島薗進先生の「19世紀日本の宗教構造の変容」『コスモロジーの「近世」』岩波書店、2001年を読みながら、暗澹たる気持ちになっている。この論文自体は、マクロの大きな話(史観)をどう捉え直すかということで、島薗先生は、中核になる人をポンとおいて、その人を批判しながら、ご自分のコアの主張を組み立ていく手法が得手のようだ。そんなことはどうでもいいんだけれども、今、アメリカ社会学を横目にみながら、日本の社会学を考え直し、やがてはそれを横目に見ながら、社会政策を考え直そうという、自分で書いていてもややこしい話を考えていて、そのプロセスでやっぱり宗教は外せないなと薄々思っていたことを再確認させられたからである。

まず、19世紀欧米では大雑把に言って、啓蒙主義から近代科学主義への転換が起こりつつあり、経済学や社会学が20世紀をまたぎながらエスタブリッシュされていった。なんで欧米の人たちは宗教にそんなにこだわるの?というのが宗教を専門としない大方の社会科学者の感想ではないかとも思うが、もちろん、それは重要な意味を持っていると思う。たとえば、パースのプラクティズムは実在論を基礎においている点において、啓蒙主義から近代科学主義への転換の後押しをしたと思われるが、それ自体、多いに宗教的な気質をもっている気がする。たとえば、日本にも多いに影響を与えたウィリアム・ジェームズは心霊現象研究会の会長も務めた。これは19世紀スピリチュアリズムを科学的に研究しようとした人たちの集まりである。まあ、そんなことはどうでもいいが、思想や哲学という形では日本にも同時代の欧米の「宗教」の影響は入って来ている。

加えて、日本独自の宗教事情というものも考えなくてはならない。ざっくり言うと、宗教は19世紀や20世紀的社会では古いものであるはずだったが、日本では外来思想としては気づかない形で、最新のものとしてやって来たという二重構造がある。まず、それを相対化しなくてはならない。一方で、思想や社会意識の歴史のような研究があり、宗教意識がどのように変化して来たのかということを考える必要がある。これは島薗論文の主題でもある。あと、有名なのはショーペンハウアーやついこの前、大著も翻訳されたマックス・ミューラーの比較宗教学のようなものは、まさにウェスト・ミーツ・イーストなのである。これは私が常識的に知っている限りでも19世紀初頭以来、何度か大きな波があるように思う。そうすると、宗教自体も大きく変わっている時期でもある。サンスクリットの文献学的研究は明らかに聖書の文献研究の蓄積の成果だよな。などと考えていると人生があと三回くらいないと終わらない。

ま、しかし、社会政策という観点から言うと、少なくとも内務省の神社政策、それから教団の近代化を経験した仏教等の社会事業やキリスト教の動向などは必ず押さえなくてはならないだろう。さらには、そこに今書いて来た、社会思想の問題および諸社会科学との関係などは最低限整理したい。今日、読んでいたなかでは、奥井復太郎の最初の研究がラスキンとジェームズで、クラクラした。どう考えても伊藤邦武の研究を勉強し直さないといけないではないか(ラスキンを扱った『経済学の哲学』中公新書、『物語哲学の歴史』中公新書、それからプログマティズムの研究)。

えーと、つながりが面倒なんだけど、明治40年代以降の神社政策は自治行政政策と密接していて、それはさらに都市社会政策とも関係している。で、奥井はその都市社会政策からスタートして都市社会学を日本で確立させた学者の一人。また、同様に都市社会学を確立させた人の一人に磯田英一がいるが、磯田は東京市の役人出身。このあたりは基本文献として、以前に島薗先生に紹介された藤本頼生『神社と社会事業の近代史』が控えている。これは一回、通読したけど、一回読んで分かるもんじゃないんだよな。

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