濱口先生の『若者と労働』を読んでいて、あらためて「就社」社会ということに思いを馳せたわけですが、私から見ると、菅山さんの本はすごく重要な問題提起をしているんだけど、あと一歩というところもあります。それがじつはゴードンさんの本ともつながり、延いては濱口先生の歴史認識にも関わって来ます。

まず、重要なテーゼは「ホワイトカラーとブルーカラーの融合」ですが、これが1950年代に実現されて行ったという見解についてはいいでしょう。そして、ほぼ同時期に、「就社」社会の仕組みである新規一括採用が実現されて行ったということも問題ないと思います。さて、ここからがつっこみどころなんですが、日本的雇用システムというのは、年功賃金、終身雇用、企業別組合といわれ、これは基本的に大企業、それも製造業のシステムと理解されて来ました。菅山さんの認識もそこのところでは同じなんですが、じつは彼が一生懸命、実証している「就社」社会が実現して行くプロセスは、むしろ大企業ではなく、中小企業を対象とした集団就職であったりするわけです。だから、ここにはズレがある。私は菅山さん本人に聞いたんですが、一応、大企業を中核に出来たシステムが伝播するという意味で大企業が重要だという、この種の批判が起こったときのテンプレートでお答えいただきました。

濱口先生が若者雇用政策は、中卒や高卒だったという点とも関連しますが、ぶっちゃっけ、ジョブ型とかメンバーシップ型とか関係ないんですよ。日本がこういうシステムを作ったのは、農村社会から工業社会への人の移動させる仕組みなんです。だから、欧米のように、日本に比べてゆっくりとシステムを作った社会ならばまだしも、日本のように急速に制度を作った国では、ジョブ型なんていっている暇がなかったんです。

もうひとつ、1950年に焦点を当てたことで見えにくくなっていますが、ホワイトとブルーの新卒一括採用は起源が違います。だって、冷静に考えてみて下さい。ホワイトの大卒新卒一括採用がその起源ならば、若者雇用政策が中学、高校を卒業した人を対象にしていたなんてのはおかしな話です。大学生だって、1930年の「大学を出たけれど」以来、不景気になるたびに就職問題はあったんです。大学生が問題にならなかったのは数が少なかったからです。労働問題はブルーカラーオリエンテェッドでしたし、労働政策もそうだったと思います。

じつは1950年代から高校全入という運動はありました。それが70年代に実現して行きます。でも、これにはある種の教育学的な背景もあり、18歳までを義務教育(すなわち児童労働からの解放)にしようという発想が1920年代からあったわけです。たとえば、吉田熊次という人はそういうことを言っています。だから、義務教育が6年から9年に延び、そこから高校全入までは一つの流れです。それと高等教育、大学教育は本来、違った。ところが、1990年代に大学進学率が延びてしまった。私はこれは文科省の省益を優先した政策の結果だと思いますが、それによって日本はメチャクチャになってしまったし、大学教育もメチャクチャになってしまっていると思います。その結果、厚労省も若者の雇用政策を打たなければならなくなったということだと思います。

まあ、話を戻しますが、ブルーカラーの一括採用はやはり戦前にさかのぼります。これは紡績業が早くて、1910年代に小学校卒業生の一括採用を始めます。たぶん、起源としてはこちらの方がはるかに重要です。ただ、菅山さんは重工業しかやっていないから、ここはよく知らないんです。まあ、ここを書いて行くと、それはお前がやるべき仕事だろうという話になるので、もう切り上げますが、学校と企業の結びつき、職安、それから募集人の関係は労働市場政策を考える際に肝になると思います。そりゃ、私しか書けないのは知っていますが、発表媒体もないし、それをわざわざ探すのも面倒なので。

もうちょっと補足して書くと、大学というのは、日本でもかなり職業志向で作られたんですが、この大正時代からスタッフ(大学の先生)たちの履歴・経験も含めて実践的な要素が薄れて行きます。そのタイミングで拡大して、新規一括採用になったんですね。このへんのことはちゃんと考えなきゃダメでしょう。ここで示唆深かったのが清水唯一朗さんの『近代日本の官僚』ですね。あと、天野先生の『大学の誕生』と『高等教育の時代』を読み直さないと。

まあ、1920年代からアメリカで始まった人的資源政策、戦時期の日本の労働政策(労働力移動政策)との関係(ここらへんは菅山さんも触れています)、それから清水義弘の1950年代から60年代の政策との関係、労働政策と教育政策のこの二つをあわせて、60年代くらいまで総括しないとダメだろうなと思います。

あと、私はこういう社会論を語る人の多くが大卒であることも、ものごとの偏りを生み出しているように思います。よい悪いではなくて。

というわけで、今日のメモは終わり。2、3ヶ月しっかり勉強したら、形になるんじゃないかな。誰かやってくれないかな。教育社会学の仕事なんじゃないか、という気がするんですがね。
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