際の歴史を語っているわけではなく、ある種の中間理論、理念型で語っていた。そういう説明がミスリーディングな局面もあると思うし、他の学生がどう思ったかは知らないけれども、彼自身が好んだ「思考実験」に関する限りはとても有意義であった。複雑な現実を理解するためには、時間軸を入れるという工夫が役に立つこともあるだろう。

産業資本主義に代表される大量生産の時代は、象徴的には規格品の大量供給であろうと思う。それはそれで間違っていないのだが、歴史的には一貫してブランド(商標)は重要であったし、もっと抽象的にいえば、信用の象徴でもあるという意味において、経済活動のアンカーの一つでさえあった。たとえば、日本経済史では10年くらい前、試験場のような品質を保証する中間組織の存在が少し注目された時期があった。私が勉強した繊維産業ではかつて楫西光速がその晩年に、問屋による目利き機能が近代工場制で生産された糸や織物を育てたという趣旨のことを1950年代や1960年代から話していた。どうでもいいが、楫西先生は労農派で、最後はどうやっても日本資本主義は没落することにならないといけないのだが、彼の論理は資本が過剰になって、多角化進出して失敗するというものだった。それで一国の資本主義を語るのは難しいが、企業の盛衰としては面白い仮説かもしれない。もっとも、潰れたのはカネボウだけで、それも別に多角化の帰結ではないが。

ちょっと横道に逸れてしまったが、私が言いたいことは、モノと知識のように截然とは分けられない、という単純なことである。これほど簡単なことで随分のことがわかるのだ。ブランドに伴う信用は商業資本主義時代からずっと重要なのである。日本が今では職業訓練論だけが一生懸命展開しているような熟練工を重視するところから、最初にテイクオフしようとしたのは蔵前職工学校が東工大になったときである。これは大正時代の話である。経験よりも理論が重視された。これと同じことは1960年代以降の鉄鋼業でも起こった。労働の世界では有名な話で、熟練工はただカンとコツだけが重要なのではなく、それを客観的に説明できることが求められるようになった。そのことによって彼らのノウハウは数十年かけてコンピュータの中に入れられるようになり、また、問題(ボトルネック)の所在を明らかにすることにも役立った。明らかにされた問題の解決策を皆で探ることこそ改善活動である。そうして、彼らがこのような新しい能力を求められたのは技術革新に対応するためであった。技術革新の原語はイノベーションである。言っていることは、昔と変わらないのである。

1950年代の日本はアメリカやヨーロッパという自分とは異なる国々の生産システムを学び、それによって技術革新を遂げてきた。愚かな人々はこれを単純なキャッチアップと見るだろうけれども、そうではない。たとえば、1910年代から1920年代にかけて大きく発展した科学的管理法があるけれども、その受容の仕方は国によって一様でなく、それぞれの国でその後、発展してきた。その多様性を勉強してきたことが重要なのである。実際、日本がアメリカに行っても、この面ではおたくの方が優れているじゃないかというコメントを返されることもあった。あえて具体例を出すと、鉄鋼業では統計技法の研究は日本の方がアメリカより進んでいたのである。今度は逆に、アメリカが日本を学ぶようになる。いや、アメリカだけではなく、世界中が日本に注目した時代があった。重要なのは、日本が上かどうかなどという下らないことではなく、もうある程度以上のレベルに達した国々では、どこで進んだ革新が行われるかわからないと観念して、驕らずに革新を学ぶことである。それはどの国でも同じことだ。

文科省が学校という枠組みでしかものを考えられず、それに対して経産省ほかはもっとトータルに社会を考えているという。しかし、私の見るところ、それさえ不十分であって、さらにいえば、高度成長期の議論を部分的に焼きなおしただけで、本質的な深まりがない。昨今は日本人の構想力が足りないという話が実しやかに語られるし、そういう側面があることも否定しないが、おそらくそうではなくて、そういう構想を持つものを潰しがちなのである。また、46答申の頃まではそれが正しいかどうかは措いても、はっきりとしたビジョンがあったと思う。私は学力が低下していることにはそんなに危機感を持っていないが、それ以上にリーダーたちの見通しの近視眼的な傾向はとても憂いている。特にかつては官僚がビジョンを作っていたのに対し、日本人はそれを叩き潰す方向に進んでいる。それでもいいが、オルタナティブがない破壊は極めて危険である。

それにしても、率直なところ、この程度のものをトータルに批判できないようであれば、文科省に任せるのも頼りないが、教育学者(プロパーではなかったけれども)に任せるのも極めて危うい、という感がなきにしもあらずである。対案なき批判は意味がないのである。もっとも、名著『仕事と日本人』の著者だったら絶対に全部聞き終わった時点で「お前がやれ」といわれるに決まっているのだが、御大将は「これから、一緒に作ろう」とおっしゃられた。しかし、そんなの描いても就職できないので、今のところモチベーションはあまり湧かず。恒産なければ恒心なしなのであります。

それにしても、やっぱり新自由主義はバズワードなのね。
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