今後、数年かけて「社会政策」を考え直していきたいと思っているのだが、現在、やるべき課題というのは何だろうかとなかなか悩ましい。先日の学会で玉井先生と少しお話ししたとき、先生が日本には100年以上積み重ねてきた宝物があるとおっしゃられていて、それはそれで大切なことだと、その限りでは私も同感した。

一つの行くべき方向は、日本社会政策学説史を書くことであろう。学説史的研究という意味では、中西洋『日本における「社会政策」・「労働問題研究」』という、華麗にスルーされている大著があるが、あの本こそは玉井先生たちの言う「労働問題」に偏っていたとも言えるが、実際のところは東大に偏っているという印象を私は持っている。これを相対化させるような研究というのは必要だと思う。

ただ、じゃあ、学説史研究がどれくらい意味があるのか?ということになると、なかなか疑問はつきない。私はむしろ、自分なりの社会政策観というものをもって、その問題意識から関連する分野の諸研究を整理する方が、実際的ではないかと思う。しかし、これはどう考えても、2年はかかるテーマである。

もう一つの行くべき方向は、日本の近代史に即して「社会政策」を考えることだろう。ここではあまり学説にこだわる必要はないと思う。私のイメージでは『日本の賃金を歴史から考える』の「社会政策」版といったところだろうか。一回、こうしたものを書かないと、学説史研究もまとめきらないのではないかと思う。

じつはこの二つの方向は微妙に角度がずれていて、しかし、重なり合うところもあり、大変に難しい。私は「日本における「社会政策」の概念について」を書いたときには、そこら辺の方法論をしっかり詰めなかった。というか、詰めたら書けないなと思ったので、わざと区別しないで混在させた。査読で突っ込まれるかなと思ったが、そこはスルーだった。玉井先生たちというか、玉井先生はお話をした印象では、学説史研究、というより、大きく言うと、今まで多くの研究者が蓄積して来たものを敬意を持って継承すべきだという、それ自体はきわめて真っ当すぎる問題意識を持っていらっしゃるようだ。そういう意味では、最初の学説史研究に近いかもしれない。
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