ネットを彷徨っていたら、「社会政策の歴史社会学 : 明治期から1980年代に焦点を当てて」という論文に当った。危惧していたことが実際に起こり始めている。困ったことだ。

一応、本名で書いているので、私が困ったと思った点を二つ、具体的にあげておくことにしよう。第一に、学説史の理解。ちゃんと大河内先生を読んで理解しているとは思えない。いきなり武川さんの議論から始まってる。第二に、歴史研究の割には歴史の本格的な研究を読んでいない。司馬遼太郎の前に、下田平先生、菅沼先生、加瀬先生を読んで欲しい。福祉系に目を転じると、百瀬さんの『日本福祉制度史』は、たしかに参照すべき、面白い視点がたくさんあるよい本だ。だが、それにしても、福祉系の歴史研究で吉田久一大先生があがってないのはちょっと考えられないだろう。誰が取り組むんでも、社会事業史研究において吉田久一は超えるべき壁である。その緊張感がないのは何ともがっかりだ。

実際にお会いしたことないけども、私は長野大学の野口友紀子さんの研究に注目している。彼女の「社会事業史にみる「社会政策代替説」と大河内理論 : 新たな社会事業史の可能性」における吉田久一批判は大事なことを言ってる。・・・ちなみに、最近、ネットで読めるようになったのね。私は全部、苦労してコピーして回ったけどさ。なんか悔しい。でも、リンクはちゃんと貼っておこう。

個人的には偉大な先行研究者を無批判に崇拝することは研究者であることを放棄するに等しいと考えている。昔、何かのエッセイで、テレビ中継の囲碁ファンという言い方が引っかかる。なぜなら、自分も含めてそれを見る人たちは実際に指すからだ、と書いてあった。それと全く同じことで、卑しくも研究に携わるのならば、結果的に超えられるかどうかは別としても、そこを目指す心意気をもって研究することこそが大切だと思う。
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