夏学期の終わりに復興食堂に遊びに来てくれた学生と一緒に帰ったことがありました。そのとき、彼が興味深いことを言ってました。私の講義は難しいし、全部理解できているとも思っていないけれども、それでも緊張感があるからいいんだ。どういうことかと思ってもう少し詳しく聞いてみると、今、大学では高校生までの復習のような簡単な授業もあって、そんなものは教科書を読めばわかるので、寝てしまう、と。正直に言えば、メチャクチャ嬉しかった。でも、そういう意見もあるんだなと客観的に聞いている自分もいました。

大学の講義の意味って何だろうというのは、私もそこに関わるものとして素朴に考えます。大上段に構えれば、ミルの『大学教育について』のような考え方に私も基本的に賛成します。ただ、逆に言うと、職業訓練だって突き詰めて言えば、実践的に役立つ知識だけを教えているわけではないんだと思うので、この二分法がかえって不要な混乱を招いているような気がしないでもない。たとえば、旋盤の動かし方は実践的な技能かもしれませんが、新井さんが教えるコミュニケーション・スキルのようなものは、すぐに役立つというより、今後その能力を伸ばして行く上での基盤的な能力とでもいうんでしょうか、そういうものを培うものだと私は思っています。そうすると、これは昔から「教養」と呼ばれてきたものと境界が難しくなる。まぁ、実態としてはそれでいいんでしょう。

冬学期の私の非常勤の講義は「労使関係」と「生産・人事管理」です。非常にざっくり言ってしまえば、「労使関係」の方は合理的にゴリゴリ押して行っても最後にはグレーなところがあるよ、というような「交渉」を理解する上での重要なことを身につけてもらいたいなぁと思います。「生産・人事管理」はその逆で20世紀の企業人(工場人)は合理的をゴリゴリ推し進めていって、ここまで到達しましたよ、というところを紹介したい。そういう意味では両方が近いんだけど、両極かもしれません。だけど、こっちじゃない極もあるんだよ、という世界をチラチラと紹介しながら、進めていければいいですねぇ。
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