仙台に来ています。東日本大震災と職業訓練討論会に出席しました。手弁当です。

スピーカーの方のお話しは体験に基づくもので、とても参考になりました。とりわけ、飲み会の席で伺ったお話しがとても勉強になりました。日本的デュアルシステムはすごく役に立つ。その内容を詳しく伺っていると、まったくもともとの制度設計とは関係ない次元で役に立っているということなんです。つまり、中小企業と訓練生のマッチングになる、と。本当は中小企業のおやじさんたちもよい人材がいれば欲しい、でも職安に求人を出して失敗したりすると、出さなくなってしまう。その彼らの潜在的ニーズを引き出すのにはデュアルシステムが重要だというのです。

それはどういうことでしょうか?デュアルシステムは教科書的に言えば、訓練所での畳の水練だけではダメで、技能形成に派企業のOJTが重要だという話になっています。しかし、労働問題の研究者からすれば、そんな短期間で技能が身に付くわけがない、机上の空論だと思ってしまいがちです。もちろん、そのときに1級技能士のような技能が身に付くわけがない。基礎の部分だけで十分で、一回話をしただけでは採用は分からないけれども、1か月も見ていれば互いの人間性が分かる、それはもちろん、2,3カ月と長い方がいいけれども、1か月でも十分だということです。つまり、古臭い家族主義の中小企業のおっちゃんと、訓練センターの方が両方、義理人情の分かることが大事だという共通価値観を持っていることが成功のポイントのようです。あえてパラフレーズすれば、デュアルシステムは技能形成というより、マッチングシステムとして効いている、ということになりましょう。技能形成という側面をまったくオミットしてしまって、長めの採用試験と考えれば、インターンも含めて、大いに意味があるということになりましょう。

もう一つ、伺ったお話しで興味深かったのは、今、(津波)被災地の若者が流出している。若者は決断が速い。彼らがどこに行くかと云うと、北上とか盛岡、そして仙台です。そうすると、企業も優先枠を設ける。なぜなら、彼らを雇うと国から補助金が出るからです。そうなると、ただでさえ厳しい雇用状況の仙台の若者たちは、本当は地元にいたいけれども、どこか別のところ、東京に出てこなければならなくなっているそうです。おそらく、移動した両者ともに元には戻らない。被災地の若者雇用は大切です。でも、彼らがいなくなると、被災地は本当に再建が難しい。年寄りばかりが残ることになる。これが今の大問題だそうで、市の復興会議でもそれが最大の懸案事項になっているようです。

それから、twitter上では何度か議論になったコミュニティの問題、突っ込んで聞いてまいりました。やっぱり、震災前は古い共同体(かつての部落)をもとに地域が出来ていたけれども、それが地域ごとなくなってしまったところが相当にある。だから、新しいコミュニティを構築しなければならない、という話でした。また、仮設住宅に入っていくと、みんなバラバラになるから、分断されてしまうので、やはり、新しいものを作る必要があるとのことでした。

討論会全体は建築の話が多かったので、私は建築に集中するのはよくない。建築需要はせいぜい2,3年、長くても5年だから、全然将来に繋がらない。臨時失業対策は結局、高度成長になっても撤退できなかったという話をしました。その愚を繰り返すことになる、と。それに対しては他の産業が復興するまでの一時避難的な雇用であるという話をされていましたが、少なくとも、それをやっている時期に次の新しい動きを出しておかないとダメになってしまう、そういう議論をしました。

いきなり話が飛ぶようですが、私は今回の震災を機に、男社会はやめて女中心社会にシフトすればいいと思っています。まぁ、そこまでキツイ言い方は酔っぱらうまでしませんが、意外と実感としては、その通りだという男性が結構います(あんまり女性で賛成する人には出会いませんが笑)。シラフの時は女性の雇用を考える必要があるということは主張しました。臨時失業対策で最後まで残るのは戦争未亡人の寡婦たちです。それがある意味では日本の女性福祉を歪めているんですね。こういうことは避けなければならない。

そこまでラディカルな話じゃなくても「生活」というとき、男性より女性の方が智慧が上である、ということはほとんどの人が認めるところじゃないでしょうか(もちろん、個人差はあります)。生活に根差したコミュニティ作りの中心担い手は女性がいいと思うのです。といっても、そんなに美しい話じゃないですよ。たとえば、情報を採ってきてくれるならば、噂好きのおばさんに賃金を払ってもいい、そういう意味です。それは都会的な感覚からいえば耐え難いパノプティコンです。それでも、仮設住宅での孤独死が避けられるならば、その方がいい。すべて実践はセカンド・ベストです。何かを得るためには、何かを失う覚悟が必要です。

まぁ、そういうギリギリの話じゃなくても、個人的にはこの震災関連でお会いした女性たち何人かにインタビューして、そのバイタリティというか、パワーを本にして伝えたいと思っています。もちろん、女性中心社会と云ったって、実務的にはケース・バイ・ケースです。しかし、運動は極端なことをいって、方向を示さなければならないから、目指す方向はこちら側だということはやはり言っておきましょう。もちろん、三陸に仕事を!プロジェクト浜のミサンガも素晴らしいですけれども、もっと継続性のある仕事もみんなで考えていきたいところです。

後は東北は相当に国際結婚も進んでいて、故国に帰らなかった外国人も相当いて、その支援をしているという女性にも出会いました(教育学博士)。私の周りにも興味のある方がいそうですね。機会があれば、どんどん繋ぎますよ。

あ、もう一つ、教育で重要なのは防災教育、減災教育ですね。災害の記憶は必ず風化していく。それへの対応は教育しかありません。不幸中の幸いなのはこの個人メディア時代、多くの映像が残っています。こういうものを教材にして減災教育を作っていくのは教育学者の責務でしょう。

明日は宮城ポリテクセンターを見学です。

にしても、意外と復興食堂が知られていないことが分かったので、まだまだ宣伝しないと!
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