濱口先生にアンサーエントリをいただきました。ありがとうございます。私も色々と考えを深めることが出来ました。

私の書き方が悪かったのと、少し考えが足りなかったせいで、ちょっとした誤解を与えてしまいました。チャート式が嫌いというのは、それはそうなんですが、別に不要であるという意味ではありません。ただ、今回の社会政策・労働問題チャート式への不満は内容がやや古いということです。逆に言うと、これはこの分野が学問的にほとんど見るべき進展を見せずに、停滞していることを意味しているのでしょう。それならば、むしろ、その責任は濱口さんではなく、教科書を書くと言って書かない某S先生に全部押し付けたいところですが、私も含めて学会員は等しく少なくともその一端を担うべきでしょう。

ただ、チャート式の存在意義の話とは別に、入門書でメンバーシップ契約という単純な理念型を使うことについて、私は『新しい労働社会』から懐疑的です。同じく教科書として書かれた『労働法政策』は内容の詳細さからいってもさすがに東大法学部の学生相手ですから初学者から中級者向きとはいえ、一生懸命読めば、実はそんなに難しくない(と私は思います)。そういう意味では『新しい労働社会』以降のある種の冒険が私には失敗しているように思えるということです。

チャート式で勉強することの意義は、当該分野について体系的な知識を獲得するということであって、その内容を薄めることではありません。この点については、小西甚一先生がたしか古文の参考書で明確に書いてあります。平易に書いたけれども、1ミリも学問的水準を下げてない、と。もちろん、それが困難なことはよく分かっています(し、そういうものならば喜んで読みます)。だから、個別論点の上層に単純な理念型を置くことのリスクは問われるべきですし、逆に言えば、その理念型を設定するというのは、極めて学問的に深い行為のはずなんです。まして、初学者はそれを批判的に読む能力がないわけですから。だからこそ、私は日本的雇用=メンバーシップ契約論に焦点を絞って反論したんです。

私自身に社会政策学徒という言葉を使っていただいて大変光栄なんですが、社会政策学徒というのは今ではほとんどいません。少なくとも新しい世代で労使関係研究者、制度学派的労働経済学者というのは辛うじて再生産されているかもしれませんが、それも少数派ですし、ましてそこから社会福祉領域をカバーするような研究者は若手ではほとんどいないんじゃないでしょうか。逆に、福祉の方たちは労使関係に暗いし、社会政策学徒と思っていないでしょう。後は武川さんたちのようなイギリス流ソーシャル・ポリシー学派がいますが、彼らには私の前エントリも、濱口さんのエントリの「身分から契約へ」「契約から身分へ」「身分から契約へ」などというテーゼも、理解してもらえるとは期待しておりません(本当は「シチズンシップ(市民権)」を考えるときに決定的に重要ですけどね)。むしろ、法律の解釈だけでなく、法学をちゃんと勉強した人にこそ分かってもらえると思っています。というか、私の書評は濱口先生本人に向けて書いたものであって、まぁいろんな捻じれがあることを知っている人にはああそうだったと思い出していただく程度で、後の核心の部分は濱口先生に伝わればいいんですよ。

「契約」と「身分」の揺れの話はなかなか拡がりを持っていますね。個人→団体→個人と関心の変遷を示唆しています。この点は水町先生の入門書を読んで非常に刺激を受けました。我妻先生の大論文が書かれた1920年代というのは、個人から団体(法人)へという時代でした。経済学の世界では1932年のバーリー&ミーンズの本によって所有と経営の分離が発見されたと思っている人もいるかもしれませんが、そんなものは法学の世界では1920年代、早ければ1910年代から議論されているんです。だから、企業論は当時のホットトピックなんです。ただ、レンジを拡げると、書かれなかった第三部は企業論もそうなんだけど、組合も含めた法人論になったかもしれない。企業論自体は西山忠範や奥村宏といった人に引き継がれましたが、組合論になるとどうかな。同じ水準のものがあるのかな(不勉強ですみません)。何れにせよ、我妻先生が続きを完成させていたら読みたかったなぁ。そして、現代(団体→個人)はまた、別の枠組みで語られなければならないですね。ちなみに、入学者はいいですが、さすがに出るときまで我妻論文は読んで欲しいものです。

団結の力というのは労働運動に関して言えば、1940年代がピークで後は下っていくのみです。それは左翼が三池、スト権スト、国労で三度の敗戦をして、どんどん弱体化していったことからも分かります。ただ、安保だとか、学生運動だとかの社会運動ということで言うと、もう少し後においてもいいかもしれません。ちなみに、そういう点から言うと、1975年が国際婦人年でそこから10年間は女性運動が盛んになり、85年の均等法に繋がります。なかなか興味深いです。その女性の社会参加=社会教育運動が段々その頃から下火になってくる、というのも極めて面白い現象ですが、このあたりのことはそのうち、考えましょう。

後、ブラック企業を近代と脱近代の文脈だけで捉えるのは誤りです。もちろん、そういう側面もあるでしょうが、元々住込み奉公というのは昔(前近代)から苛酷なのです。「ALWAYS」は2000年代だから描けるので、1980年代には「おしん」だったんです。昔は労働の歴史を描く人たちはそういう残酷物語ばかり書いたものです。現代の人にそういう思いを伝えなきゃいけないなどという使命感は持ち合わせていませんが(どちらかと言うと、専門の内容を話すと「女工哀史ですね」などという挨拶をされて、一々そこから説明してきたので)、先達の研究(および素晴らしいルポ)の蓄積というものもありますので。ここは主としてKousyouさんに向けて(笑)。

参考
Kousyoublog 暗黒企業の原初形態
私が前に書いたエントリ もう一つの女工の歴史
を両方、読んで、バランスをとりつつ、楽しんでいただければ。
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