学祭の法政大学多摩キャンパスに降り立ち、ひたすら図書館にこもってました。今日、読んでいたのは、鈴木栄太郎の『日本農村社会学原理』と『都市社会学原理』、それから奥井復太郎『現代大都市論』、その他関連文献。いやあ、昔の人はすごいなあ。

戦前、柳田や熊楠の民俗学や、法社会学・法制史、社会学の実態調査が1920、30年代に蓄積されていった。鈴木がこの本を出した1940年は、そうした成果を、アメリカのシカゴ大学の都市社会学やrurban sociology(都鄙農村社会学、ruralとurbanの合成造語)を横目に見ながら、理論的に整理する必要があったのだろう。これは富永健一が指摘した通り、今風に言えば、中範囲の理論ということになる。たぶん、その後の日本の農村の展開などを踏まえると、このタイミングで書かれなければ、書かれることがなかった名著だろう。ただ、当然と言えば当然だが、鈴木はこの農村社会学原理の発見にかなり囚われた、と思う。こういう言い方は身もふたもないけれども、彼の都市社会学はかなり篤実な研究だが、その根本においてどうしても農村社会学を転倒させた、とみられるところがある。

今となっては思い出せないが、私は都市と農村ということに院生時代から興味だけは持っていた。持っていたけれども、今日になって初めてこれを読んだということは、都市社会学も農村社会学も本格的には勉強していない。せいぜい有賀喜左衛門を読んだくらいだ。ああ、思い出した。雇用関係の歴史を勉強するので、法社会学や法制史の文献を少しかじったことがあったんだった。段々、思い出した。昨日の研究会で名前を出したくて忘れていた中川善之助。『民法風土記』は面白かったなあ。

話を戻して、鈴木栄太郎の自然村の概念は、共同体論の粋だろう。読んで驚いたが、ものすごい理論的な概念なのね。冗談で言えば、マニュ論争で、労農派が正しかったことが立証できれば、自然村をひっくり返せるのかも(笑)。

しかし、都市は分からない。もう少ししたら、関一と井上友一の再考を含めて、奥井に戻って来ないとダメだな。それはそうと、小松隆二先生の奥井社会政策論はやや贔屓の引き倒しだと思う。戦前はむしろ、労使関係に限定しない方が社会政策としては主流、それはたとえば、社会政策体系なんかを見てみると、明らか。これは内務省地方局の勝利。みんなが思っているように、社会局じゃない。そのもっと前の地方局。しかし、それも今から考えると、社会政策=労働問題と固定化されないようにするカモフラージュだったのかも。このあたりはよく分からない。大正5年くらいから内務省あたりですごいルーズになんでも社会政策と呼び始めたというのは、神戸正雄のどこかのエッセイに書いてあった。彼は救済事業調査会の委員でもあるし、そういうところに近い人だったと思う。

まとまらないけど、もともと、このブログはそういうところなので。
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