大学と高校までの違いは何か、というと、高校は先生が就職にせよ、進学にせよ、すべてのアドバイザーであるわけですが、大学はキャリア・センター、昔風に言えば、就職課がこの問題に対処します。ということは、従来のアカデミックな教育とは別枠でこういうものが発展して来ます。みんなが大きな勘違いに陥るのは、労働や教育などを専門にする学者が実際には学内でこうした改革に参加して、その参加者が専門的に発言されるので、あたかも先生だけが主導でやっているかのような形に見えてしまうわけです。しかし、実際は職員やキャリア・カウンセラー、とりわけそのためだけに採用された企業の人事出身者などが大きな役割を果たしています。その際、もっとも合理的な方法は、卒業生の進路を参考にしながら、それに適したカリキュラムを組むということです。たとえば、企業の人に来てもらうとか、その業界の企業にインターンシップをお願いするとかです。これは付加的に科目レベルで対応できるわけで、一年からこうしたプログラムを組み込んでいるところもあります。

そもそも、戦前の専門学校(戦後、多くは大学の学部になった)にしても、戦前の大学においても就職問題はあったわけで、それでもそんなに大きな問題にならなかったのは、大学の数が少ない時期はOBのコネなどの縁故もあり、そして、何より今と違って学生の進学ニーズと大学側の入学ニーズの需給バランスが今とは違って、こと入学においては買い手市場だったことがあります。それが少子高齢化によって逆転した。つまり、大学側に変わらざるを得ない環境が整ったということです。

数年前までは卒業生へのケアをしてないという点がキャリア教育の問題として認識されていたと思うのですが、最近は卒業生のキャリアカウンセリングに応じる大学も出て来ています。そして、それは長期的な投資としては悪くないと思います。今までは同窓会頼りだったわけですが、卒業生との間にそういうチャネルを作っておくことは、将来的な寄付にもつながるからです。おそらく、その合理性が理解されれば、先進事例を追従する大学も出てくるでしょう。

多くの人は教育に理想を追い求めますが、経営体としての大学は厳に市場原理にさらされています。市場原理という言葉には、企業体の利益の追求という前提条件がイメージとしてつきまといますから、あえて使わなくても構いませんが、需給圧力が強力にあることは否定しようもありません。何が言いたいのかというと、要するに、社会がメンバーシップ型を変えない以上、大学はそれに合わせる形で改革を行って行くし、それは現在のところも、おそらくしばらくの間も、職業訓練化という方向には行かないだろう、ということです。むしろ、大学の改革はこうした社会を補完する形で進んで行くでしょう。

結局、就職支援とそれに付随するきめ細やかな生活指導は、今や大学のセールス・ポイントになっているわけですが、なにせここ10年ちょっとの間、みんなが手探りで始めて来たことなので、まだ十分に淘汰が行われていないわけです。こういうことをやらなくてもプレステージが高い東大などは、こうした動きは著しく遅かったですし、遅れてやって大して成功しなくても、そんなに問題はないと思います。しかし、そういうものがない大学はダイレクトに入学者数に響き、極端な場合は閉鎖に追い込まれることになるでしょう。

経済学さえも必要のないレベルですが、ときどき、その問題は需要と供給で説明できると言いたくなることがあります。このエントリもゴチャゴチャ、具体的なことが書いてありますが、結局はそういうことですからね。
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