野口先生からご著書を頂きました。ありがとうございます。

社会事業成立史の研究: 防貧をめぐる認識と再編 (MINERVA 社会福祉叢書)社会事業成立史の研究: 防貧をめぐる認識と再編 (MINERVA 社会福祉叢書)
(2011/06/10)
野口 友紀子

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この本は私の個人的な意見ではものすごく重要な本だと思います。今は社会福祉研究と呼ばれている分野はかつては社会事業研究という看板であったわけですが、その「社会事業」という言葉を詰めて行って、問題に接近しようとしているところが面白いと思います。ざっくり言うと、社会福祉の歴史研究は方法論が甘いところがあったんだけど、野口先生はそこで新しい方法を見出そうとしている。それが成功しているのか、失敗しているのかは微妙なところですが、本来は非常にポレミークな研究だと思います。問題は投げかけられた方が、それに反応するだけの気概があるかどうかですね。

この本の意義を理解するには、予備知識が相当に必要なんですが、社会事業史っていうのは、総体的にその時代に使われていた表現を大事にしてきたと思います。これは吉田久一先生の作った伝統じゃないでしょうか。吉田先生は雑誌とか、大学の講義名に、昭和○○年に使われたから、ここからは社会福祉の時代だと考える、というような非常に徹底して史実を大事にする手法を使われました。ただ、これは名人芸なんですね。野口さんはこの伝統をもう少し方法論的に高めて、抽象度を上げて理論的なレベルでも検討に耐えうるような方法を提示されようとした。その意味では批判的に先行研究を摂取しようとされています。この姿勢は学ぶべきものがあると思います。

たしかに、吉田先生の研究って、方法論的には甘い、と私も思います。野口さんの初めのモチーフは、そもそも社会事業研究なのに大河内一男の外在的な社会事業論に引っ張られるなんておかしいじゃないか、ということだと思いますが、吉田先生は後世の我々から見れば、その引っ張られた代表的研究者の一人でしょう。ただ、1950年代の草創期には社会政策学からの独立、というのが非常に重要なトピックだったんですね。ここらあたりの話を知りたい方は『社会福祉学研究の50年』というマニアックな本がありますから、ぜひご覧ください。吉田先生はじめ、色々な方の歴史的証言も沢山あります。

社会福祉学研究の50年―日本社会福祉学会のあゆみ社会福祉学研究の50年―日本社会福祉学会のあゆみ
(2004/10)
日本社会福祉学会

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実は、私自身も「社会政策」とは何かという問題を考えていくにあたって同様の問題にぶち当たったのですが、吉田先生がクリア出来なかった問題があります。それは歴史普遍的な意味での「社会事業」と20世紀以降出現してきた「社会事業」の区分をどうするか、という問題です。狭義に考えれば、19世紀の慈善事業は社会事業ではないとも言えます。では、その狭義の「社会事業」と「慈善事業」に通底する何かを表現するときどうすればいいのか?これは社会事業が看板であったときには、わりとルーズに社会事業と呼んできたし、社会福祉が看板になってからは社会福祉と呼んできたんですね。でも、それってある意味では、問題を解決することにはならないんですね。これは社会政策も同じで、シュタイン以前のものを本当に社会政策って呼んでいいの?ということは必ず問題になるはずなんです。

野口さんが出された答えは、なかなか面白い。方法的には過去の論者の「社会事業論」を分類整理していくんです。その整理の仕方も秀逸だと思いますが、これは方法的にもっと面白い問題を含んでいる。色々な定義をしていこうとすると、「社会事業って結局、具体的に何?」という素朴な疑問を突き付けられるときが来ます。野口さんはそこをわざと融通無碍に言って、その境界線が時代によって変化していく、それこそが社会事業の特徴なんだと切り返して行くわけです。実は、現在の社会福祉論の中でも固有論だとか、領域をどう理解するかというのは一つの大きい論点ですが、そこに一つの回答を提出したと見ることもできます。社会事業と社会教育はある意味では非常に近いところにあるし、その含まれる範囲が非常に広くて境界が曖昧という共通点を持っています。その意味では野口さんの提示された方法は汎用性が高いんですね。

ですが、実は野口さんの方法は「社会政策」にも適用できるのではないか、ということがあります。そして、それを適用してしまうと、野口さんの議論の非常に重要な部分が切り崩されてしまう。というのは、野口さんは「社会政策」については大河内社会政策論で氷漬けにしているんですね。だから、社会政策論も大河内さんの議論じゃなくて野口さんの方法でやったらどうなるだろう?という問題があります。研究のプラクティカルな作業から言えば、実は野口さんは「社会政策」についても論文だったら、すぐに一本くらいまとめられる蓄積を持っていると私は思います。それは「社会事業」と「社会政策」が隣接していて、そこを軸に議論している人が多いですから。実際、野口さんもそれを踏まえて書いているから、その事情がよく分かります。

私自身は野口さんとは方法的に全然、別に「社会政策」を定義しました。私がやろうとしたことはとてもリスキーなんですね。あんまり一緒にされたくないけど、あえて正直にいえば歴史社会学です。歴史系の学会誌であれば絶対通らないだろう水準でしか考証作業をしていません(心意気としてはT.H.マーシャルがやろうとしたことを部分的に試みました。私の方が彼よりも抽象的な理論志向が若干強いですが)。ただ、その一方で大きい問題を考えてはいます。いろんな歴史的な事例を大括りに考えて、その共通性を私なりに摘出しました。それが秩序政策が根本にあるんだ、ということです。だから、社会変動が起こると、秩序を取り戻す=均衡を取ろうというメカニズムが働き、そのときこそ社会政策が発展すると考えています。こういう大きい議論を考えるのは歴史研究では難しくなっています。それは方法的洗練とも関係しているというのはみんな、知っていることだろうと思います。

野口さんは「防貧」を社会事業の核に置きました。それは彼女が依拠する方法によって、当時の論者たちがそこを重視したからです。ただ、ここからが玉井さんよりも優れている点で、「防貧」の言葉の多様性というものを丁寧に考証しています。ここが彼女の強みです。でも、それって、ある意味、この時代を切り取るにはよいけれども、もう一段深層(というものが本当に存在するかは謎ですが)を掘り下げていくには限界があるのではないかということでもあります。「社会事業」発生前の「(歴史普遍的)社会事業(我ながら、怪しいネーミングだが)」をどう捉えるのかという問題に行きつくでしょう。

そうはいっても、玉井さんが「社会政策」を防貧で捉えている以上、その議論と野口さんの社会事業論がどう交錯しているのかというところはちょっと知りたいところでしたが、あんまり検討されていませんね。正直に言うと、私は玉井先生の議論はほとんど意義が分からないんです。

防貧の創造―近代社会政策論研究防貧の創造―近代社会政策論研究
(1992/01)
玉井 金五

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なんかもう少し書いた方がいいと思うのですが、推敲してたら多分、ブログエントリにならないので、前みたいに思い付きだけを並べてあげておきます。また、そのうち、思いついたら書くかもしれません。
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