私が労働問題研究を始めた2000年代の前半、左派の凋落は痛々しいほどだった。原因ははっきりしていて、かつては社会科学の基礎教養とも言うべきだったマルクス経済学が、90年代のソ連崩壊とともに徐々に影響力を失ったからである。「マルクス」まわりの最大の魅力はまさに社会科学万般から哲学に至るまで接合するパースペクティブを持っていたことだった。だから、異分野の対話を行いやすかった側面がある。それにマルクス経済学の成果がことごとく無に帰したわけではない。通俗的に言えば、資本主義対社会主義、アメリカ対ソ連の対立があり、フリードマンらの新自由主義とマルクス経済学が構図上、対立しているように見えたのである。だから、ソ連が崩壊したことはマルクス経済学が敗れたかのように見えたのであり、それがトレンドになった。否定すべくもない。

左派の労働問題研究はある意味、50年以上も前に完成されており、私の見るところ、90年代前半まではそれなりの論客がいたような気がする。しかし、その後の世代継承はうまく行かなかったのではないだろうか。これは統計をとったわけではなくて、個人的な実感でしかない。左派にシンパシーを持つ人はいつの世も一定数いる。そのシンパシーを持つ人の労働問題に関する議論がレベルが下がっていたのである。私は別に左派ではないけれども、おせっかいながら、左派ならここはこう言うべきなんじゃないの?と思う場面が何度もあった。

そういう中で登場してきたのはPOSSEである。熊沢先生、木下武男先生が彼らを育てたとはいえ、その間の世代があまりにもさびしいという感じがするが、この数年で本当にPOSSEは新しい世代の左派の代表になった。それはとても大事なことであり、ある意味、一安心である。問題は社民右派である。もはや、右派ってね、自民党のことだけじゃないんだよ?知ってる?と確認しなければならない状況である。かつてブログでも紹介したが、関嘉彦先生の晩年の述懐、社会民主主義は日本に根付かなかった、というのは残念ながら、否定しきれない。組合関係の中では今から思えば、同盟と総評が一緒になってしまったために、緊張関係がなくなったと悔やむ声がある。それももう一つある。なんとかならないかねぇ。

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