私の知る限りでは、大分早い段階で島薗進先生がツイッターで集団疎開を訴えていらした。これは主に原発を受けての首都圏からの移住であったと思う。さらに、津波を中心とした被害の大きかった被災地の状況が明らかになってくるにつれ、おそらくはソフトバンクの孫正義社長が中心になって、それこそ政府(仙石元官房長官)に訴えたりして、集団疎開を訴える声が大きくなりつつある。この間、私は稲葉さんに提供してもらった炭鉱労働離職者の調査と『復興コミュニティ論入門』という本によって、いくつかの論点を考え始めた。これは要するに移民問題に似た性格を持っていることが了解された。

用意されるオプションは、
A:一次超短期避難(2,3カ月くらい:冬を越すまで)
B:一時短期避難(6か月くらい)
C:一次中期避難(1年くらい)
D:移住
もちろん、途中で変更可能にせざるを得ないだろう。

多くの人を移動させるという説得を行うには、短期であることと同時に帰郷のシナリオを具体的に示すことである。帰郷のシナリオは復興のシナリオに他ならない。ただ、このときに考えておかなければならないのは大量の集団移住が成功した場合に誰が復興を行うのかという問題が新たに浮上する。

動くことには覚悟とエネルギーがいる。物質的には支援者が何とかしてくれるかもしれないが、心理的な問題は合理的感情よりも愛郷精神の方が勝るかもしれない。心配されるのは、ただでさえ高齢化が進む地域で、高齢者だけが故郷に残るというシナリオであり、その場合、移住を推進した者は覚悟を決めて復興に取りかからねばならないだろう。もちろん、その際、自分の理想を実現するのではなく、本当に故郷を愛する人たちの声に耳を傾けなければならない。と、同時に、移動しないという選択を採る者がいる以上、移動する者の心に故郷を捨てたという意識が芽生えるのは避けがたい。そうした人たちが快く帰って来れるように、移動した人と移動しない人との間に生じるであろう心の距離を埋めるべき手段を講じる必要があるだろう。

私が提案したいのは受入先の自治体、NPO、企業、宗教団体などすべての機関が出来るだけ協力し、疎開元の地域の復興の手助けをすることである。それが具体的にどういう形になるか分からないが、何らかの復興の手伝いが疎開先でも行われていれば、人々はそこに携わることで故郷への思いを少しは癒すことが出来るかもしれない。時間が経ったら、再移住する前に準備として故郷と往来するような試みを行ってもよいだろう。そうして、お互いの都市がより緊密な関係を作るということが必要になると思われる。中には互いの智慧を寄せ合って、被災地と受入先のそれぞれの地で、経済だけではない新しい包括的な地域開発の在り方を実現することが出来るかもしれない。もちろん、この間に別の地域が入って協力するということだってあり得るだろう。このような試みが本当に復興を助けていると感じれば、残った方々にも故郷を捨てたことへの複雑な思いは幾分か緩和されると思う。

とはいえ、実際には短期の約束で移住しても、疎開者にとって最初の心理的抵抗ほどには疎開先を離れるインセンティブは高くないことが予想される。まして、おそらく日本中どこへ行っても最初は歓待してくれるであろう。若い世代の中には、この震災の影響から故郷の再興を誓い、実際にその思いを遂げる者も出てくるであろうが、他の選択肢がその子たちの目の前に広がり、そちらの道でも新たに自分を必要とされれば、別の道を歩む者も出てくるだろう。それはむろん、責むるべきことではない。

本格的な移住が始まる前に、とりわけ被災地外の人たちがきちんと心に留めなければならないことがある。それは震災前のコミュニティを完全に復旧させることは不可能であるということである。被災地の大切な誰かを大量に欠いたまま、以前のコミュニティを復活させることが出来るであろうか。新しい建物には思い出まで折り込むことは不可能である。支援者はそのことを忘れてはならない。ただ、そうした辛い現実を被災者にいたずらに押し付ける必要はまったくなく、どこまでも被災者の悲しさや苦しさに寄り添わなければならない。被災者の中には今起こりつつある二次的災害も含めて受け容れるまでには時間が掛かる方たちもいるだろう。だからこそ、いたずらに復興を唱えるのではなく、時間が掛かってもいいから、被災地の方々が死者とともに歩み、そうして、新しいコミュニティを作る手伝いしか道はないのだ。復興はその被災地の方たちのためにある。支援者はそうしたことに配慮しつつ、物理的な厳しさとのバランスに心を傾けなければならないと思う。

このプロセスで力を果たす可能性があるのは宗教団体かもしれない。私は優れた宗教者にはグリーフ・ケアの奉仕を期待しているが、はっきり言って、組織としての宗教団体全体に対して、生死に関わる心のケアの問題を必ずしも期待していない。私が彼らに期待するのは祈りを除けば、もっと物理的、かつ此岸的なことである。全国、場合によっては世界全体の支部組織と繋がるネットワークである。もともと近代日本に社会福祉を根付かせるときにも、救世軍や本願寺などは大きな役割を果たしている。この震災でも炊き出しも含めた物質的支援などでは各宗教団体が大きな活躍を見せている。今度はその力を結集して新しいネットワークづくりが求められている。

なお、東京からの疎開は今のところ、こうしたコミュニティの問題はあまり考えなくてよいと思われる。

追記
島薗先生からツイッターでコメントをいただきましたので、まとめておきました。
集団移住と宗教の関係について
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コメント
今回の場合、月数で考えるというよりは、
避難所の生活環境がある程度よくなるまで、
仮設住宅の建設ができるまで、
地域の介護施設、病院などが整備されるまで、
本格的な住宅が建設されるまで、
といった定性的な期間の取り方のほうが適切だと思います。この期間が実際にはどれぐらいかは、被災地域なら皆同じにはならないでしょう。
健康に問題を抱えている高齢者の場合、医療、介護サービスがある程度復活しないと戻れないでしょうし、現在の不完全な避難所暮らしを続けるのも難しいでしょう。一時的な移住を進めたほうがいいと思います
2011/03/27(Sun) 18:28 | URL | 平家 | 【編集
早速、コメントいただきまして、ありがとうございます。ご意見には基本的に賛成です。ただ、どんなによいものでも移りたくないという方はいらっしゃると思うので、とりあえず、移ろうと決心していただくためには、分かりやすい形で数か月という期間を切ることも意味があると考えています。出来れば、その期限の切り方は仰るように、地域別に定めた方がいいと私も思います。
2011/03/27(Sun) 19:05 | URL | 金子良事 | 【編集
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