なんか今、宿題を与えられているような妙な気分である。『滝山コミューン』を読んで、自分の小学校時代を思い出そうとしたが、こと宿題に関してはやらない子であり、クラスの黒板には忘れ物の多さにおいて3位以下を圧倒的に引き離して1位、2位争いをしていた。私の記憶の中では、私自身も嫌な奴であったが、そんな黒板に書かせる担任も相当に嫌な女であった。そんなわけで、このあたりで研究会記録はとりあえず、お休みしよう。

『滝山コミューン』とは秀逸すぎるネーミングである。だが、あまりに本質を表す名詞は、その的確さで人々を魅了し、そして、魅了された人々の手によって本質から引き離されていく。『滝山コミューン』もそうかもしれない。私はこれを読んで、原武史という稀有な歴史家にこの作品を書かせたただ一点において、滝山コミューンは歴史的な存在価値がたしかにあったのだ、と思ったくらいである。それくらい素晴らしい。さらに、東急文化圏に30年以上住む私には、鉄道が(彼の人生をかけた)趣味である以上に、重要な意味を持っていることが実感として納得できた。彼は鉄道を軸に風土を語っている。そして、それは都市圏に住む者にとっては常識的感覚なのである。鉄道マニアでも何でもない私があえて鉄道の記述を重視する所以である。

まぁ、しかし、私の琴線に触れたのは、女性を中心とした文化であった、という記述である。つまり、1930年代ごろに家計調査の研究が進み、ある種のモデル家族という概念を作りあげていく。そうして出来たのが日本式福祉国家であるが、それは言うまでもなく、働いて稼いでくるお父さんと家を守るお母さんと子どもを基本単位とした社会保障制度である。要するに、日本的経営や日本的労務管理などでお父さんたちが脚光を浴びていたときに、お母さんたちが何をしていたのかという問いにある一定の答えを提出している。もちろん、私もこうした記述を直ちに現代日本女性史のすべてだとは思わないが、クリティカルな何かを描いていることは否定できない。これが全体の中でどういう位置づけを占めていたのかを探求できれば、女性運動や社会教育における女性教育などがなぜ暗礁に乗り上げたのかが分かるかもしれない。そして、この問題は私の研究所での仕事とダイレクトにつながってくるはずである。

原さんの対談『団地の時代』も読んでみよう。
スポンサーサイト
コメント
コメントを投稿
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事へのトラックバック