教育文化協会は年に数回のペースで本を紹介しています。その中で先月、私の本を取り上げていただきました。ありがとうございます。色んな方にコメントをいただきましたが、この書評はまさに眼光紙背に徹すという域までいっていますね。

一番驚いたのは、この部分です。

著者の意図は、日本の賃金の歴史研究を通して現状の問題に対する実践的意識を高め、賃金についての議論を再び活性化させることにある。賃金を取り巻く周辺事項―例えば「被用者の従属制と生活の保障」「請負賃金と生活賃金」など、多様な切り口で検討を加えながら、もう一度賃金の歴史を学び直すことで、これからの労使関係や労務管理の在り方に新たな議論が生まれることを著者は期待する。


これだけ多様な論点を散りばめてあるのに、こんなに的確な切り取り方があるのかと驚きました。「被用者の従属性と生活の保障」というのは、雇用関係の本質を支配・従属関係と捉え、労働法関係でいう指揮・命令権の根底に何があるのかを表しています。その代わりに生活を保障するということが含まれる。この点こそ森建資先生の『雇用関係の生成』以来のテーマで、答えはないけれども、私の雇用関係、労使関係、理解の根幹でもあります。

「請負賃金と生活賃金」とは、賃金の算定基準をどこに置くかで、この二つの区分だと、仕事基準と生活基準という括りがハッキリ分かります。これは現代の問題関心に置き換えると、成果主義賃金か年功賃金かとするのが一般の理解を得られやすいでしょう。しかし、この表現だと、年功賃金とは何かの部分でつまずきます。年功賃金が単純に生活ベースなのか、それ自体が仕事の評価なのか、ということです。要はいろんな要素を混ぜ合わせた総合決定給なので、年功賃金ってどんな議論をするにも、理論的にはあんまりよい例ではないのです。個別の年功賃金がどういう性格を持っているのかということについては、1給与規則などの規定を確認、2運用を直に聞く、3過去の運用の移り変わりを文書と証言で再検証、というプロセスを踏まないと、確定できないのです(こうした緻密な作業こそがかつての労働問題研究の十八番だったわけですが)。

この二つ目の切り出し方は、雇用と請負の二つをどう考えるか、ということにも繋がります。たとえば、応用問題として派遣労働を考えてみると、これはこの二つが組み合わさったものなのですね。派遣先からすれば請負だし、派遣元からすれば雇用。しかし、指揮命令権は(形式はともかく実際は)派遣先というような捻じれがあります。そこで実際の指揮命令関係がどうだったのか、ということが争点になってきたりするわけです。そこに、生活保証(長期ではなく、短期の生活を維持させるという意味で、生活保障ではなく、保証を使っています)をどうするか、という問題が入ってきます。ここの問題は第8章で大分、踏み込んで書いています。

で、なかなか包括的な文献を出せずに申し訳ないんですが、あまり注目されないこの分野、私は大きく二つの系統を頼りにしました。一人は高野剛さんの一連の論文です。高野さんは玉井金五先生のお弟子さんで、家内労働を歴史的に分析されています。そういえば、一度も書いたことがなかったかもしれませんが、じつは同世代の社会政策・労働問題研究者の中では、私が注目している人の一人です。本のなかでは、これって形で紹介していないので、大変申し訳ないのですが、それはあまりにいろいろ読み込み過ぎて、そういう形で紹介するのが難しくなってしまったのです。ごめんなさい。

もう一つは、濱口先生の『労働法政策』。この前、濱口先生とのやりとりで、『新しい労働社会』は応用編総論、『日本の雇用と労働法』が原論だと修正されてしまいましたが、本当に何度も繰り返して読むべきなのは『労働法政策』なんですね。分かりやすく言うと、私の場合、学生にどうやったら分かってもらえるかなと考えるときは新書の方を見直し(て、結構難しくて絶望し)ますが、いろんな物事の原理原則を考え直すには『労働法政策』を読み返します。これこそ網羅性、それから一歩踏み込んだ記述、歴史的経緯が丁寧に描かれています。まあ、場外ホームランの序説(笑)は一回でいいですが。

さて、話を戻して書評の方、

ただ歴史の各段階において、賃金のあり方に重要な意味をもつ労働組合の立ち位置が明確ではないように思われる。この点は労働組合の関係者が自ら考えよ、ということなのであろうか。


という点ですが、これはこの本が私一人のものではなく、連合総研、各産別との共同作業の賜物で「日本の賃金」の姉妹編だということで、原則的には組合については組合の方が書いて、大きい話を私がするという役割分担だったのです。
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