市原先生にすごくグッドタイミングで論文が送られてきました。『社会を問う人びと』岩波書店、2012年、所収の「「労働」の社会と労働者像の変容」です。全体的にはメンバーシップ論で日本の労働者像を描いているんですが、私が昨日、やられてこなかったという労労関係のところの話も踏み込んで、書かれています。こんなにはっきりと、労働運動は右派が左派に勝ったんだ、それはインテリ中心の左派に、役付工クラス中心の右派の現実路線が勝っていったというような形で書いた人はなかなかいない。特に、この産別会議はインテリ中心、総同盟はたたき上げ中心という風な切り口で、描いていった人はいないのではないかと思います。そして、この市原史観の背後には、梅崎さんたちが積み重ねてきたオーラルヒストリーの膨大な蓄積があるわけです。まあ、ポイントは宮田義二ですね。

宮田が企業別組合を重視したことと、メンバーシップ論というのは遠いんじゃないか、と私は思います。私ももちろん、宮田回顧録は読みましたし、奥田先生の遺著も読みました。そこらあたりからイメージするにやはりポイントは八幡製鉄時代の地道な組合活動です。宮田さんが何をしたかと言うと、左派中心だった八幡の組合をひっくり返した。と、こう書くと、いかにも政治闘争をしたかのようですが、私が強調したいのは、協調的労働組合路線でありながら、会社からの補助金を一切、受けなかった。会社から立派なことをやっているから協力したいという申し出があったにもかかわらず、それはすべて断って、毎回の勉強会は看護婦をしていた奥さんからおにぎりだけが仲間たちに提供されたんです(奥田先生の本に書いてあります)。小池和男先生から繰り返し受けた教えは、金に対する態度でその人物を見定めるということでした。この点において宮田は文句なく立派であり、それを最後の本に書いた奥田先生も見事です。関係ないですが、今回の震災においてもNPOはこの審判に立たされるでしょう。まず、岩手沿岸では際だって目立っていた山田の大雪りばぁねっとが表ざたになりましたが、今後、似たようなことは起こるはずです。美しい未来への夢ばかり語っていても、人焉んぞ隠さんやであります。

結局、企業、というか自分の本拠地をベースにしていくというのは、それまでの(左派)指導層にかき回されたという思いが強かったのではないか、と想像します。であるならば、これは、協調的労使関係、現実主義とは結びつけられるかもしれないけれども、別に企業別組合とは結びつける必要がないのではないかと思います。そうそう私は小池先生の説のうち、内部労働市場から企業別組合を解き明かす説だけには納得していないんですね。でも、市原先生は大まかにはこの小池説を採っていると思います。
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