T.H.マーシャルに「社会構造と社会政策との関連における専門職業主義(professionalism)の最近の歴史」という面白い論文がある。マーシャルの議論も面白いのだが、そこにアダム・スミスの引用がなされていたので、これは面白いということで、さっそく、国富論を引いてみた。

Fourthly, The wages of labour vary according to the small or great trust which must be reposed in the workmen.

The wages of goldsmiths and jewellers are every-where superior to those of many other workmen, not only of equal, but of much superior ingenuity; on account of the precious materials with which they are intrusted.

We trust our health to the physician; our fortune and sometimes our life and reputation to the lawyer and attorney. Such confidence could not safely be reposed in people of a very mean or low condition. Their reward must be such, therefore, as may give them that rank in the society which so important a trust requires. The long time and the great expence which must be laid out in their education, when combined with this circumstance, necessarily enhance still further the price of their labour.


スミスは基本的に労働の価値というのを非常に重視した人である。だから、マルクスの労働価値説のもとにもなっている。ここではそんなこととは関係ない話で、世の中にはいろんな賃金が存在してるかを説明している。スミスは信用(trsut)の大小が賃金額の幅を作っているという。適当に端折りながら、部分訳してみると、

高価な物質を任せられる金物細工師や宝石屋には高い賃金が支払われる。また、医者や弁護士に高い信用を与える。それは彼らの仕事の方法や労働条件が悪いからという理由でそうなのではない。社会においてそれくらいの信用が要求されるほど重要だと格付けされる、そういう報酬でなければならないのである。長い時間と莫大な支出を伴う教育に身を置くことと、こうした状況が結びついて、彼らの労働の価格はさらに引き上げられる必要があるのである。

こんな感じかな。で、スミスは別の個所でこの教育について触れているが、その説明も面白い。熟練工には徒弟に出せば、必ず技能を身につけて熟練工になれるけれども、専門職はそうじゃない。20人に1人しか金を取れるようにならない。だから、報酬が高くても、それは失敗した人の分まで受け取ってるのであって、社会全体のその仕事の価値から考えれば不当ではない、と説明する。ある意味、専門職はリスクテイクだから、賃金が高いというのである。

成功するかしないか分からない教育に長い時間と莫大な費用を投下するので、成功した場合、報酬が高い。

これ18世紀のイギリスの話で、現代の日本とはまったく関係ないですよ。
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