宗教学者の葛西賢太さんがfacebookに紹介されていたナタリ・リュカ『セクトの宗教社会学』クセジュ文庫(白水社)、2014年を読む。セクトの理論的な探究なのかなと思ったら、本の中盤以降は、現代の新宗教セクトをめぐる状況をヨーロッパを中心に記述している。そういう意味で、情報的には有益なのだが、同時に物足りない感じがしないでもなかった。

国家や社会のあり方は歴史と土地によって、やはりそれなりに違っていて、セクトもおそらくはそのありようから無関係ではあり得ないんだなというのが感想。ということは、歴史的に見るということは、国家のありようと社会のありよう(それはオーバーラップしているときもあるし、独立であることもある)を押さえておかなければならないんだな、と思った。

現代のカルトと呼ばれるものを取り扱っているせいか、その後、穏当に変化して行く、多分、我々の語感だと結社の考察がもう少しあると良かったな。たとえば、日本の労働組合の起源の一つである友愛会(総同盟)は、今、芝のJAMが入っているビルのところにあったユニテリアンの教会で結団式を迎えた。ウェブ夫妻が描いたイギリスの18世紀末の労働組合もやはり結社的雰囲気を持っていた。

カトリックもそうだし、おそらくは日本でも、江戸時代以来の新興宗教、たとえば天理教や大本にしても、組織がしっかりと近代化したわけで、それこそはヴェーバーが重視して来た古典的な問題で、そのあたりのメカニズムにも踏み込んでいるとなお良かった。

一つ、疑問に思ったのは、カルトはともかく、結社的な組織は必ずしも、カリスマ的なリーダーがいない場合もあると思うんだが、ここはどうしても外せない要件なんだろうか。

いずれにせよ、社会運動などの考察にもとても向いていると思う。
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