年末に刊行された『日本労働研究雑誌』2015年1月号でアンドルー・ゴードン先生に『日本の賃金を歴史から考える』を書評していただきました(刊行後、3ヶ月経つとWEBでも読めるようになるので、そうしたらリンクを貼りたいと思います)。ありがとうございました。

年末に濱口先生にご紹介いただいていたのですが、最後に研究所に行ったときにバタバタして確認できなかったので、ついつい時間が過ぎてしまいました。ゴードン先生からは温かい言葉と厳しい言葉を両方いただきました。本当にありがたいことです。学術的には、非常にクリティカルな批判なのですが、電車で気軽に読める入門書という本書のコンセプトではそこまで描けなかったというところもあります。

主な批判点は三つです。初めの二つが具体的な話で、最後の一つは大きな話です。

第一に、これは私自身がゴードン先生の『日本労使関係史』で提起した問題がブーメランで返って来たのですが、戦時期以前の政府の役割をもう少し書くべきではなかったのかということです。ゴードン先生は退職積立金法を具体的には指摘されています。第二に、戦時期の制度として、重要事業場労務管理令の意義について触れないのはどうしてかということです。最後の一つは、より労使関係という観点から、このやり取りを書くべきではなかったか、ということです。

具体的な論点については、期せずして、この二つともに冨樫総一さんがなさったお仕事ですね。冨樫さんは金子美雄さんの盟友でもありました。退職積立金法及退職手当法は若き日の冨樫さんが独力で書かれた法律です(沼越正己『退職積立金及退職手当法釈義』有斐閣という本がありますが、このなかで冨樫さんの協力を得たという記述があり、孫田先生がおっしゃるにはこれは当時の役所用語で、実際は冨樫さんが書いたという意味だそうです)。また、重要事業所労務管理令で、職員の給与について大蔵省から厚生省に権限を移管させたのも、同じく彼の力です。冨樫さんは亡くなった後、『冨樫総一』という追悼集が出ています。冨樫さんのことはもう少し触れても良かったかもしれません。冨樫さん本人の「重要事業場労務管理令解説」が近代デジタルライブラリーで読めます。

ただし、なぜ、この二つをオミットしたのかということについては、単純に答えてしまうと、複雑で難しすぎるからということがあります。まず、退職積立金及退職手当法をもし書くのであれば、当然、戦後の失業保険(雇用保険)まで書かなければなりません。本書の弱いところは年金を含む社会保険や社会保障との関係が十分に論じていないことです。テクニカルに言えば、菅沼隆先生の「日本における失業保険の成立過程」を要約すればよかったのですが、私自身が社会保険あるいは社会保障の研究を十分に分かったと言える領域まで達していないということがあります。特に、社会保障との関係をちゃんと描きたかったのですが、それは実力不足でした。それは第8章の生活賃金が困難という話だけしか書いていないこととも関係しています。ただ、これ以外については、私はコンサルタント業務をバックアップしたことこそ、官僚の役割だと思っていたので、そのことはそれなりに書いたつもりです。

二つ目の点、重要事業場労務管理令についてはたしかに触れておく必要があったと思います。私の場合、紡績をフィールドにしていたため、職工の定期昇給というのは明治以来、存在している制度で、とりわけここでの画期ということを意識していませんでした。ただ、ゴードン先生が指摘されている点はおそらく勘違いではないかと思います。「全ての労働者に6ヶ月ごとに最低限の額を引き上げた賃金を支払うことを義務づけた」規定は「重要事業場労務管理令」にもその「施行規則」にも見当たりません。ただし、厚生省労働局「重要事業場労務管理令運用方針」というパンフレットのなかにある「工員昇給内規記載例」というものがあり、そこには類似の規定があります。これはあくまで賃金規則のうちの昇給内規の模範例であって、強制法規ではありません。いずれも近代デジタルライブラリーで確認できます。強制法規は賃金統制からそんなに大きく変わっていなくて、規則変更の届け出先が地方長官から厚生大臣に変わったことくらいです。重要な変化は、職員の給料の所管が大蔵省から厚生省に移管されたことです(45年には全職員が移管されます)。これは戦後の労働基準法などを考える際にも重要です。それから、この法令は労働行政的には労務統制(職安系)と賃金統制の統合という意味もあります。

ですが、それにしてもこの重要事業場労務管理令は触れておくべきでした。これも書かなかったのですが、重要事業場労務管理令を契機に労務監理官が出来、金子美雄さんたちは現場に出て行きます。このときの経験が戦後、コンサル業務をやるのに役に立ったと後に回想されています(というか、このときの指導行政こそコンサルだったと思いますが)。戦後は金子さんのもとに集まった役人、組合、人事、研究者たちは金子学校と呼ばれ、各方面で大きな影響を与えるようになります(これは知っている方はそうだよなと思われたと思います)。

何が複雑で難しいかと言えば、法令の制定の経緯の説明はどうしても堅くなるし、難しくなってしまいます。そういう意味では、私は説明を省いてしまったこともいくつかあります。正直、このレベルでも書きすぎたかなと思ってるくらいです。重要事業場労務管理令までには第一次賃金統制例、賃金臨時措置令、会社経理等統制令、第二次賃金統制令がどのように変わって行ったのか、そして、指導行政としての「賃金形態ニ関スル指導方針」の成立過程まで全部、書かなければなりません。これが学術論文であれば、「戦時賃金統制における賃金制度」を参照の一行で終わるのですが、そういうわけにもいきません。

これは三つ目の点とも関係します。労働側の果たした役割をあまり重視していないというのは、半分くらいその通りで、それは今までの労使関係研究から見れば、十二分に批判されるべき点です。ただし、労使交渉というのはすごく難しく、賃金というテーマでそのやり取りの機微が分かるように書くとなると、かなり具体的な制度をふまえて、交渉の詳細に立ち入って記述せざるを得ません。それはこの入門書ではちょっと難しいのです。実際、富士紡の賃金制度なども丸めて書いてあります。この本、賃金に関する大まかな考え方は割と書いてあるのですが、細かい制度がどうなっているかというのは淡白です。それは個別の賃金制度を理解するのはやはり専門家でないと厳しいという判断です。ですから、労使交渉の部分を諦めたのは、純粋にテクニカルな理由なんです。ただ、意図せざる結果として、労使のせめぎ合いという非常に重要なところが描けなかったというのは痛恨です。正直、ぐうの音も出ません。ごめんなさい。

以下いくつかの細かい点について。

日本の賃金の特殊性については、実は今月20日にWEBで公開される記事のお手伝いをしたので、それが公開されたら、私の考え方を少し整理して、書きたいと思います。

第6章はかえって混乱を招くのではないか、というのは私も実は書いている途中で同意見でした。しかし、内部の意見で残そうという声があり、残しました。結果的には、以前、スクール・ソーシャルワーカーのguriko_さんから好意的な評価をいただき、私も触発されてエントリを書きました。一人でも現場の悩みに活かしてくれる方がいらっしゃったら、それで著者冥利に尽きます。

もう一つ、私は全然、比較経済史に通じていないのですが、そのような褒め言葉をいただきました。これはちゃんと比較的視点を持って今後も研究に精進せよというメッセージだと思って、頑張りたいと思います。

ゴードン先生、改めて感謝申し上げます。ありがとうございました。
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