文芸評論を読むならば作家の書いたものだけでいい、とどこかの対談で谷沢永一が語っていた。谷沢自身は北原武夫や平野謙などに高い評価を与えているが、たとえば彼の書いた三好達治の伊藤整の詩を評したもの、川端康成の文芸評論などの解説を読むと、言わんとしていることが分からなくもない。ただし、その解説自体が、谷沢自身が示した新機軸というか、本人の文学に対する谷沢の評価があり、それを前提に文芸評論がまた評価されている、というやや込み入った事情を押さえておく必要がある。

あるとき、「実証研究における方法は研究の中に埋め込まれるものである」ゼミで工藤章先生が語っていたことがあった。工藤先生は雑談ではそういうヒロイックな言い切り型の言葉を好まれていた。そして、先生は「だから僕は方法論は書かない」というようなことも仰っていた気がする。ただ、方法論について読まれるかどうかをどう語られていたかは忘れてしまったし、その他の言葉も私の記憶は曖昧かもしれない。でも、その方法が研究に埋め込まれるという言葉は、なぜか私の中では印象深く刻まれている。

この別々の二つの挿話を出したのは佐藤健二『社会調査史のリテラシー』新曜社、2011年を理解する鍵が、佐藤本人がその方法の実践者であるという事実に尽きると思うからである。それはこの折々に書かれた論文を集成することによって成り立ったこの本の誕生の経緯にも深く関係しているし、同時にこの本をどう読むべきかということに深く結び付いている。

私は社会学者ではないのでそんな心配をする気遣いはないのだが、仮に「社会調査(ないし歴史社会学)をやりたいからこの本を一生懸命、勉強しようと思います」という後輩がいたら、あえて止めるであろう。この本を昔風にいえば、鉢巻を頭に巻いて読むような読み方は実証研究者としての自殺だと考えるからである。なぜだろうか?

そこでもう一度、考えたいのは、この本がおそらくは20年以上も掛かって(最初に書かれたものは18年前だそうだが)結果として出来あがったということの意味である。簡単にいえば、自分が(あえていえば研究として)表現したいものがあり、そのための模索であり、そのための先行研究との対話の記録なのである。したがって、読者の方でも自分自身が同じような研究の問題意識、あるいは考証の悩みを抱えた時点で、初めてこの本に書かれていることと有意義な対話を出来るのではないかと思うのである。逆にいえば、そういう時期が来るまでは、理解できなくても、抛っておけばよいのである。その方が自然である。ただ、何度かサラッと読んでおいて、また戻ってくればいい。そういう意味で長い付き合いをするに足る友人のような本になり得るだろう。そういう自分勝手な読み方をすることに抵抗を覚える人もいるかもしれないが、この本も相当に自分勝手な切り取り方をしている。そこがいい。

調査そのものがコミュニケーションだとか、現象学の影響を受けた後のなんとかだとか、臨床社会学だとか(これは言ってないけど)、要するに、実践レベルで言えば、自分の主観性は排除できないので、そこは割り切って開き直って調査しますよ、その代り、自分が関わることでどんな風に影響を与え調査対象が変わってしまうかについてはよくよく注意します、ということである。方法というのは自分がどういう風に注意を払ったかを書き連ねたものと理解すればよいだろう。

この本が緩やかに有機的ではあるが、体系的なものではない、ということはその本質をよく表している、と私は思う。これはあえて比喩を使えば、成文憲法のないイギリスのコンスティチューションのようなものだ、と言ったら褒め過ぎだろうか。おそらく、今後、書かれるであろう『社会調査の社会史』では方法は埋め込まれてしまい、かえって明示的に個別の問題を考えることが出来なくなる。その意味では調査「方法」論としてこの本はとても貴重になると思われる。

以上のような読み取り方なので、基本的に私がこの本から何を学んだかをテキスト化するつもりはない。時間も掛かるし、あまり私にとっては意味がない。ただ、多くのことを学ばせてもらった。啓発的な、まさに想像力を引き出す本であった。

あえて事実レベルで言うと、農商務省の調査と内務省の調査の位置づけ、イギリス貧困調査(あるいはベルギーなども)の影響、センサス自体が国民国家の一大事業であり、第1回国勢調査が日露戦争で中止になり、そのときは台湾のみで行われた、というタイミングのズレが与えた影響、その日露以降に展開した地方行政(特に地方改良運動)と社会調査の関係、後藤新平、窪田静太郎、井上友一といった人物の位置づけ、それから、法社会学に展開するような末広厳太郎以来の系譜、たとえば中川善之助の民俗調査(『民法風土記』)、『月島調査』のパイロット調査である15職工調査の経験をどう理解しているか、調査主体の政府機関の特徴をどう理解しているかなど、よく分からない点もたくさんあり、読んでる途中で以上のようなことが欠けていること自体、対象に入り込むエスノ的弱点なんじゃないかとチラッと感じないでもなかったが、それは気のせいということにしておこう。
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