以前、講義で喋るので濱口先生の『新しい労働社会』を読み返していたんですが、改めて、もっとも大事なことを論じ忘れていたなと思い出しました。そもそも、去年の夏にあの本が出ていた頃は、中村圭介先生の御本なども出ていて、労使関係に何とか関心を持ってもらうことが大事だというのがマイブームでして、それに乗っかってエントリを書いて、少しやりとりをしたという次第であります。しかし、多分、濱口先生のあの本のもっともコアな部分は実はあんまり論じられなかったのではないかとふと思ったのです。

私はあの本を読んだとき、「いのち」という言葉が随分出てくるので、驚いたというか、虚を衝かれた新鮮な感じがしました。ちょうど鳩山前首相が演説で使って話題にもなりましたが、あれはおそらく山本孝史議員の影響でしょう。でも、なんか「いのち」が妙な印象を残していて語りにくかったなぁという気もします。

濱口先生は戦前の政策もきちんと心得ていらっしゃるし、おそらく厚労省の中にそういう伝統が脈々と受け継がれていて(と信じたいところですが)、とにかく労働者保護というコアがよく骨身に沁みていらっしゃる。ですが、現実の政策は「保護」という観点からどんどん離れていってしまった。そのもっとも最初は実は労働基準法を作るときだった。あの法律はもともとは労働保護法となるはずだったんですが、たしか総同盟の誰かが、おそらく松岡か西尾だと思いますが、保護はやめてくれと申し入れをして、「労働基準法」の名称になったんです。戦後、すぐのあの時期に「保護」より「権利」を重視したかった心情を持っていたことはよく分かります。時代は天皇制から民主主義だと思われていました。それでも、言葉が変わったとしても、同時代の人は「保護」ということの重要性をすぐに忘れたわけではありませんでした。しかし、徐々に忘れられていってしまった。私は今、研究所でやっている研究から、それは一つ女性政策と関係があるのではないかと思っています。その転換は直接的には1985年に成立した男女雇用機会均等法です。俗っぽくいえば、市民社会的平等と家父長的保護は相容れない。実は労働保護の歴史は工場法以来、母性保護、母体保護として女性とともにありました。その意味では、女性政策は重要なんですね。それが男女雇用機会均等法で思想的に大転換してしまった。戦前の歴史を知る私は、あれだけ先人が苦労して認めさせた深夜労働の禁止を、糾弾して解消させてしまうことには複雑な思いがあるわけです。もちろん、保護が全部消えていくわけじゃありません。今だって続いています。でも、やはり思想的には大きな転換であったという思いは否定できません。

今回の濱口先生の「いのち」は「保護」を超えてもっとぎりぎりの根幹まで詰めていってます。「権利」も勝ち取るものであったときは輝いていましたが、いったん、手に入れたら、それをモチベーションに動くのは難しい。そういう意味では、プラグマティックに能動的獲得を前提とする「権利」に重点を置くことがよかったのかどうか、微妙なところかもしれません。

普通の人が「ワークライフバランス」を学んで、これを正社員の長時間労働の問題に結び付けることは容易ではありません。もちろん、論理的には繋がっていきますよ。女性の労働問題が家庭生活と切り離されないならば、必然的に表裏一体の形でその配偶者の男性の労働問題と結びついています。念のために言えば、間宏先生なんかはこうした問題に関心を持たれていらっしゃいました。

今は「規制」という言葉に置き換えられてしまいますが、労働政策の本質の一つは間違いなく「保護」です。どうしても「権利」という言葉を使いたければ、「権利の回復」と読み変えてもいい。しかし、どう言い方を変えたところで強制力を伴う権力を使って、権利を回復させるんですから、その機能は明らかに「保護」です。考えてみれば、法律の強制力で新労働者組織を作るのもまた「保護」ですよ。私はあのとき、それは「過保護」であって、組合の非常にプリミティブな機能を破壊しかねないと反撥したんですが、まぁ、なんだかパターナリズムに反抗する子どものような構図でしたね。戦前の労働組合を最後まで守ろうとした社民主義の総同盟がパターナリズムを潔しとしないのは当然でした。

私は別にどちらがいいというつもりはありません。真実はその中間にあるのでしょう。一番大事なのは現実感覚に基づくバランスの問題とでも言うべきでしょうか。
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