私が紡績業の労務管理史を研究してきたとお話しすると、多くの人が『女工哀史』ですねという形で話題を広げて下さろうとする。その答えはイエスであり、ノーである。残念ながら、誤解があることがかなり多いのだ。その誤解を確認しないことには始まらない。

まず、細井和喜蔵の『女工哀史』(岩波文庫)を読む際、記述が伝聞なのか、直接なのか、という点に気をつけなければならない。結論から言うと、細井自身が経験したこと、ないし、自分の経験をもとに書いた部分はかなり限定付きで書いてあり、面白い論点が沢山、含まれているのである。逆に、自分自身が職工として働く以前の歴史的な記述については、表現上の誇張が多すぎる嫌いがある。

こうしたことを踏まえて『女工哀史』を読んでみると、必ずしも女工の悲哀ばかりを書き連ねているわけではないことに気づく。たとえば、工場監督官(今で言う労働基準監督官)を批判するくだりでは、現場を知っているのは労働者だと啖呵を切って、だからこそ、工場法規の厳守は組合の監視によって徹底しなければならないと書いている(260ページ)。実際の管理技術という観点から考えても、社外の監督者や会社組織全体よりも現場で監督させるのは一理ある。細井の言うことはある意味では現代でも通用する。エンジニアや工場外のお偉いさんは必ずしも現場を知悉しているわけではないし、時間的制約も含めて、なかなか全部を知るのは無理だろう。別に組合でなくてもいいが、現場の労働者の組織が監督するのは理にかなっている。

私が細井の熟練工としてのプライドを感じるのは標準動作研究についての記述である。結論自体はこんなに標準化された作業をすると「工匠の創造」が失われるという疎外論的なものだが、圧巻なのは実際の標準作業の説明である。こんなに専門的な内容を図も含めて3頁程度によくシンプルにまとめている。ここを読めば、標準動作研究が主に個別作業の無駄を排すことと、作業間の無駄な動きと時間を省くことの二つに重点があったことがよく分かる。細井自身は「筆者は織布の経験工」であって、「紡績の方は「綛場」と「ミュール精紡」と「試験方」をやった位であまり全般にわたって精通していない」という断りをしている(37頁)。標準動作で取り上げているのは当然、織布部の一例である。

ちなみに、私がお話を伺っていてもっとも多い誤解は『あゝ野麦峠』との混同であった。『女工哀史』は『あゝ野麦峠』ではない。両者が違うという意味は、まず何より、紡績と製糸はもの造りの工程が全く異なるということに尽きる。また、日本経済史では圧倒的に製糸業研究が盛んであったため、製糸業の文脈で紡績業を捉えようとする方がまだいらっしゃった。もっとも、最近はジャネット・ハンターさんの『日本の工業化と女性労働―戦前期の繊維産業』の翻訳が出たので、今後はこれを読んだ方はそういう誤解はなさらないだろう。

なお、『あゝ野麦峠』を知っている方は、映画が大女優・大竹しのぶの代表作ということもあって、沢山いらっしゃるのだが、『女工哀史』はこれとは別の本である。ただ、『あゝ野麦峠』のサブタイトルは「ある製糸工女哀史」となっている。細井は熟練工であり、プロレタリア作家であったが、山本茂美はルポライターである。

ただ、二つが違うといっても、「女工哀史」という言葉は細井の本を離れて、やや一般名詞化しているのも事実である。では、実際にはどうだったのだろうか?
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