中央大学の関口定一先生からゼミで『日本の賃金を歴史から考える』を読んでいるんだけど、初読の感想を書いてもらったから、参考にどうぞ、ということで質問をいただきました。読んでみると、とても重要なこともたくさん書いてあるので、ぜひこれをブログで紹介してお答えしたいと申し出ましたら、快諾をいただきましたので、これから少しずつお答えして行きたいと思います。関口先生、学生さんたち、ありがとうございます。

一応、貼っておきます。


日本の賃金を歴史から考える日本の賃金を歴史から考える
(2013/11/01)
金子良事

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1、 p22にある「雇用関係は旧来の慣習を引き継いでいるものも多い」のはわかるが、なぜその現実と条文のギャップを判例や学説によって埋めてきたのだろうか?

いきなり、大変なところを突っ込んできましたね(笑)。これは法に対する基本的な考え方を知らないと、理解するのは難しい問題です。法には大きく分けて二つの法があります。一つは文章になっているもの、法律用語では成文法といいます。もう一つは条文になっていないものです。

さらに、成文法というのは、大きく分けて二つあります。一つは制定法、これが皆さんがイメージする法律です。でも、法律の条文というのはあまねく全部を網羅しているわけではありません。そうなると、何が起こるかというと、法律に書いてないこと、あるいは書いてあるけれども、解釈が複数あり得ることに関しては、争いが起こり、これを裁判で決着させます。そこで出来てくるのは判例です。でも、判例もあくまで解釈の一つなので、これはさらに批判を受けます。そうして学説が作られるのです。

条文になってない法の考え方ですが、古いイギリス法や自然法と言われる考え方では、法というのは最初から存在しています。つまり、ある意味、法は神そのものだと言ってもよいのです。その法を発見するというのが人間の仕事です。ローマ法を継承した欧州大陸の国ではちょっと事情が違いますが、そのへんは省きます。だから、慣習そのものは法ではないけれども、慣習の中から普遍的な法則(law)を見つけ出すということが大事なのです。

ところが、制定法はそうではなく、制定者の価値観(多くの場合、正義にもとづいている)によって作られることが往々にしてあります。日本の民法では、雇用関係をイギリスなどとは支配関係とは理解せずに、単なる労働とその対価の交換関係として規定しているのです。しかし、実際に雇用関係は支配関係(指揮・命令関係)があるので、そこにギャップがあります。そこの距離をうまくコントロールするのが、制定法と事実の間にある判例法やそれと補完的な役割を担っている学説なのです。

2、 p24の「実業之日本」にある「賃銀」が銀なのか?

これは昔は賃銀と書くのが普通でした(金と書く表記もなかったわけではありません)。大河内一男先生はこの表記にこだわっておられました。なぜ、銀だったのが、金になったのかは定かではありませんが、私の推測では、貨幣が金兌換になったのが大きいのではないかと思います。江戸時代は金もありましたが、銀も大きいですからね。たとえば、路銀という古い言葉がありますが、これは今でいう旅費のことです。それから、各地に残っている銀座という地名は、銀を取引するマーケット(座)という意味です。金座というのもありますが、今に残っているものは少ないですね。そのへんのことも銀が使われた理由かもしれません。ただ、あくまで推測です。

(追記)
ブログで書くと、正確な知識をお持ちの方が修正して下さり、助かります。

銀座は銀貨を作る組織

なんで、市場と勘違いしたんだろう。お恥ずかしい限りです。ありがとうございました。トラックバックもしていただきましたが、ここでも記しておきますね。

3、 コラム①にあった主従の情誼は悪用されることがあるとはどういうことなのか?

これは世間を生きて行く知恵として知っておいて下さい。悪いやつは、きれいごとをうまく利用するのです。たとえば、ブラック企業と言われるところも夢をいっぱい語っていたりします。また、悪徳宗教も書いてあること、説いていることはすべて噓偽りというわけではないのです。主従の情誼が美しい言葉であると認識されればされるほど、それは悪いやつにとっても利用価値が出てくるわけです。

4、 p35にある工場によってお給料が支払われる日にちが違うのは今にも影響しているのだろうか?私は何個かアルバイトをしていたがお給料が入る日にちがそこの企業によって異なっていた。これはこのことに関係しているのだろうか?

今ですと、各会社によって会計制度が違うせいでしょう。何日締めとか、そのあたりが違うからです。そうした違いは歴史的に、というほど大げさではないですが、過去の経緯から決まっていると思います。ただ、明治の昔から続いている企業は少ないですから、連続性は定かではありません。

5、分業よりトータルをできるようにするのは倍の時間がかかり効率も悪い。また覚える量が多いため休むことがなかなかできない。これが過労に繋がっていると考えるがどうか?
6、 5に関連するが5はトータルできる人がいる分欠員が出ても痛手は少ないだろう。分業とトータルを見る人を多くするのと果たしてどちらがいいのだろうか?

