一つの本で大きな流れを作ってしまうものがときにある。伊丹敬之・加護野忠男『ゼミナール経営学入門』日本経済新聞社もその一冊ではないかと私は考えている。この本の何が新しいかといえば、経営戦略論・経営組織論をパンッ!と前面に持ってきたことだろう。

もちろん、経営組織論自体は比較的現代のものを取り上げても、ファヨールやバーナードといった古典とされているものもある。それから、経営戦略論の起源を言うのは私には難しいけれども、一つは事業部制から戦略への視点を出したチャンドラーだろうか(彼は経営史家である)。にもかかわらず、やっぱりこの本は革命的だったといわざるを得ないと思っている。

日本の経営学のメインストリームはおそらく、二つであったと思われる。一つは、経営工学系のテイラー(ないし能率技師)から人間関係学派に流れていくもの。人間関係学派自体、テイラーのカウンターパートとして出現したというよりも、今でも根強く残る、心理学系研究の一派と考えた方が良いだろう。今でも経営学にとって、心理学は大事な隣接分野で、マズローの欲求五段階説くらいはどの教科書でも出てくるし、ここ30年くらいで発展してきたリーダーシップ論も広い意味では心理学と関係があるといってよいだろう。

もう一つは、商学の流れで、これは大雑把に言ってしまえば、簿記や会計を軸としていた。伊丹・加護野教科書できれいに何も書いていないのはこの点であり、そこがこの本のもっとも革新的なところだと私は秘かに考えている。私自身は簿記2級を取得して、1級にあと数点で合格というところまでいって、やめてしまった他、生産管理と関係がある管理会計について多少の勉強をした程度だ。しかし、その程度でもはっきり言って、会計は面白い分野だと思う。

このブログは社会政策・労働問題研究(の歴史分析)と銘打っている以上、読んでくださる方の中には福祉関係の方もいらっしゃるかもしれないので、もうちょっと詳しくお話したい。哲学や福祉をやっている人の中には、マネーを汚いもののように考えている人がおり、会計学どころか、経営学といっただけで、「金勘定でしょう」といわれることがある。しかし、そのような視野狭窄な立場はもったいない。私の独断と偏見では、会計とは技術でもあるのだが、何よりも思想である。いかに費用を捉まえるかというのは、企業活動で何が問題かを発見する試みであるともいえるのである。そういう意味では、会計思想の展開は大げさにいえば、経営思想の展開でもあるのだ。何より、経営体(ないし組織)を運営するというのはお金が掛かるのだから、もちろん、経営学的な視点で考える必要が出てくる。福祉の世界で、メアリー・リッチモンドといえば、ソーシャル・ワークを専門職化させた研究で有名だが、彼女でさえも当時、専業従事者としてお金を受け取ることへの批判があったという。海外でも日本でもお金を受け取らないボランティアの尊さという価値観は根強いものがある。

この伊丹・加護野パラダイムは非常に端的に言えば、ヒト・モノ・カネのうち、ヒトに焦点を強く当てて経営学を論じたものと考えられそうだ。そこが原点にあって、組織論にも繋がる。そして、チャンドラーではないけれども、組織論は戦略論とも結びついている。この枠組みだったら、社会福祉関係とも対話可能な内容が実は多く含まれている。バーナードやドラッカーも基本的には私的営利企業を対象にしたが、そこから公的組織やNGOやNPOのような組織にも関心を持っていた。ただ、あまりその方面を本格的に論じたとはいえない。

そうした中で、例外的なのはメアリー・パーカー・フォレットである。彼女は政治学者であり、専門的な経営学の論文を書いたわけではなかったが、死後、経営学に関連する講演が整理されて、出版されたので、日本では長く経営学の古典という扱いを受けてきた。彼女は学者だけでなく、ソーシャル・ワーカーでもあった。つまり、どちらかと言うと、普通の経営学者とは反対方向の道を歩んできたことになる。しかし、いずれにせよ、そこには共通する対話可能な領域が残されている。
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