あけましておめでとうございます。

年賀状で最近、ブログが更新されないね、と一言いただきましたので、久しぶりに更新します。更新が滞っている一番の原因はツイッターですよ。ブログはとりあえず、勉強したことを忘れないように書きとめておいたり、反応をいただいたら、それにお応えもしますけれども、どっちにしてもTwitterの方が今は便利なんですよ。というわけで、ツイッターやってる方がいらしたらぜひ@ryojikanekoのフォローもよろしくお願いしますね。横にtwilogもリンクしてあります。

去年一年は学んだことは多いんですが、今までとは違う感じだったなぁ。多分、僕はどうしても本を読んだり、自分で何か考えてることをまとめたりする過程で学ぶことが多かったんですが、去年はいろいろ人間関係で学ぶことが多かった一年でした。端的に言うと、職場をはじめとして女性と接する機会が圧倒的に増えて、言葉では表現できないんですが、新鮮なことが多かったです。

他人の文章を評価する時に「これはいい。底が入っている」という表現があります。おそらく上っ面だけじゃない、というほどの意味だと思います。僕はここ数年、ジェンダーに興味関心を持っていたんですが、実は「底が入っている」という感じで満足させてもらえるような研究には出会えなかったんですね。どちらかというと、軽く書いたエッセーのような本に、かえって本質的なものがあるようにも思っていました。研究の方は輸入学問に過ぎないという感じがどこかしていました。とても抽象的な言い方ですが、このあたりの領域において、自分の「底」を作ろうと模索しているところでしょうか。そのうちにお話しできるときも来るかもしれません。

続いて、近況をご報告しますと、12月に刊行された『社会政策』に論文「日本における社会政策の概念について」が掲載されました。この論文には二つの狙いがあったんですね。一つ目は、ここ最近、ソーシャル・ポリシーを社会政策だとみんな理解しているけれども、日本語の社会政策の英訳はソーシャル・リフォームで、それをソーシャル・ポリシーに変える学問的な意味づけは誰もやってないんだ、と書いたんです。本文に1行ほど「あるにはあったな」的位置づけで武川さんに言及していますが、このなし崩し的現象を演出したのは彼だと思っています。今や玉井さんまでこれに便乗している。彼らは大河内さんが起点となった労働問題を中心とした社会政策(本当はそうじゃないけど)、彼らの言葉で言うところの「経済学的社会政策」を批判する立場にあって、そうじゃない系譜、「社会学的社会政策」が重要だと主張しているのです。で、戦後についていえば、この分野を担ってきたのは「社会福祉(元々は社会事業)」の人たちですが、私はそれを承知で、福祉の人たちの蓄積を考えたら、ソーシャル・ポリシーは「社会福祉政策」と訳した方がいいじゃないか、と書いたんです。まぁ、でも、玉井さんの業績をまるっと無視した(正確には、あんまり重視していないので忘れてた)のはよくなかったですね。最近の「経済学」について理解不十分の「経済学的/社会学的社会政策」論はどうでもいいですが、彼の「防貧の創造」論も僕は買ってないんです。簡単に言うと、あれは大河内さんの「労働力保全」は否定したけど、その枠組みはそっくり踏襲して、それを「防貧」に置き換えただけだ、というのが僕の理解なんです。やるなら、もうちょっとトータルにやらなきゃならない。紙幅の都合があったけど、きっちり学説史整理すべきなんでしょうね。弟子の杉田さんはもうちょっと面白いところまで言ってるけど、肝心な枠組みを自分の頭で考えないから、これがもし真面目に調べたところを序章で真剣に考えてたら、他の人はとても追いつけないレベルの研究が出来たのに残念。惜しいことです。

もうひとつ、こちらの方が大事な論点ですが、もう一方の雄、社会福祉に対して私がどう見るか、ということを書きました。簡単に言うと、社会福祉では、政策の根拠が「権利」に収斂するけれども、それでは全部話が「個人」になってしまうから、トータルな「社会」という視点、つまりは「社会秩序」という観点が大事じゃないか、ということを問題提起したんです。というか、実は「社会事業」って全部、「個人」が起点なんですよ。これは岡田藤太郎先生が指摘されてます。僕の問題提起は部分と全体の古典的な議論なんで、どの分野でもありますね。有機体論の話とか、心理学だとゲシュタルト心理学が出てきたのはそういう問題意識ですよね。僕は、大河内さんの「資本制社会」論は「社会」の捉え方としては大雑把に過ぎるけれども、「社会」を分割せずに捉えている点は見直す必要があるんじゃないか、と思ったんです。あ、もちろん、これは大河内さんの創見じゃなくて、シュタインの有機体論を継受した金井延や後藤新平以来の、むしろ伝統的見解の発展形として捉えています。ここらあたりは理論的には菅沼さんの『被占領期社会福祉分析』と関連してくるはずです。

これは好みが分かれるところですけれども、論文の中には他にもいろんな面白いアイディアを隠しておきましたので、もしよかったらコメントやツイッターで呟いていただけると幸いです。ここでも検索件数が多い「岡村重夫」の社会福祉論を段階論で捉えるとか、多分、気付いている人はたくさんいたと思いますけど、意外と指摘されてないんじゃないかなと思います。あと、T.H.マーシャルの理解もちょっと相場とは違うかもしれません。そんな感じなどなどです。

あと、昨年、他にやったことといえば、ブログ上やツイッターで議論したりもした教育系の方との関わり、これもちょっと前がマイ・ブームでしたが、取り組みました。ちょっと長くなったので、これもまた別に少し書きます。

今年はこんな感じでとりとめもなくたまに更新しますので、またどうぞよろしくお願いします。
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