たぶん、質問をするときに、自分でも分業の両方の特徴に気がついたので、質問が無茶ぶりになってると思うのですが(笑)、おそらく問題にしたいことは、過労がなぜ起こるのか、それには仕事の分担(分業のあり方)が関係あるのではないか、ということではないかと思います。それを効率のよい分業という観点から考えて行ったので、話が少し混線したのでしょう。

近年の過労の問題は、人をどう割り振るかという問題ではなく、そもそも足りない人数で無理矢理まわそうとしていることから生じていると私は個人的に考えています。ですから、まず人員を充足させて、どういう役割分担をしたらいいのか考えるのはその後ではないでしょうか。あとは、過労の問題は、労働時間規制をどうするか、という点から考えたらいいと思います。

分業の効率性はだいたい、気づかれた通りです。ある特定のことだけ(数を限定して)やらせれば、その習得時間は早くなります。しかし、習得したこと以外につぶしが効きにくい。一方、全部の仕事を経験すれば、もちろん時間はかかりますが、他の人のカバーができます。さらに、重要なことですが、仕事の全体が分かると、個別の仕事を深く理解できるようになるというメリットもあります。たとえば、サッカーのフォワードがディフェンスを経験すれば、どうやったら守りにくくて嫌かを学べるというような切り口を理解できる、といったようなことです。どの分業が一番効率が良いという答えはなくて、ケースバイケースです。仕事の性質によります。どれだけ精巧にやらなければならないのか、期限はどれくらいかなどです。

7、 p105に基本給が日から月に替わったことは、戦前の時点で出来高給でなかったブルーカラーは常傭給が本体でそれと連動する奨励加給や手当などの賃金体系をすでにもっていたとあるがどこまでが給料であってどこまでが手当なのか。その境はどこなのか?

これは給与表を見て、その会社でどう考えているのかをじっくり見れば分かりますが、業種、企業ごとにあまりに違いすぎるので、本のなかではわざと具体性は落として書いてあります。ですから、分かりにくいですよね。この常傭給というのは現代で考えるならば、基準内賃金に近いんですが、実務上なかなか難しくて実際には統一されては使われていません。もし関心があったら、所定内賃金と基準内賃金の違いを問い合わせて、専門家が答えているページがありますので、ご覧になってください。

8、 p104の職務給の賃金水準を1本でなく幅を持たせると職能資格給までの距離は近くなるとはどういうことなのか?

これ図を使って説明すると、一発なんだけど、ごめんね、ブログで図を使って説明できない。。。職能資格制度というのは、今、職能資格が1〜4まであるとする。資格1のなかで18万円から22万円、資格2は20万円〜30万円、資格3は28万円〜40万円、資格4は35万円〜50万円というような感じで、資格ごとに賃金の幅があるんだ。資格1から資格2へは昇格。昇給は資格1のなかであがって行くものと、資格が上にあがったときにあがるものと二種類ある。で、この資格が仕事(職能)と関係させられている。同じ仕事をしていても、賃金が違うんだ。

これに対して、職務給は基本は一本。同じ仕事をすれば、同じ価格。だけれども、習熟度によって仕事の出来が違ったりするから、そこは差を付けて行きましょう、と。そうなると、複数の職務があり、それが階段上になっている(簡単な仕事から難しい仕事へステップアップして行く)キャリアが出来ていて、一つずつの職務のなかに賃金の格差があるとなると、これは職能資格に近いと言えます。

9、 p108のホワイトカラーに7階級制度を利用している組織があり、それは仕事の機能を基準に決められる役職とは別系統である、とあるが、そのすぐ後に、実際には社内の役職と混在となっているとある。結局は別系統なのか?

基本的には別系統ですが、実際の運用では混同されている場合もあります。

10、 国家資格であるにもかかわらず保育士は低賃金におかれている。それは業界全体の構造にも問題があると書いてあるがどのような問題が例えば取り上げられるのか?

簡単に言うと、保育士に高賃金を払って、保育園が回る、そういう収益モデルが確立されていないのです。だから、雇った保育士に安い賃金を払えないのです。低賃金が批判される場合、雇い主である会社や経営者だけがお金を持って行ってしまう、という分配の問題もありますが、そもそも事業として持続可能な形になっていないという生産の問題もあります。保育の問題は主に後者だと私は考えています。

これ、一人目なんだけど、結構、ハードですね。
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金子良事さんが、「『日本の賃金を歴史から考える』への質疑応答 その1 」で次のように書かれています。(このエントリーは力作です。)
2014/06/08(Sun) 19:02:31 |  労働、社会問題