そうか、そもそも私が勘違いしていたんですね。ごめんなさい。出来たではなく、広まったでした。読み返して、ようやく気づきました。

この前のエントリは、濱口先生も禹さんも戦時期に定期昇給が広まったという話で、私はこれに対して戦時期に賃金制度が変わって、定期昇給が広まったという証拠はない、といっているのです。初任給+定期昇給=年功賃金が想定しているのは、定額賃金制度なんですが、これが戦時期に広まったということはないだろう、ということなんですね。

ただ、請負賃金以外の定額賃金は戦前からあるにはあって、そこでの運用は不明なんです。中小でも意外と定期昇給があったところもあるんではないかと思います。とくに、紡績の中小企業なんかは持っていたと思いますね。あれは足止め策として始まったものですから。

少なくとも、戦時統制のなかに制度的に定期昇給の拡散を後押しするような仕組みはなかった、というのが私の見解です。ただ、定期昇給が増えたという統計的なデータがあれば別ですが、私は少なくともそういうものは思い当たらない、ということです。

結局、孫田良平グループ説をどう考えるのかということかもしれません。金子美雄グループとあえて書かなかったのは、金子さん自身は戦時期のことをわずかな例外を除いて書いていないし、記憶が鮮明過ぎるから、客観化が難しいとされていたそうなので。

濱口先生は謙遜されて30年も前の知識とおっしゃりますが、実際は新しい研究も目を通されているので、それ以降、あまり議論が進んでいないというのが実際のところなのです。労働史の方もたまには華々しい論争をやった方がいいですよねえ。なんだか悲しくなりますね。

局地戦をやっているようで、じつはこの話はメンバーシップ型社会という概念と、とても関連深いのです。ですが、もうちょっと深い話は濱口先生の『中高年』が届いてからにしましょう。濱口先生、失礼しました。
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